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「おかえり!」
クララが嬉しそうにロイに駆け寄った。
「キョースケが作ったんだよ!」
「おかえりなさい。キッチンお借りしました」
「どうぞどうぞ。僕まったく使わないからいいんだけど、不便じゃなかった?」
ロイは嫌な顔ひとつせず、むしろ使い勝手を心配してくれた。
全く使わないという割には、道具は充実していたし、整理整頓もされていた。
俺の家のキッチンより、よほど使いやすかった。
「ロイは料理できないの」
クララが小声で教えてくれる。
どうりでキッチンが綺麗なわけだ。
クララの声が聞こえたのか、ロイは少し拗ねた顔をした。
「できないんじゃなくて、僕には不向きだってだけ。それより、僕もそれ食べたいんだけど、僕の分はある?」
「もちろん」
ロイの分として取り分けておいたチャーハンを差し出した。
持っていた四角い何かを机に置き、丸い椅子を部屋の隅から引っ張ってくる。
右手の手袋を外し、ロイはひと口食べて目を見開いた。
「うわ、美味しい! ……君、料理上手だねえ」
「ありがとうございます。そんな大したものじゃないですけど」
「いやいや、これだけ美味しければ十分すごいよ」
本当に幸せそうに食べてくれる。
ロイの口に合ってよかった。
「でしょでしょ! 初めて味覚があってよかったって思えたもん。食事って、こんなにワクワクするんだね」
チャーハンを作っただけで、こんなに褒められるとは思わなかった。
なんだか気恥ずかしい。
それにしても、味覚があってよかったって、どういう意味だ?
疑問が解決されないまま、会話は進んだ。
「クララが食事をするのは何年ぶりだろう」
ロイがとんでもないことを口にしたが、クララは平然と答える。
「ロイがお豆を焦がした時から食べていないかな、十年以上前だよ」
「十年以上!?」
思わず声が出た。
十年以上、食べてない?
それで生きてる?
頭が混乱する。
クララって……何歳?
七、八歳だと思っていたのに、十年以上前から――?
俺の疑問は置き去りに、会話は続いた。
「ああ、そうそう、それで僕には料理が不向きってはっきりわかったんだ」
「クララはね、ご飯食べなくて大丈夫なの!」
俺が何かを言いかけたのが分かったのだろう。
クララが得意げに笑っている。
「でも、キョースケのご飯ならずーっと食べられちゃう」
「あ、ありがとう」
褒められて嬉しいけど、話の内容は半分くらい理解できていなかった。
この世界の常識が違う事には気づいていた。
でも、『生き物』の摂理まで異なるとは、思いもよらなかった。
「ね、キョースケ、明日も作って!」
クララが無邪気な笑顔を向けてくる。
作るのはいい。
でも、そんなに長く世話になっていいんだろうか。
迷惑じゃないだろうか……。
そう考えていたら、ロイがポンと手を打った。
「キョースケくん、君、ここで働かない?」
「やったー! そしたら毎日ご飯作ってもらえるね」
まだ、返事もしていないのに、クララは両手を挙げて喜ぶ。
路頭に迷っている俺からしたら、これはかなりありがたい誘いだ。
「でも……」
口ごもると、クララの表情がさっと曇った。
「キョースケ、ここで働くのイヤ?」
「イヤとかじゃなくて、その……申し訳ないっていうか」
言葉が続かない。
「お世話になってばかりで、俺、特技とかないし……」
……あれ? 俺、何言ってるんだ?
クララの悲しそうな顔を見て焦ったせいか、自分でも何を言っているのかわからなくなってしまった。
そんな俺を救うように、ロイが柔らかい声で言った。
「本の整理してくれたのってキョースケくんでしょ? 本たちが喜んでたよ。僕は料理と片づけが苦手なんだ。まあ、他のことは完璧なんだけどね」
ロイが少し恥ずかしそうに、でも自信ありげに笑った。
「店も人手が欲しくてね。クララも助かるだろうし。だから、頼むよ。次の行き先が決まるまででいいからさ」
次の行き先――帰る方法が見つかるまで、ここにいられる。
しかも、ロイの役にたてるなら。
「俺でよければ、お願いします」
「やったぁー! じゃあさ、今日の夜は何を作ってくれるの?」
「えっと……オムライスでいいですか?」
確認のつもりで聞くと、ロイは首を振った。
「もう君は家族も同然、僕のことはロイでいいよ。それに、もっと気さくにしゃべってほしいな。クララと話すみたいにさ」
改めて言われると、ひどく照れくさい。
けれど、嬉しかった。
「ロイ……オムライス、食べるよね?」
呼び捨てにするのは妙に緊張したけど、ロイは力強く頷いた。
「もちろん。オムライスか、どんな料理かワクワクするな」
ロイの左手――手袋をしたまま、ぎこちなく動いている。
ケガでもしているんだろうか。
でも、俺が口を開く前に、話題はもうロイの持ち物へと移っていった。
「ねーねー、それなあに?」
クララがロイの持ってきた四角い箱を指差す。
「あ、これ? 金庫」
ロイが銀色の箱を机の上にドシンと置いた。
金属の鈍い光を放つ、重厚な金庫だ。
「金庫? 何が入っているの?」
クララが目を輝かせる。
「ね、早く開けて見せてよ!」
クララがロイにせがんだ。
「それがさ、なかなか開かなくて。その場で調べてる時間もなかったから、とりあえず持ってきちゃったんだけど……どうやって開けるんだろう」
ロイは金庫を上から横から斜めからと、いろんな角度から眺めまわす。
ダイヤルもない。
鍵穴もない。
ボタンも液晶画面もない。
ただの銀色の塊にしか見えない。
言われなければ、これが金庫だとは気づかないだろう。
もしかして、からくり箱みたいな仕掛けなのかもしれない。
特定の手順で動かさないと開かない、というやつ。
開け方を知らなければ、どうにもならない。
「開け方、忘れたの?」
俺が聞くと、ロイはあっさりと首を振った。
「いや、これ僕のじゃないから」
「……は?」
一瞬、理解が追いつかなかった。
「あれ? 最初に言わなかったっけ? 開けられないから持ってきちゃったって」
そういえば、そんなこと言ってた気がするけど……。
まさか、ロイの物じゃないなんて――思いもしなかった。
「持ってきたこと、ちゃんと持ち主に断ってきた?」
「断るわけないだろ? そもそも黙って建物に入ってるんだから」
ロイはサラッととんでもないことを口にした。
「それって……」
泥棒じゃないか。
ここって、もしかして隠れ家?
一瞬『怪盗Я』が頭をよぎる。
新聞に載っていた『眠り姫の夢時計』……やっぱり盗んできたものだったのか。
急に不安が押し寄せてきた。
「どうかした?」
ロイは全く悪気がない様子。
まさか……。
「ロイって、もしかして泥棒?」
思わず言葉が口から出ていた。
まずい、と思って口を押えたが、ロイはニッコリ笑った。
「やだなぁ~。そんな無粋な言い方しないでよ」
ロイはひらひらと手を振った。
「僕は探検者さ。スリルと未知なる謎の解明が大好物でね」
目を輝かせながら続ける。
「夢と希望が詰まっているだろ? ロマンじゃないか」
金庫を軽く叩きながら言い足した。
「それに、これは盗んできたんじゃないよ。救出したんだ」
「でも、ロイはお宝も大好きだよね」
クララが、追い打ちをかける。
「……否定はしない!」
ロイが胸を張る。
「スリルとお宝が僕を呼んでいる!」
どうしよう。
今更だけど、俺、ここに居て大丈夫なのか?
……でも、ほかに行く場所もない。
仕方ない――か。




