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第六話 究極の選択


 私は今、人生最大の危機に直面している。


 騎士団の配達物一時預かり箱の奥。いつもの場所に、私が普段贈っているものと同じ小箱が置かれていた。まるで、贈り主の元に返すかのように。


 私はそっとそれを取り、周囲を窺って包みを開ける。そして中身を見た瞬間、私の息は一瞬止まった。


 銀色のブローチと、達筆な文字の手紙。ブローチには騎士団の紋章と同じものが刻まれていて、ゲームのスチルでシオン様が身に着けていたことを覚えている。


 このブローチを見ただけで、私はすでに昇天しそうだった。だって、推しの私物よ!? これ、私が取っていいものじゃない可能性が高い気がしてきた。


 確かめるためにも、震える手で手紙を開いた。


『魔道具の件、感謝する。あなたの警告がなくては取り返しのつかないことが起こっていた。あなたに質問がある。なぜ、私を助ける? 答えをくれ。どうか、私と会ってほしい』


 ……まさかこれは、シオン様の文字?


(し、シオン様からの、手紙!? やっぱり私相手の贈り物だったの? なんか、手紙から良い匂いがする気がする)


 頭がぐらぐらと動く。シオン様が、私に会ってほしいと……夢だ。これは都合のいい夢。そうだ、きっと彼は、名も顔も知らない支援者のことを凄い相手だと思っていて、私みたいな平凡が相手だとは思っていないのだ。


 推しと私的に接触するなど、私の仁義に反する。しかし推しが「会いたい」と言っているのにそれを無視するなど、愛がないのか?


 もし彼と会ってしまえば、彼は確実に私を見てがっかりするだろう。シオン様が私のせいで落ち込んでしまうなんて……。


「だめだ……。これ以上、シオン様の運命に干渉してはいけない。私は、推しの幸福を陰ながら願う、ただのモブなんだから」


 私は、ブローチを強く握りしめた。冷たい銀の感触が、私の熱くなった体を冷ますように伝わってくる。


 道は一つ。

 シオン様と会うことはできない。しかしこの問いかけを無視することは、彼の心を無為にしてしまうことになる。それならば、最後に彼にその旨を伝えよう。


 これが、最後の贈り物だ。二度と、私的な介入はしない。


 



 ◇ ◇





 パレードの日に見た娘の姿。あの小さな存在が、騎士団の運命を左右する情報を持ち、彼を救ったという事実。


(もし、彼女が何らかの勢力に利用されているのであれば、直接会うことで彼女を救い出すことができる)


 彼は自分の身分を示すためにもブローチを贈ったが、それがかえって彼女の警戒を強めてしまったかもしれない。騎士団と関わることを避けようとしているのであれば、得策ではなかっただろうか。


 三日が経過しても、返答はない。それどころか、贈り物自体がぱたりと途絶えた。


「団長、また窓の外を見ていらっしゃいますね。何か見えるのですか?」


 ハンスが声をかけてきて、シオンは首を振って執務に戻った。


「気にするな。天気が崩れないかどうか、見ていただけだ」


 彼の中の騎士としての理性が、彼女が危険な存在かもしれないと警告する。だが、魔道具に関する事件を阻止しようとした彼女の行動は、純粋に善意から来ているもののように思えた。


 彼女はなぜ、答えない。なぜ、逃げようとする。

 シオンは自嘲した。彼は常に人々が望むような騎士であるために振舞ってきた。誰もが彼を遠巻きに見て頭を下げるか、あるいは利用しようとするかのどちらかだった。


 あの娘は、そのどちらでもないように見えた。熱意を持っているようで、彼から距離を取ろうとする。


(もし、私が騎士団長であるから会おうとしないのであれば、私がただ一人の人間として向き合えば……)


 思えば彼は、初めて誰かに対して、自分を理解してほしいという強い願望を抱いていたのかもしれない。


 翌日の早朝。シオンの執務室の机の上に、再び小さな包みが置かれていた。何度か配達者に話を聞いているが、この贈り物はいつも配達口にそっと置かれているらしい。配達者は荷物を届けるのが仕事なので、他の届け物と同じようにこれも彼の執務室に届けている。


 彼が包みを開くと、中には彼が送ったはずのブローチが入っていた。そして添えるように、一枚の薄い羊皮紙が。


『私はあなたにお会いすることはできません。大変申し訳ありません。あなたの迷惑にならないよう、これを以てあなたの私生活に関与することは止めます。今までご迷惑をおかけしてしまって、ごめんなさい』


 シオンは思わずその紙を握りつぶしそうになった。


(今更、離れようとしているのか)


 彼の胸の内を、怒りや悲しみといったよく分からない感情が占めていく。どうして自分がこんなに感情を動かされているのか理解できなかったが、それ以上に彼女のことが許せないと思ったのだ。


 勝手に彼に寄り添おうとして、こちらから近づくと勝手に離れていこうとする。逃げようとするものを追いたくなるのは何故なのだろう。獣の本能のようなものと似ている。


 どうしても会いたくないというならば、こちらから近づいてみようではないか。元はといえば、あちらから近づいてきたのだ。こちらも同じことをして、何が悪い。


「逃がさない」


 彼は返ってきた冷たいブローチを強く握りしめ、冷たい笑みを浮かべた。

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