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ふと、目が覚めた。
ずいぶんゆっくり寝ていた気がする。
今日は休みだし、もう少し寝ていてもいいか――。
そのまま寝直そうと寝返りを打つ。
ごわっとした感触。
……スーツ?
ハッとする。
そうだ、昨日――!
一気に記憶がよみがえった。
ガバッと起き上がり部屋を見渡せば、やっぱりここは俺の知る場所ではないと思い知らされる。
上品な装飾の家具が置かれ、落ち着いた雰囲気だ。
昨夜は疲れていて気付かなかったけど、高級ホテルのような部屋だ。
山積みの本を除けば、だけど。
本の中には興味をそそられる題名のものもあるけど、今はそれどころじゃない。
帰り方とか、これからのこととか……考えなければならないことは山ほどある。
でも、ひとりで考えていても答えは出ない。
とりあえず、ロイに話を聞こう。
この世界のことを知っている人と話をすれば、何か解決策が見つかるかもしれない。
昨日の部屋に行けば会えるだろうか。
勝手に人の家を徘徊するのは気が引けるが、ここでじっとしていても始まらない。
ベッドから降りて、スーツをパンパンとはたく。
着替えを借りる前に寝てしまった。
しわくちゃだ。
ベッドのそばにあった小鳥の装飾のある鏡をのぞく。
髪の毛もぐしゃぐしゃだ。
寝癖を直そうと手を伸ばした瞬間、鏡の装飾の小鳥がパタパタと羽ばたく。
その風で髪が乱れる。
もう一度直そうとすると、また小鳥が羽ばたく。
……きりがない。
もういい。
これ以上どうにもならない。
仕方なく、ある程度身だしなみを整えて、部屋を出た。
昨日の部屋にたどり着けるか心配だったが、壁に沿って歩いていくと見覚えのある部屋が現れた。
ロイに手当をしてもらった部屋だ。
人の気配はない。
本たちの話し声も聞こえない。
部屋の中央のカウンターを見るが、誰もいない。
ロイはどこだろう。
探したほうがいいだろうか。
それとも、ここで待つべきか――。
「ロイなら出かけてるよ」
背後から、声がした。
驚いて振り向いた。
さっき確認した時には、誰もいなかったはずなのに――。
半円のカウンターの奥に、人影。
薄桜色の瞳が、じっとこちらを見ていた。
「えっと、あの……君は?」
「クララはクララっていうの」
カウンターに肘をつきこちらを見つめているのは、小さな少女だった。
腰まである黒い髪を三つ編みにしている。
七、八歳くらいだろうか。
「クララちゃん……」
「クララって呼んでいいよ!」
ニッコリと笑うクララに軽く会釈する。
「初めまして、俺は――」
「キョースケでしょ。知ってるよ」
「あ、そうなんだ」
ロイから聞いているのだろう。
小さい子と話すのは慣れていない。
何を話せばいいんだろう。
「ねえ、一緒にお店屋さんやろうよ」
お店屋さん……店番のことだろう。
世話になった恩がある。
「うん、お店屋さん、一緒にやろう」
「やったぁ!」
クララが満面の笑みを浮かべる。
こんなに喜んでくれるなら、悪い気はしない。
こちらまで少し気分が明るくなった。
カラン、と軽いベルの音。
ちょうど客がひとり、入ってきた。
「いらっしゃいませ」
クララが元気にあいさつした。
シルクハットをかぶった紳士が入ってきた。
帽子にはゴーグルや鎖の装飾がついている。
紳士はカウンターに近づき、手慣れた様子でクララに話しかけた。
「やあ、こんにちは。頼んでおいた本はあるかね?」
「こんにちは! 届いてるよ」
クララは朗らかに挨拶を返し、カウンターの下から紙袋を取り出した。
紳士は中身を確認すると「確かに」と頷いた。
ポケットから見たことのない紙幣とコイン出すと、カウンターの上に置いた。
「まいど、ありがとうございまぁーす」
クララの明るい声を背中に受け、紳士は早々に店を出ていった。
「上手だね。いつもお店のお手伝いしてるんだ」
素直な感想だった。
お世辞じゃなく。
「お手伝いじゃないよ。お店屋さんはクララのお仕事だから」
お仕事?
こんな小さな子が店番を?
それにロイとクララの関係は……親子なのか?
次から次へと疑問が浮かぶ。
けれど、クララが笑顔を向けてきた。
「次はキョースケの番だよ」
「え? う、うん」
大丈夫だろうか。
クララみたいに、ちゃんと対応できるだろうか。
いつ来るかと内心ドキドキしながら待っていたが、なかなか客は来ない。
カウンターに置いてあった新聞に目が留まる。
今日の一面は『怪盗Я現る!』という見出し。
ルッツンヴァール家の財宝、『眠り姫の夢時計』を厳しい警備の中やすやすと盗んだと大きな文字で書かれていた。
Я?
これ、なんて読むんだ?
アール……じゃないな。
見たことのない文字だ。
そもそも怪盗なんて物語のなかの登場人物でしかない。
怪盗も気になるが、それよりも気になったのは『眠り姫の夢時計』
写真が載っていたが、この時計、どこかで見たような……。
針が4本あって、羽が生えた時計。
ふと、視線を上げた。
店内の上の方に、昨日見た時計が飛んでいた。
あれも確か、針が四本で羽が……。
いや、さすがに偶然だろう。
そう思いながらも落ち着かず、軽く息を吐く。
その時、昨日は気づかなかったが、あちこちに本が積み上げられ、埃をかぶっているのが目についた。
『……重いよ……』
『下敷きになってる……』
小さな声が聞こえた気がした。
手持ち無沙汰だし、少し整理をしよう。




