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ふと、カウンターに置いてあった本に目がとまった。
俺が持っていた本だ。
ロイは『本に興味がある』と言っていたのに、一度も触ろうとしない。
ここに置いたままだ。
あれは――本当に興味があったのではなく、俺をここに連れてくるための口実だったんだろうか。
その本を手に取ってみる。
『手放すなかれ』と書かれた表紙には著者も記されていない。
そして、この世界の文字ではなく、なじみのある日本語で書かれた本。
表紙をめくる。
――――どんぶらこ、どんぶらこと流れてきた同胞にささぐ。
ふさわしきは日の本の血脈を受け継ぐもの、それ以外のものは決して触れてはならぬ――――。
どんぶらこどんぶらこって、桃太郎じゃあるまいし……。
触れてはならぬって、触れたら呪われるのか?
まさか、とは思うが、バカげていると笑って済ませられない気がしてならない。
『日の本の血脈を受け継ぐ者』とは、日本人のことを指しているのだろうか。
まだ何も起きていない。
だから、きっと大丈夫なはずだ。
そう自分に言い聞かせた。
そして、一枚まためくる。
――――おめでとう。はたまた、ご愁傷様。
君にとってはどちらの言葉が的確か。
わたしには知る由もないが、少なくともわたしは君の恩人となるであろう。
大いに感謝してもらいたいが、それは君が無事に元の世界に戻れればだ。
誰がどうやって、いつこの世界に飛ばされてくるかは不明だ。
だが、日の本の血脈を受け継ぐ者のみが、しばしばこの世界に来る。
それは、天才であるわたしの調査で判明した。
そして、この世界へ来た者のもとへ、この本が届くように術を施した。
信じがたいだろうが、優秀であるわたしだからこそなせる業である。
君の手元にこの本が現れた時は、さぞ驚いたであろう。
凡人である君には理解し難いだろうが、わたしが優秀すぎるだけだから、気に病む必要はない。
兎に角、優秀かつ天才すぎる私が、迷える子羊である君に力を貸すのだから安心したまえ。
ここからが本文だ。
しかと心得よ。
まず、命を失いたくなければ、日の本の血脈を受け継ぐものであることは、絶対に知られてはならぬ。
素性が明らかになった時は、命は無いものと心せよ。
この世界において、日の本の血脈を受け継ぐ者は類稀な存在である。
その血が宝石となる故、多くの者がその血を求め、奔走する。
つまり、君の存在自体が、他者の欲望を呼び起こす『モノ』なのだ。
日の本の血脈を受け継ぐ者の血は、ひとたび空気に触れれば紅玉のごとき輝く石となる。
そして、この世界では珠玉として扱われ、ひと雫の血が争いを生み、争奪の対象となる。
心の臓はすべてを覆すほどの価値があり、血の宝石はひと粒で巨万の富を得ると言われている。
ひとたび日の本の血脈を受け継ぐ者と知れたなら、血が枯れるまで絞り取られ、心の臓はえぐり取られる事となろう。
わたしがこの世界へ来る前に、無残な死をむかえた者もいたようだ。
ほんの些細なことで素性は露呈する。
一瞬たりとも気を抜いてはならない――――。
いったん本を閉じた。
本の内容が、脳裏に重くのしかかる。
日本人の血と心臓はこの世界では宝石のよう、いや、それ以上の価値があるということか。
そんな事あるわけがないと思いはしたが、本を片付けていた時『ニホンジンの血の秘密』という本を見かけたっけ。
その時は単に人種の血脈のことだと思っていた。
だけど、実はもっと深刻な――命に係わる話だったのか。
そういえば……。
ポケットにしまった石を取り出す。
キラキラと紅い光を放つ石。
もしかして、これって、俺の血?
だから、あの客は驚いて店を出ていったのか。
少しだけ背筋が寒くなる。
それにしてもこの著者。
自分のことを優秀だの天才だの、かなり上からの物言いが鼻につく。
が、この先が気になって仕方ない。
再び本に目を落とす。
――――元の世界に戻りたい者よ。
簡単ではないが、元の世界に戻ることは出来る。
君には理解しがたいだろうが、わたしが道しるべとなって君を導くので安心するがよい。
まず注意しなければならないことがある。
元の世界に戻るには、満月の夜にしか道は開かれない。
しかも、この世界に来て初めての満月だ。
わたしは天才ゆえに、行き来することが叶う。
だが、私にも限度はある。
凡人である君はいったん元の世界に戻ったならば、二度とこの世界に戻ってはこれない。
そして、凡人であるがゆえに代償は伴う。この世界での記憶は――が、元の世界に戻れるのだ、至極幸甚に思いたまえ。
私の傍らにも妙に世話を焼く者がいるのだ。
奴はこちらが熱中している時に必ず現れて、水を差す。
「飯を食え」だの「眠れ」だの。
ほんに鬱陶しい。
だが……いなくなると、静かすぎて、腹が立つ――――。
いったん本から目を離した。
満月の夜?
代償?
理解が追いつかない。
かなり古い本だ。
一部、掠れて読めない箇所がある。
最初は指南書かと思ったが、次第に日記のような記述が増えていた。
友人と思われる人物への愚痴や、研究の失敗についての記述が随所に見られた。
パラパラとページをめくっていると、やたらと『遺跡』という言葉が目に入ってくる。
それもただの遺跡ではなく、何か重要な情報として記されているようだ。
――――満月の夜、小判に刻まれた道しるべに従い遺跡を訪れよ。
遺跡には万が一同胞以外の者に見つかった場合に備えて、あまたの仕掛けを施してある。
だが、この本が読める者ならば簡単に見抜ける罠だ。
あとは遺跡に詳しく記してあるので、その手順通りに従えば、よほどの愚鈍な者でなければ帰れるであろう。
もし、途中で気が変わったなら。
あるいは、元の世界に戻れなくなってしまったなら。
そのような阿保者も安心したまえ。
心優しき善良なわたしは、同胞を見捨てたりはしない。
遺跡には、この世界で生活するのに不自由しない程度に、物を揃えておいた。
自由に使って構わない。
だが、ひとつだけ忠告しておく。
わたしの親切を無にする者には、それなりの仕打ちがある。
その仕打ちは下に記す。
一、財宝目的の盗人には、すべての欲を失う呪いが下される。
五感すべてを失うのだ。生きるのがさぞ辛かろう。
一、冒険を求める戯け者には、自由を奪う呪いが下される。
動けぬよう根を生やし、その場に留まるがいい。
一、死を恐れぬ愚か者には、死以上の苦行を見せ続ける呪いが下される。
死が終わりでは無いことを、思い知るがよい。
一、この遺跡の目的を知ってもなお、悪意を持って近づく者には死の呪いが下される。
早く殺してくれと懇願するほどの死を、味わわせてやろう。
以上の呪いがかかることを肝に命じよ。
だが、私は無慈悲な人間ではない。
改心する者には手を差し伸べよう。
呪いを解く方法もきちんと記しておく。
もっとも、命があればの話だが……。
ちなみに、この本は日の本の血脈を受け継いでいる者にしか、読むことはできない。
同胞以外の者がこの本に触れたなら、化石と成り果てる。
最後に。
本が遺跡と迷い人を結びつける。
全ての出会いは偶然であり、必然でもある。
この本との出会いも然り。
この先の選択は君に委ねる。
元の世界に戻るのもよかろう。
あるいは、心の臓をくり抜かれるリスクを負いながら、この世界に留まるのも君次第だ。
遺跡の財宝は、類稀なる才能をもった私のささやかな支援である。
好きに使ってかまはないが、先に述べた通り邪な心を抱いたものにはそれ相応の罰が下る。そのことだけは肝に命じよ。
では、君の人生に幸多からんことを――――。




