EP16 触れた距離(紬視点)
帰るつもりだった。
本当に。
偶然見かけただけ。
それだけのはずだった。
なのに。
気づけば、少し離れた位置から二人の背中を追っている。
(尾けてるわけじゃない)
同じ方向に歩いている人なんて、いくらでもいる。
横断歩道。
信号が点滅する。
九条が一歩踏み出す。
その瞬間、人の流れが揺れた。
「っ」
白が傾く。
蓮の腕が伸びる。
迷いのない動き。
支える手。
引き寄せられる距離。
ワンピースの裾が、蓮の腕に触れる。
紬の視界が、狭くなる。
ただ助けただけ。
分かっている。
分かっているのに。
手が、すぐには離れない。
ほんの数秒。
けれど、長い。
九条が顔を上げる。
目が、柔らかい。
あんな顔、知らない。
そして。
「……蓮くん」
小さく。
ためらいなく。
名字ではない。
距離のある呼び方でもない。
蓮は一瞬だけ驚き、それでも隣に立っている。
否定しない。
否定、しない。
九条は耳を赤くし、先に歩き出す。
「はぐれないように」
風に紛れる声。
それでも、十分だった。
紬の指先が、無意識に強く握られる。
胸の奥で、何かが組み上がる。
形を持ち始める。
――違う。
あれは偶然じゃない。
蓮は、優しい。
呼ばれれば、振り向く。
求められれば、応える。
昔から、そうだった。
だから。
近づいたのは、どちら?
白が揺れる。
紬は目を細める。
あの距離は。
正しくない。
人混みに紛れながら、ゆっくりと息を吐く。
守るだけ。
それだけ。
方法は――後で考えればいい。
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