9頁
ロイが出ていった直後、ひとりの客が店に入ってきた。
紫がかった黒い髪に、金色の瞳。
上品な身なりだが、少し野性的な空気を纏っている。
得体のしれない――そんな印象だ。
しかも、いつも客が来ると一斉にしゃべりだす本たちが、珍しく静かだった。
この客の何かが、本たちを黙らせているのか。
「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」
声をかけると、客人は一瞬驚いたように目を見開き、鋭い視線をむけてきた。
獲物を値踏みするかのような眼光で見られたが、それは一瞬のこと。
すぐにふっと表情を緩めた。
「見かけない顔ですね」
訝しげに聞かれて、返答に困った。
その時、奥から元気な声が飛んできた。
「ロイが雇ったんだよ」
クララの言葉に客人は驚いたように目を見開いた。
「ロイが、人を雇った……? 珍しいですね」
そう言いながら視線を店内へ巡らせる。
「なるほど。お店が妙に綺麗なのは、あなたのおかげというわけですか」
「それだけじゃないよ。キョースケは料理も得意なの。すっごく美味しいんだから!」
クララが胸を張った。
客人の表情が変わった。
先ほどよりも驚いている。
「クララが食事を?」
客人は口を押さえて、信じられないとばかりに首を振る。
「……それは興味深い。私も味わってみたいですね」
途端に金色の瞳が好奇心で輝く。
「となれば、お近づきのしるしに占って差し上げましょう。私、こう見えて術者の家系なんです」
そう言って、何故か力こぶしを見せるポーズをする。
すると、袖口から、鍛えられた前腕がチラリとのぞく。
細身に見えるが、筋肉が詰まっている――そんな印象だ。
俺は、これから何を見せられるんだろう?
「この占い師の言う事は信じちゃダメだよ」
すかさずクララが首を振る。
「エドの頭の中、筋肉だらけだから」
エド――さっきロイが頼ろうとしていた術者だ。
「クララ、余計なことは言わないでください」
エドはむっとしたが、その顔には優しさが滲んでいた。
「さあ、何を占いましょう。相談料は取りませんから、安心して何でも聞いてください」
そう言いながら、懐からカードを取り出した。
カードを切る手つきは素早いが、どこか粗雑な感じがしてしまう。
「えっと、じゃあ……旅の途中なんですが、無事に家に帰れるか、占ってもらえますか?」
こんなことを占ってもらったところで、どうにもならないことは分かっている。
それでも良い言葉を聞ければ、少しは希望が持てるかもしれない。
エドは意気揚々とカードを切った。
そして、器用にカウンターの上にカードを並べた。
「一枚、好きなカードを選んで下さい」
伏せられたカードの真ん中あたりから、一枚引いた。
そのカードを手に取ると、エドは眉間にしわを寄せた。
「ふむ……なるほど、そう来ましたか……」
何か重大なことでも見えたのだろうか。
なかなか結果を口にしないエド。
胸の鼓動が変に早くなる。
「どうですか?」
結果を聞くのは少し怖いけど、このまま聞かないのも気になる。
しょせん占いだ。
当たるとは限らない。
そう覚悟を決めた時、エドが口を開いた。
「そうですね……帰れる時は帰れるし、帰れない時は帰れません」
「キャハハハッ!」
クララの笑い声が店内に響いた。
え――これが占い?
何も答えられずにいると、エドはそそくさとカードをしまった。
「……私、実はカード占いは得意ではなくてですね、ハハハ……」
エドが照れ笑いする。
「でも、召喚術は得意です」
「何が出てくるかはわからないけどね」
クララが付け加えると、エドが軽く睨みつける。
「何か困ったことがあったら、力になりますよ。次は水晶で占いますので。カードよりは当たります」
妙に誇らしげにそう言うと、エドは踵を返した。
だが、数歩進んだところで立ち止まり、戻ってくる。
「ああ、そうだ、これを取り寄せてください。研究に必要なので」
クララにメモを渡す。
エドは軽く会釈をして店を後にした。




