第九話 推しとのティータイム
私は現在、推しの間近にいる。シオン様のプライベートなお部屋に連れてこられ、私は体をがちがちに強張らせながら椅子に座っている。彼がまだ立っているというのに平民である私が先に座るのもいかがなものかと思ったが、彼に勧められたので仕方がなく。
「どうぞ、アメリー。この紅茶は、君が以前贈ってくれたものが好みであったため、それを参考につくったものだ」
シオン様は完璧な所作で紅茶を淹れ、ティーカップを私の方へ押し出した。そして彼は、これまた洗練された動きで椅子に座る。
(ひええええ! シオン様が入れてくださった紅茶! 飲まずに永遠と保存しておきたいわ……。いや、待て、これは尋問だ。尋問の前に、警戒心を解かせるためにも淹れてくださったのよ。落ち着け、アメリー!)
私の脳内はパーティー状態、頭の中の多数の私がダンスを踊っている。テーブルを挟んだ目の前に、いつも画面の向こうにいた推しがいる。しかも今は、柔らかな色の上質な普段着、ラフな格好!
美しい。尊い。そして、怖い。
彼はゆっくりと紅茶を一口飲み、その瞳を私に向けた。
「さあ、話してくれ、アメリー。なぜ、君は私にあのような贈り物を送っていた? 君は、騎士団の極秘情報、そして私の個人的な嗜好まで、どうやって知ったんだ?」
質問は、単刀直入。逃げ場などない。
私は、ティーカップを両手で強く包み込んだ。緊張で手が震えている。このまま、「実は私、異世界から転生してきた者で、あなたの大ファンで、未来の情報を知っているんです!」なんて言えるはずがない。言ったら間違いなく変な目で見られ、危険な妄想癖を持つ女だとして最悪の場合はスパイ認定、地下牢行きかもしれない。
「え、っと……あの、それは……」
私は彼から視線を外しながら、しどろもどろに答える。
「私、その、噂話を聞くのが得意でして……」
「噂、か。新型魔道具の部品に仕掛けられた細工について、噂で流れていたと? 騎士団の情報はそんなにも軽々しいものだということか?」
シオン様の声に、わずかに冷たい色が混じった。私は慌てて首を振る。
「ち、違います! 一切、侮辱するつもりはありません! 騎士団は完璧です。シオン様が、その、あまりに完璧すぎますので……!」
自分でも何を言っているのか分からない。ただ、推しの気に障るようなことは言いたくなかった。
シオン様はふっと息を吐き、姿勢を崩した。その仕草は、騎士としてではなく、ただ一人の青年のように思えた。
「私は、君の行動に感謝している。君の優しさに、心から救われた。だが、その優しさの根底にあるものが掴みきれずに警戒や多少の恐怖があるのも事実だ」
彼の言葉が、私の胸を深く突き刺す。恐怖。私の愛が、推しに恐怖を与えている。ファンとして、これ以上の失態があるだろうか。
「私は君を、敵だとは思っていない。しかし、君の本質を理解できないとなると……私一人の意見でどうこうする問題ではなくなってくる。教えてほしい。君は一体、何者なんだ?」
私は、顔を上げてシオン様の顔を見た。彼の眼差しはまっすぐと私を捉えている。
(……もう、逃げられない。彼は、私がただの平民の娘ではないと思っている。ここで嘘を重ねるのは、私の保身に関わるし、なにより彼の心を傷つけていくだけかもしれない)
私は意を決した。震える声で、言葉を発す。
「……シオン様。私は、あなたがいるこの世界を、とても深く、詳しく知っていました。知って、いたんです」
私は一旦言葉を切り、喉の渇きを潤すために、彼の入れてくれた紅茶を一口飲んだ。熱くて、甘い。力が湧いてくる。
「シオン様は、私にとって……大切な人でした。完璧で、高潔で、私の人生を彩る、手の届かない存在でした。私にとって、あなたを推すことが、人生のすべてのようなものだったのです」
俯いて、彼の顔を見ずに話したかったが、それでは駄目だと思い、まっすぐと彼の目を見つめる。
「私は、騎士団長シオン・アルカス様という存在を、遠くから見守り、少しでも幸せでいとほしいと願っている、一人の人間です。私が知っているのは、この世界の未来の運命ではない。前の世界で、あなたが主演の一人を務めた……物語の結末です」
沈黙が、部屋を満たした。シオン様は、瞬きもせずに私を見つめている。異質なことを言ってしまった。前世のことも、断片的に話してしまった。信じてもらえるかは分からないが、正直に打ち明けた。
「私が騎士団の情報について知っていたのは、それが原因です。介入するつもりはありませんでした。けど、シオン様が物語の中で負うはずだった心の傷が、あまりに深く、痛々しいものだと知っていたから、黙っていることができなかったのです。私は……あなたの幸福を願うあまり、あなたに干渉してしまいました」
私はテーブルに突っ伏し、羞恥と恐怖で顔を覆った。
「ごめんなさい、シオン様! もう、二度と介入しません。ですから、どうか、私を見逃しください!」




