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EP14 距離が縮まる音

買い物を終えたあと、二人はデパート上階のレストランフロアへ向かった。


「少し休憩しようか」


九条の声は、もう決定事項だ。


窓際の席に案内される。

ガラス越しに、駅前の人波が豆粒のように揺れていた。


「好き嫌いは?」


「特にないです」


「優等生の答えね」


くすり、と笑われる。


注文を終え、料理を待つあいだ。

さっきまでの緊張は、少しだけ形を変えていた。


静かだ。

でも、息苦しくはない。


「如月くん」


「はい」


「今日、助かってる。仕事も」


「……まだ全然です」


「ううん」


即答だった。


「ちゃんと考えて動いてる」


真っ直ぐな視線。

逃げ場がない。


そのときだった。


遠くから、細い泣き声が届く。


二人同時に顔を上げる。


通路の端。

小さな男の子が立ち尽くしていた。


涙をこらえながら、必死に周囲を探している。


九条は椅子を引いた。


「行こう」


迷いがない。


しゃがみ込み、目線を合わせる。


「どうしたの?」


声が、驚くほど柔らかい。


「ママが……いない」


震える声。


「名前、言える?」


「ゆうと……」


九条は安心させるように微笑んだ。


「大丈夫。すぐ見つかるよ」


そして蓮を見る。


役割は、言葉にしなくても伝わった。


「如月くん、案内所へ。私はここにいる」


「はい」


走らない。焦らない。


事情を説明し、館内放送を依頼する。


戻ると、九条はゆうとの手を握り、静かに話していた。


「ヒーローは泣かないんだっけ?」


男の子が、小さくうなずく。


数分後。


「ゆうと!」


駆け寄る女性。

抱きしめられる小さな体。


何度も頭を下げる母親に、九条は穏やかに首を振る。


「無事でよかったです」


母子が去り、静けさが戻る。


九条は小さく息を吐いた。


「……よかった」


その顔は、生徒会長ではなかった。


「すごいですね」


思わず言う。


「何が?」


「迷いがなかった」


九条は少しだけ目を伏せる。


「迷ってる時間は、あの子には長いから」


さらりと言う。


でもその言葉は、重い。


席へ戻る途中。


ふと、視線を感じた。


エスカレーターの陰。


長い髪が揺れる。


見覚えのある横顔。


次の瞬間、人混みに溶けた。


「どうしたの?」


「……いえ」


胸の奥が、わずかにざわつく。


料理が運ばれる。


「いただきます」


声が、自然に重なる。


九条がふっと笑う。


「今日の買い出し、正解だったかも」


「え?」


「如月くんがいてくれて、心強かった」


静かな目。


その言葉が、まっすぐ胸に落ちる。


ただの買い物のはずだった。


ただの昼食のはずだった。


それでも――


二人の距離は、確実に変わっている。


そして。


少し離れた席から。


その様子を、じっと見つめる影があった。


唇を噛む。


(なんで……)


視線は、九条ではなく――蓮に向けられている。


胸の奥で、何かが軋む音がした。


デパートを出ると、午後の光はやわらかく傾いていた。


人の流れは相変わらず多い。


荷物を抱え、二人は駅へ向かって歩き出す。


「重くない?」


「大丈夫です」


並ぶ距離は、自然だった。

さっきより、わずかに近い。


そのとき。


背中に、微かな感覚が走る。


――視線。


足が、ほんのわずか止まりかける。


「どうしたの?」


「……いえ」


振り返る。


人波だけが揺れている。


気のせいか。


けれど、胸の奥に小さな棘が残った。


「如月くん?」


呼ばれて、現実に戻る。


「はい」


「顔、また硬い」


「……すみません」


九条は小さく笑う。


「今日は謝ってばかりね」


横断歩道の信号が点滅を始める。


「急ごう」


人波が一斉に動いた。


前から飛び出してきた子どもを避けようとして、九条の足元がわずかに乱れる。


「っ」


反射だった。


蓮が腕を掴む。


強くではない。支えるだけの力。


白い布が揺れ、距離が一気に縮まる。


近い。


「……ありがとう」


低く、落ち着いた声。


手を離そうとした、その瞬間。


人の肩が当たり、九条の身体がもう一度傾く。


今度は、はっきりと支える。


腕を。


温度が、伝わる。


「……蓮くん」


零れた。


意識していない呼び方。


二人とも、止まる。


「……え」


九条も、わずかに息を止めた。


風が抜ける。


白が揺れる。


「人が多いから、はぐれないように」


それだけ言って、歩き出す。


耳が、ほんの少し赤い。


蓮は数秒遅れて歩き出す。


胸が、落ち着かない。


名前で呼ばれただけなのに。


距離が、変わった。


そのとき。


再び、視線。


今度は確信に近い。


ビルの柱の陰。


長い髪が、わずかに揺れた。


だが、すぐに人波に溶ける。


気のせいではない。


その視線は。


二人の距離が縮まった瞬間を、見ていた。


そして――


静かに、後を追う。

また読みたい!!続きが気になる!って人はこれからもぜひ応援してください

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