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駅を出た瞬間、息を呑んだ。
レンガ造りの建物、石畳の道。
どことなくレトロな雰囲気だが、明らかに普通じゃない。
建物に巨大な歯車がついていて、しかも、ゆっくり移動している。
道の向こうでは、御者のいない馬車を一角獣が引いている。
車も走っているが、俺の知っている形とは全然違う。
ボンネットが異様に長いもの。
カタツムリみたいに丸いものや、蒸気機関車みたいなもの。
どれも奇妙だ。
空を見上げると、飛行船が泡を吐き出しながら飛んでいる。
ああ、これか。
さっき新聞で読んだ、泡がどうとかっていう。
本当に飛行船が泡を吐いてる……。
道行く人々の中には、人間もいる。
でも、ロボットのような機械や、透明な体をした何か。
ホームで見たような奇妙な存在が、普通に歩いている。
圧倒される。
何もかもが目新しくて、まるで初めて都会に来た学生みたいに、キョロキョロしてしまう。
完全に田舎者だ。
「おーい、置いてくよー?」
ハッとして、前を見れば、男性はずいぶん先を歩いていた。
「す、すみません!」
慌てて駆け寄った。
商店街のような店が立ち並ぶ通りを少し歩き、細い路地に入った。
ギシッ――。
背後で何かが軋んだ。
振り向くと、先ほど通って来た街並みはもうない。
レンガの壁で退路を塞がれてしまった。
知らない人についてくるんじゃなかったと、急に怖くなる。
薄暗い路地を歩き続けた。
男性が、壁と同じ色のドアの前で立ち止まった。
よく見ると、木製のドアには細かな装飾が彫られている。
「ついた、ついた。ここだよ」
看板がない。
いや、それ以前に、入り口すら分かりにくい。
こんな店で、客が来るんだろうか。
男性が扉を開いた。
「さあ、いらっしゃい。中に入って」
その先の光景に、思わず声が漏れた。
「凄いな……」
想像以上に高い天井だった。
見上げると、首が痛くなりそうなほどだ。
床から天井まで、壁一面が本棚で埋め尽くされている。
隙間なく、本が詰め込まれていた。
それでも足りないのか、床にも高く積み上げられている。
木箱や古い引き出しもあちこちに置かれ、その中にもぎっしり本が詰まっていた。
天井からは、三日月や星、惑星を思わせるような形をした照明が吊り下げられており、部屋を優しく照らしている。
「お邪魔します……」
圧倒されながら一歩店の中に入った瞬間、あちこちから声が聞こえてきた。
『おや! お客さんかな?』
『いらっしゃい!』
近くから、遠くから、高いところから……あちこちから聞こえてくる。
でも、誰もいない。
「今救急箱を持ってくるから、そこに座って待ってて」
男性は、本の中に埋もれた二人掛けソファを指差した。
そして器用に障害物を避けながら、部屋の奥へと歩いていった。
ソファに腰を下ろすと、向かいに大きな木製の椅子が見えた。
細部まで装飾が施されている。
このソファも、椅子も、本屋に置くには上品すぎる家具だ。
ぐるりと部屋を見渡すと、あちこちの壁や本棚の隙間で、歯車が回っているのが見えた。
音もなく、静かに……。
何のための歯車なのだろう。
本棚を含めた家具は、ブラウンを基調とした落ち着いた雰囲気がある。
重厚なアンティークな家具は、どれも手が込んでいて質が良さそうなものばかりだ。
部屋の中央にバーカウンターのような半円のカウンターまである。
レジカウンターにしてはお洒落すぎる。
セレブ御用達の会員制の本屋だったりして。
だとしたら、この散らかりようは何なんだ?
まあいい、気にしたところで答えは出ない。
それより――この大量の本。
いったいどんな本が置いてあるんだろう。
本棚に目を向けると、『世界びっくり図鑑』や『世界の昔話』といったどこかで見たような題名が並んでいる。
でも、その隣には『ユニコーンの飼い方』『ふとんの飛ばし方』なんて本もある。
ふとんを飛ばす……?
『お兄さん、お花に興味ない? わたしには珍しい花がたくさん載っているわよ』
「えっ!?」
思わず声が出た。
今、誰か喋った?
本だ――本が喋ってる!
まだ驚きから立ち直れないうちに、今度はソファのすぐ近くの本棚から声がした。
見ると、緑の表紙の本が揺れている。
すると、黄色の表紙の本が、緑の本に対抗するかのように話し出した。
『こっちには、普段使いできる薬草から滅多に手に入らないものまで載ってるぞ!』
ドンッと音を立てて分厚い表紙が開いた。
『ほら、みてくれ! 106ページだ!』
埃を撒き散らしながら、ものすごい勢いでページが捲られていく。
「うわっ!」
思わず顔を背けた。
『珍しい服装だな。僕には載っていないや』
『お客さん、どこから来たの? 何が好き?』
あちこちから声が飛んでくる。
どれに答えればいいんだ?
『ここに書かれている論文は――』
『いいや、君のは誤植だろ?』
『んなわけあるかッ!』
今度は本同士で喧嘩を始めた。




