第八話 騎士団長命令
「あ、あら! あなた様は、誰かと私を勘違いしていらっしゃるのではありませんか? そう、そうです。私はただの雑貨屋の娘で、噂話が好きな、ただの平凡な者です!」
シオン様は、私に話を聞きたいと言った。ということは、彼は私が何度も贈り物を送っていたことに気が付いているのかもしれない。だからこんなところにざわざわ来たのだろうか。やっぱりあの贈り物は色々とまずかったのだろうか。私はこれから、尋問される……!?
「私は何も知りません! 本当に、何も知りません!!」
私は必死に、距離を置くために、ありとあらゆる言葉を紡ぎ出す。
「ですから、どうかどうかお帰りください。私のような人間に構っている暇など、騎士団長様にはもったいないです! 王国の平和のために、そのお美しい時間を無駄遣いしないでください!」
私はそろりそろりと彼と距離を取りながら、必死にお願いする。しかし彼は動じることすらない。がたん、と音がして、私の背は壁についた。
そして、シオン様は私の顔の横に手を置いた。いわゆる、壁ドン。かべどん。目の前に推し。距離、ゼロ。心臓、停止。
「私の執務室に、何度も疲労を回復するキャンディが送られてきた。また、私が長年探していた、古代の戦術書の情報も送られてきた。最近では、魔道具の細工をあらかじめ予言したかのように警告し、事故を防いだ」
彼は静かに言葉を重ねる。
「……心当たりはないか?」
シオン様は、私の目をまっすぐに見つめた。その瞳には偽りなどない。深い孤独が、映っているようにも見える。
「……私の周りには、私自身を見る者はほとんどいない。だが、これらの贈り主だけは、私の弱さを誰よりも正確に把握し、そして陰から支えようとしてくれた」
何も言うことができない。
「アメリー・セレーネ。君は、私を助けてくれたのか?」
(やめて! 推しの孤独を直視するのは、心臓に悪すぎる! そんな目で見られたら、私が耐えられないわ!)
私は顔を背けようとしたが、シオン様は私の顎に手を添え、優しく固定した。
「頼む。君の行動の理由を聞かせてほしい」
「……や、やはり、シオン様の勘違いです! 私、そんなことちっとも知りませんもの!」
嘘はつきたくないが、これ以上彼の前にいることに耐えられるとは思えなかった。無理、心臓が止まる。私の顎に、推しの指が触れている。それを意識してしまうと思考が完全に停止してしまうのだ。
私の言葉を聞いて、シオン様は瞳をゆっくりと細めた。そして私から手を放して、一歩後ろに下がる。
「ならば、仕方がない」
彼はマントを翻し、声のトーンを低くした。
「君は、騎士団に関する極めて重要な秘密情報の提供者であり、また、騎士団の安全を確保した功労者である。この功績と情報の重要性から、君には騎士団の保護下に入ってもらう必要がある」
有無を言わさぬ冷たい声。騎士団長としての威厳と風格が漂い、私はその圧に呑まれて思わず膝をついてしまいそうになった。
一気に血の気が引く。
「え……?」
「君が何度も騎士団を訪れて何かを届けているのは知っている。言い逃れできるとは思うな」
シオン様は視線を私に固定したまま、言葉を続ける。
「明日の正午、王都西門の噴水広場に来い。それから共に話をしよう。これは、騎士団の機密情報に関わる問題だ。拒否権は、ないものと思ってくれ」
……貴族権限だ。お貴族様にこんなことを命じられたら、平民である私に逆らう術などない。逆らったらそれだけで捕まってもおかしくない。
私が言葉を失って呆然としている中、シオン様は私に背を向けて扉に手をかけた。しかし店を出る前に振り向く。
「その時に私の質問に答えてくれたならば、君をこれ以上拘束することはしない、と思う。だが、答えを聞くまでは……君を離さない」
そして、彼は店から出て行った。残された私は、まるで全身の骨を抜かれたかのように、その場で崩れ落ちてしまう。
「推しと……推しと、会う約束をしてしまった……」
しかも拒否権などない、絶対に守らなくてはいけない約束。重みが違う。彼はそこまでして私が贈り物を送った理由を知りたいのか。本当の理由を知られたら逆に呆れられてしまいそうだ。
「どうしよう……どうしよう……」
もし私がやっていたことが何らかの罪に問われて、騎士団に連れていかれたらどうしよう。シオン様に連行されるのもいいかもと思ってしまったが、決してよくない。私の人生が終わってしまう。
今頭を動かしても、「どうしよう」「推しがかっこよすぎた」「シオン様美しい」という考えしか出てこない。私の思考が全く役に立たない。
しかし、会わないという選択はないので、明日彼に会うことになるのだ。どうしようもない。今できる最大限のおしゃれをして、明日の自分に全てを任せよう。




