EP10 空白を抱いた王
――勝ったはずだった。
一ノ瀬紬が、俺の隣を歩いている。
放課後。
並んで帰るこの距離は、何度も頭の中で思い描いてきたものだ。
如月蓮から、奪った。
そのはずだった。
そう思っていた。
「ねえ、司」
紬が何か話している。
笑っている。いつも通りの顔だ。
「……ああ」
適当に相槌を打つ。
だが、頭の中は別のもので埋め尽くされていた。
――蓮の背中。
部室を出ていったときの、あの表情。
怒りも、悔しさも、未練もない。
まるで、最初から俺たちを「勝負の外」に置いているみたいだった。
気に食わない。
(なんだよ、それ)
俺は勝った。
紬を選ばれたのは俺だ。
サッカー部のキャプテンも俺だ。
なのに。
胸の奥が、ざわついて仕方がない。
「……ねえ、司。聞いてる?」
「あ、ああ。ごめん」
紬の顔を見る。
綺麗だ。
人気者だ。
俺の彼女だ。
――それなのに。
(なんで、安心できねえんだよ)
頭に浮かぶのは、蓮の名前ばかりだった。
副キャプテン。
分析。
戦術。
試合前日に配られていた、あの資料。
俺は、知っていた。
チームが勝てていた理由の、半分以上が蓮だったことを。
(だから、辞められたら困る)
(だから、引き止めた)
それなのに――
あいつは、あっさりと切り捨てた。
俺じゃなく。
チームでもなく。
勝利でもなく。
「次に進む」
そう言った。
(ふざけんなよ)
逃げだろ。
負けだろ。
そう思わなきゃ、保てなかった。
だって、もし違ったら。
――俺は、何一つ勝ってないことになる。
「司?」
紬の声が、少し不安げになる。
「……なに?」
「最近、ぼーっとしてる」
一瞬、言葉に詰まる。
「……気のせいだよ」
そう言って、笑った。
でも、心の中では別の声が渦巻いていた。
(蓮は、生徒会に行く)
(九条雅……あの生徒会長)
学校で有名な、美人で、冷静で、近寄りがたい存在。
そんな女が、蓮を誘った。
(なんで、あいつなんだ)
胸の奥が、きつく締めつけられる。
紬を手に入れたはずなのに。
チームの頂点に立ったはずなのに。
失う予感だけが、はっきりしていく。
(……もし)
(もし、蓮が“別の場所”で評価されたら?)
(俺が、追いかける側になったら?)
考えたくもない未来。
だから、考えてしまう。
(先に、潰しておくべきか)
(奪えるものは、全部)
視線が、無意識に紬へ向く。
(俺が落とせたんだ)
(なら――)
唇が、わずかに歪む。
「……分からせてやらないと」
小さく漏れた声は、
紬にも、夕暮れにも、届かなかった。
ただ。
奪ったはずの世界が、音もなく崩れ始めていることだけは、
はっきりと分かっていた。




