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「ニホンジンは不思議な奇術が使えると、裏の世界では有名だけど、キョースケはどんな術が使えるんだ?」
ロイが子どものような無邪気な瞳を向けてきた。
気持ちは分かる。
小判とか遺跡とかを見ていると、そりゃあすごい術が使えるんだろうと思うよな。
でも、残念ながら、俺にはそういう類の力は一切ない。
小学生の頃、スプーン曲げを真剣に練習して、結局びくともしなかった過去を思い出す。
あれが手品だと知った時のショックは忘れられない。
「俺は特に何も……」
首を振る俺を、ロイ、クララ、それからエドまで疑いのまなざしを向けてくる。
「いまさら隠す必要はないよ。みんなキョースケがニホンジンだって知っているわけだし、術が使えたところで、危害を加えるつもりなんてないんだから」
それは十分わかっている。
だから正直に話しているんだけど、なかなか信じてもらえない。
そもそも、この世界では、ニホンジンというのは特別な存在らしい。
ニホンジン。
その身に流れる血は美しき宝石となる。
紅く艶やかな輝きを放つその宝石は血晶石と呼ばれ、人の心を奪い、狂わせる。
そして、心臓はこれ以上はない輝きを放ち、世界をも支配する魅惑の石となる。
さらに、ニホンジンは特有の言葉を操り、その言葉で綴られた書物は財宝の眠る遺跡へと導く――そんな伝承まであるという。
嘘か真か、誰も知らない。
けれど、この世界で生きる者たちはその宝玉に夢を見る。
ある者は欲望のままに、ある者はただ未知を求めて。
これまで多くの冒険者が遺跡を目指したが、誰ひとりとして戻らなかった。
長らく夢物語として語られてきたものの、ある日、旅立った者が化石となって発見されたことで、伝承は一気に現実味を帯びた。
そして、ついにロイが左手の石化という代償を払ったが、遺跡を見つけ生還した。
その噂は瞬く間に広がり、欲望が渦巻く争奪戦が激化した。
本来なら到底信用できない話だ。
だけど、自分の血が本当に宝石になり、石になったロイの手を見たら、否定する余地なんてなかった。
加えて、ニホンジンがどれだけ貴重で、どれだけ危険な存在なのかもわかった。
俺が今、こうして平穏無事にいられるのは、幸運としか言いようがない。
ニホンジンだと知られた瞬間に、血は絞りとられ心臓も抉られていたことだろう。
考えるだけでぞっとする。
最初に会ったのが、宝石や財宝よりも、冒険こそが最優先だったロイだからこそなのだと、話を聞けば聞くほど身にしみた。
エドも交えて夕飯を食べながら遺跡の攻略方法について話していたはずなのに、いつしかニホンジンについて、質問の嵐になっていた。
「ニホンジンは布一枚で空が飛べるんでしょ? キョースケも飛べる?」
クララが目をキラキラさせて聞いてきた。
「飛べないけど……」
それ、忍者のムササビの術ってやつじゃ……。
どこからそんな話を聞いてきたんだろう。
「そうなんだ……、まぁ、空なんて、落ちたら大変だもんね」
少しだけ寂しそうにするクララ。
「じゃあ、ドラゴンはどうやって懐かせる?」
すかさずロイが少年のような無邪気さで身を乗り出す。
「ドラゴンなんて、物語にしか出てこないよ!」
「キョースケの世界にはドラゴンはいないのか? あいつら凶暴だからなぁ~、そっか、いないのか……」
残念がるロイ。
「では、妖術とは具体的にどんな術なんですか?」
続いて真剣なまなざしを向けてくるエド。
手を叩いてお茶やクッキーを出したり、水晶玉の中になんでも収納しているエドの方がよっぽど魔法使いじゃないか、って言葉はグッと飲み込む。
「申し訳ないけど、俺には一切そういうのはない」
きっぱり言い放ったにも関わらず、なぜかまだ期待の目を向けてくる。
「しかし、不思議ですね。これほどの伝承を生み出したニホンジンが、術を使えないとは」
エドが顎に手を当てて考え込む。
「もしかすると、遺跡の中で特別な条件がそろえば……いや、古の術式との相互関係で……」
ブツブツと呟き始めるエドを見て、ロイが肩をすくめた。
「始まったぞ。エドが研究者モードに入ると長いんだ」
「空を飛び、地を削り、海を割るニホンジンは、ドラゴンをも軽くいなすって……」
「ないないないないない! なんでそんなことになってんの?」
エドの言葉を遮って全力で否定すると、三人とも寂しげな表情を浮かべた。
「まあ、伝承なんてそんなもんさ。真実はほんのひとかけらだけ。それを解明してお宝を手に入れる、それこそが冒険だ! ロマンだ!」
拳を突き上げるロイ。
その左手――手首から先が完全に石化し、その範囲が肘に向かって徐々に広がっている。
「その代償が左手だけどね」
クララがあっけらかんと指摘する。
「それも含めて冒険の醍醐味ってやつだ。それに、満月まであと三日もあるんだ。キョースケの帰り道も見つけられるさ」
ロイは相変わらず楽しそうだ。
こんな状況でも、彼の冒険への情熱は少しも揺らいでいない。
でも――。
「この本を書いた人は、何らかの術が使えたのかも。昔は陰陽師とか忍者とかいたっていうし……」
そう言いながら、ふと思い出す。
「そうだ、その小判に書かれている呪文のような言葉。どういう意味だろう」
「ああ、あれか!」
ロイが身を乗り出す。
「遺跡の入り口にも、似たような文字が刻まれていたんだ。キョースケが読めれば――」
「本当ですか?」
エドの目が鋭く光った。
「それは……古代文字との関連性が……もしかすると、遺跡を開くカギは……」
俺には術は使えない。
それも飛べないし、ドラゴンも懐かせられない。
でも、もしかしたら――この文字が読めることが、俺にできる唯一の『術』なのかもしれない。




