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ロイの申し出で、この本屋で働かせてもらえることになった。
主な仕事は、本棚の整理と食事を作ること。
接客は、ほとんどクララがしてくれている。
俺は乱雑に積み重ねられている本を、種類ごと本棚へ戻していた。
『うわさ話百選集』という本を手に取った。
うーん、これはどの分類だろう。
中を見ると、目次に『ニホンジンの血のうわさ』と書かれている。
ページを捲ろうとした時――。
「あ~全然だめだぁ~」
ロイの大声が店内に響いた。
昨日「救出」した金庫と格闘しているらしい。
天井を仰ぎ見て、完全にお手上げ状態だ。
相変わらず左手に手袋をしている。
昨日よりもぎこちないように見えるが――押したり引いたり回したり、懸命に金庫の開錠に取り組む姿を見ると、気のせいかもしれない。
「全く開く気配がない」
「外側からが無理なら、呪文とか?」
俺の提案に、ロイは目を輝かせた。
「その手があったか!」
でもすぐに眉間にしわを寄せる。
「呪文か……。となると、エドに力を借りないと無理か」
この金庫の持ち主は相当用心深いのかもしれない。
呪文となると、そう簡単には開かないんじゃないだろうか。
でも、ロイにはあてにする人物がいるようだ。
呪文で開く金庫――いったいどんな物が入っているんだろう。
「ねえ、何が入ってるの?」
クララがワクワクした顔で聞く。
「黄金への道標さ。宝への地図、とでも言おうか」
ロイの瞳が輝く。
黄金と聞いて、俺の頭に真っ先に浮かんだのはアリババの話だった。
確か、洞窟の扉を開ける呪文があったはずだ。
「開けゴマ」
子どもの頃、ふざけて何度も口にした記憶が蘇る。
「開けゴマ? 何それ」
ロイが俺の言葉にクスリと笑った。
「そうだよな、ほんと何回聞いても不思議な言葉――」
その瞬間、微かな音がした。
カタリ。
金庫が、動いた。
ロイが何をしても開かなかったそれが、ゆっくりと蓋を開き始める。
「えっ、ちょっと待って」
自分でも何が起きたのか分からず、ロイと一緒に金庫を見つめる。
「キョースケって魔術師だったの?」
クララが目をパチクリさせて聞いてきた。
「いやいやいやいやいや、そんなわけないよ。どこにでもいる平凡なサラリーマンだよ」
特に劣っている事もないけど、特別に秀でている事もない。
ごくごく普通の男だ。
普通が服を着ていると言っても過言じゃない。
まさか、俺の言葉で開いたわけじゃないだろ?
偶然だ、偶然。
確認せずにはいられない。
今度は逆の言葉を。
「閉じろゴマ」
すると、開きかけていた金庫が、閉じていく。
マジか……。
「ちょっとちょっと、せっかく開きかけたのに何で閉じちゃうんだよ!」
ロイが焦る。
「あ、えっと、なんだっけ? ゴマ、ごま、開けゴマ!」
ロイが慌てて開く呪文を口にした。
閉まりかけていた蓋が再び開く。
自分で言っといてなんだけど、ホントに『開けゴマ』で開くとは思わなかった。
「ほんとに開くんだ……」
「よく分からないけど、開いたんだから良しとしよう」
ロイが満足そうに金庫の中を覗き込む。
俺は、自分の言葉で金庫が開いた事実に、まだ戸惑っていた。
ロイが金庫から取りだしたのは一枚の小判。
もっと貴重なモノ、『クレオパトラの涙』みたいな、そういった宝石を期待していた。
だから、小判だけというのは拍子抜けした感がある。
確かに小判は貴重かもしれない。
でも、これを開くのに呪文が必要だなんて、複雑な仕掛けすぎる。
「変わった形の金の板?」
ロイが小判を眺めながらつぶやいた。
ロイもクララも初めて見るモノなのか、不思議そうに眺めている。
俺も実物は初めてだけど、楕円形で表面に打目の跡があるこれは――どっからどう見ても小判だ。
「1枚だけ?」
クララは空っぽになった金庫を覗いて、ほんの少し残念そうに眉を下げた。
けれど、ロイはむしろ嬉しそうだった。
「言ったろ? これは道標さ。黄金への道を示してくれる。これがなきゃ辿り着けないんだ」
――え、これが?
俺にはどう見てもただの小判にしか見えない。
いったいこの小判がどう導いてくれるんだろうか。
それより――ずっと引っかかっていた疑問を口にする。
「その、小判……持ち主に返さなくていいのか?」
この金庫はロイが盗んできたものだ。
本来なら、元の持ち主に返すべきじゃないだろうか。
それに、この小判だって――。
「問題ないよ。もともと彼らだって、この金庫の『正当な持ち主』じゃないからね」
ロイは小判を光にかざした。
「今頃、金庫がなくて大騒ぎしているだろうけどね」
ロイは悪戯っぽく口元をゆるめた。
「黄金争奪戦は既に始まっている」
冒険の前触れを楽しんでいるかのように、ロイの目が輝く。
「僕が勝つか奴らが勝つか。はたまた別の誰かか」
ロイの手元で小判がキラリと光った。
何かを思いついたのか、ロイは金庫に小判をしまった。
「金庫も開いたことだし、僕ちょっと出かけてくる」
そう言うと、ロイは金庫を持ってどこかへ出かけてしまった。




