第四話 推しを、この目で
「来る……来るわ、シオン様が!」
私は今、王都の目抜き通りから少し入った宿屋の、視界が開けた二階の窓辺に張り付いている。この場所は人込みに関係なく大通りの様子を見ることができ、最高の観測スポットとして数日間の研究の末に確保した場所だ。
今日は、王都を襲った魔物騒動を鎮めてくれた騎士団に感謝の意を表すためのパレードが開かれる。一番の目的は、民衆の士気を高めるためである。シオン様にとっては過酷だろうが、私にとっては至福のイベントだ。だって、彼をこの目で初めて見ることができるのだから。
(完璧な場所! ここからなら、シオン様の表情までばっちりと見えそうね!)
鼓動が速まる。初めての生推しの目視。前世ではゲームの美麗なCGでしか拝めなかった神々しい存在が、今、三次元で、私の前を通る。
パレードらしい華やかな音や民衆の賑やかな声と共に、馬の蹄の音が近づいてきた。
そして、見えた。
シオン様が。
白い馬に乗り、銀色の髪は光を反射して眩しいほど。その美しさは、ゲームのグラフィックを遥かに凌駕していた。あまりのかっこよさと美しさと尊さに、思わず涙腺が緩む。
(ああ、シオン様……完璧。完璧すぎる……! 笑顔を浮かべて民衆に手を振る姿、かっこよすぎる……。なんて素敵な笑顔、そしてイケメンなお顔! 生きていてよかった!)
しばらく彼の顔をじっと見つめて心のアルバムにしまって、今度は彼の表情の細部を見る。
(若干、目の下にクマがあるみたい。やっぱり、ずっと徹夜でお仕事をされているのかな)
胸が締め付けられる。なんて過酷な世界なの、この乙女ゲーム!
次の贈り物は、彼の趣味を踏まえたものにしよう。彼に心を休ませる時間を提供しなくては。疲労は心を蝕んでいく。
シオン様への愛のお助け計画に集中していた時。彼が私のいる方を、一瞬、確かに見た気がした。
ヒュッ、と喉が鳴る。
(まさか、バレた!? いや、そんなわけないか。彼が一のモブである私に目を留めるはずもない。きっと、彼を見ている私の視線に気が付いて気になっただけよ。たまたま視線が合っただけ)
そう自分に言い聞かせるが、彼の視線は偶然のようには見えなかった。何かを探るような、鋭い眼差し。一瞬の視線に、私の背筋は凍ったような気がしたのだもの。
私はさっと身を隠した。推しに認知されるのは、プロ失格だ。本物のファンというのは、遠くから見守る存在であるべきなのだから。
◇ ◇
シオンは、民衆の歓声の中、笑顔を絶やさずに馬を進めていた。しかし、彼の敏感な感覚は常に周囲の不自然な要素を探している。
(この中に、あの何かいるかもしれない)
最近、匿名の贈り物が止まらない。昨日届いたのは、前回のような断片的な情報ではなく、彼が探していた古代の戦術書の一部を書き写した、精巧な模写。戦術書の実物は未だ見つかっていないというのに、どこから仕入れてきたのだろうか。
筆跡から判断するに、この贈り主は若い。彼がこのパレードに出た目的の一つは、この者の正体を突き止めることだった。彼を支援しているのであれば、必ずこの場にも見に来るはずだと考えたのだ。
その時、彼の視界の隅で、通りから少し外れた二階建ての建物の窓から、燃えるような緋色の髪の娘が顔を出しているのが見えた。
「……!」
彼は無意識のうちに、その窓の方へ視線を向けた。その娘は、自分を熱心に見つめている。その瞳は熱意に満ちているが、何かを分析するような、どこか冷静な光も帯びていた。
シオンがその姿をよく観察しようとした瞬間、その緋色の髪は、まるで影のように素早く窓の奥へ引っ込んだ。
「逃げたか」
彼は確信した。あれだ。あれが、自分に贈り物を送ってくる存在に違いない。
だが、彼は立ち止まることはできない。公務中だ。民衆の熱い視線が、彼の一挙手一投足を追っている。
(緋色の髪……小柄な娘。平民だろう。しかしあの目、ただの野次馬ではない)
彼の心中には、驚きと、得体の知れない感情で満たされていた。自分をここまで深く献身的に支えようとしてくれる存在。しかしその存在だと思われる娘は、自分から隠れようとしている。
なぜ、彼女は逃げる? 騎士団長である自分に、何か後ろめたいことがあるのか。それとも自分と関わることで、何か不利益があると考えているのか。
シオンはパレードの道中、常に緋色の髪の娘のことを考えていた。そしてパレードが終わってから、騎士団に命じる。
「緋色の髪を持つ娘を探している。彼女についての情報を得たら、私に知らせてくれ」
彼が個人的な理由で騎士団を利用するのは初めてのことだった。




