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第五話 ファン、掟を破る


 私は、ファンとしての「不干渉の掟」を破ったことに、深い後悔と、それ以上の安堵を感じている。


(関りすぎた。絶対に関わりすぎた。これでプロのファン失格よ、アメリー!)


 私の頭の中には、前世で何度も読み返した『煌めく騎士と甘い夜』の設定資料集の、あるページの記述が焼き付いていた。


 それはゲーム本編の少し前に起こる、シオン様にとって最初の決定的なトラウマに関する記述だ。


『シオンの騎士団長就任後の重大な事故。彼が心血を注いで開発した新型魔物捕獲魔道具が、実戦投入直前に何者かによって細工され、騎士団の数名が重傷を負う。この事件により、シオンは「仲間を傷つけた」という深い自責の念に囚われ、以降、完璧主義と自己犠牲の傾向が加速する』


 この事件は、ヒロインが彼の心の傷を癒やすための重要なイベントに繋がる。つまり、シオン様が絶対に避けられない運命として設定された、最初の試練だった。


 これを避けてはならない。避ければ物語が大きく歪む。推しの試練と未来の運命を横から取り上げるなんて、できない。


 しかし、私がこの世界の住人になってから、シオン様も現実で生きているということを実感してしまった。あの事件の後、彼がどれほど自分を責め、眠れぬ夜を過ごすか、ゲームのセリフと描写で知り尽くしている。


 ——推しが傷つくのは、耐えられない。

 その一念が、私のファンとしての理性を吹き飛ばした。



 私は数日前、騎士団の納品業者が使う配達口の奥に、いつもの贈りものとは違う、一枚の警告文を滑り込ませた。新型魔物捕獲魔道具について知っているとばれては色々とまずいと分かっているが、それでも止めることはできない。


『魔道具に問題があるかもしれません。細部を詳しくチェックしてください』


 魔道具に関する情報は、騎士団内部の人間だけがしる極秘のものだろう。このように警告することによって、私がシオン様に警戒されて最悪の場合は「スパイ」のように思われてしまうかもしれない。それでも、見逃すことはできないのだ。




 そして今日、市場で小耳に挟んだ情報で、私の作戦が成功したことを知った。


「騎士団長様が開発した凄い魔道具の実践使用の前に、最終確認を行ったそうだ。そしたら、重要な部品に何者かが細工した後が見つかったらしい。もしそのまま使っていたら、大事故だったって……」

「団長様は、何かを予知したということなのか?」


 そのことを聞いた瞬間、私は全身の力が抜け、その場でへたり込んだ。

 成功だ。シオン様は傷つかずに済んだ。


 だが、私の心には、拭い去れない重さが残った。私は、推しの運命に、決定的な形で干渉してしまった。


(どうしよう。私の行動のせいで、シオン様がヒロインと結ばれることがなくなったら……。彼はヒロインと結ばれることで、ようやく救われるというのに……!)


 この世界はゲームではなく現実。そのことが分かっているからこそ、これからの未来がどう変わってしまうのかがとても恐ろしかった。



 

 ◇ ◇




 自らの執務室で警告文の模写を前に、シオンは全身の血が冷えるのを感じていた。


 魔道具の欠陥。それは技術的なミスではなく、悪意を持った明確な細工だった。この怪しい警告文を見て、一応確認したら見つかったものだ。


 もしこの警告がなければ、今日の演習で数名の信頼できる部下が重傷を負っていただろう。その責任は、全て彼の肩にかかっていた。


「……まるで、未来を知っていたかのようだ」


 流石にこの警告文は奇怪であり、騎士団では差出人を調査している。彼には、差出人は、いつも贈り物を送ってくる者と同一人物だと分かっている。筆跡が同じであるからだ。


「彼女は、私を助けてくれている」


 感謝の念もあるが、それよりも不可解の方が大きい。

 誰だ。一体、誰が、騎士団内部の人間すら知り得ない情報を掴み、なぜ、怪しまれる行動をしてまで、自分を助けるのか。


 副団長のハンスが、険しい顔で報告書を携えて入ってきた。


「団長、魔道具の件、本当に危機一髪でした。あの時、あなたが突然『魔道具を点検しろ』と命じなければ、今頃……」

「細工した者は見つかったか?」


 シオンは低い声で尋ねる。


「はい。新任の騎士で、ある貴族に命じられて行ったそうです。ですがまだ、警告文を送ってきた者は分かっていません。あの魔道具の存在を知るのは、騎士団と近しい者だけのはず」


 ハンスの言葉にシオンは目を鋭く細め、腕を組んだ。ハンスは、彼が何者かから今までに何度も贈り物を貰っていることを知らない。このことを伝えるべきかどうか。


 あの緋色の髪の娘が正体だとして、なぜこのような機密の情報を持っているのか。外部から情報を得ているのか。騎士団に伝手があるのか。


 その時、シオンはふと、パレードの日に見たあの娘の瞳を思い出した。熱意に満ち、しかしどこか冷徹に自分を分析していたあの視線。


(あの瞳は……私をまっすぐと見ていた)


 シオンは紙を一枚取り出し、整った筆跡で文字を書いた。


『魔道具の件、感謝する。あなたの警告がなくては取り返しのつかないことが起こっていた。あなたに質問がある。なぜ、私を助ける? 答えをくれ。どうか、私と会ってほしい』


 彼は紙を軽く折って、騎士団の紋章が刻まれた小さなブローチと重ねて小箱に入れた。そしてそれをハンスに手渡す。


「これを、配達口に置いてくれ」

「配達口に、ですか?」

「ああ。恐らく、これを送ってきた人物は、配達口を利用している」


 自分がいつも送っている小箱が何故か先に置かれていたら、気になって見ることは間違いないだろう。

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