第二話 情報を制する者、推し活を制す
「推しは遠い存在。だが、遠くからこそ見える真実がある」
これが私の座右の銘だ。いや、正確には「天音」だった頃の座右の銘だが、アメリーになった今も、この魂は変わらない。推しをよりよく推すためには、情報が命だ。
前世で、私は推しゲームの攻略本、設定資料集、裏話、公式インタビュー、果ては二次創作の流行まで、全て頭に叩き込んでいた。その知識は、この世界では未来予知に等しいとも言えるだろう。
問題は、私が今、王都の裏側にある平民街の娘だということだ。騎士団長であるシオン様に関する現在の情報はそう易々と手に入らない。
「くっ……この身分のステータスが低すぎる。なんとかして情報を集めるのよ」
まず、私は家の中を探し回った。アメリーとしての記憶によると、両親は病弱で、今は小さな雑貨屋を細々と営んでいるらしい。家には、豪華な家具も、立派な本もない。あるのは、くたくたの子供用読み物と最低限の道具だけ。
「大丈夫よ、アメリー。オタクに不可能はない」
私はすぐに作戦を立てた。
最初に考えたことは、図書館を活用すること。貴族専用の図書館もあるらしいが私は平民なので入ることは叶わない。王都読書館には平民でも入れるが、基本お金持ちの人達が利用する場所である。
騎士団の備品を納入している職人や騎士団の食堂に食材を卸している商人。彼らが集まっている市場があったので、私は父親の雑貨屋の配達の手伝いを装って、噂話を聞くことにした。
「聞いたか? 騎士団長様が新しい訓練法を導入したそうだ。うちの息子は体がもたないって泣いていたよ」
「まぁ、でも団長様の剣技は凄いからね。なんでも、昨日の夜も一人で残って仕事をしていたらしいよ。働きすぎじゃないかねぇ」
(ストップ! 昨日の夜も一人で残って仕事をしていた……ゲームの設定通り、完璧主義が故に仕事を抱え込んで他人を頼るのが苦手なんだ、シオン様)
私はすぐさま、その情報を提供してくれた(私が勝手に聞いたのたのだが)八百屋のおじさんの顔と、その周りにいた人々の反応を記憶した。おじさんの息子は騎士で、彼と話していた女性は騎士団の食堂で働いているらしい。情報の鮮度と信頼性は高いと判断。
次に、図書館へ。平民用の読書館は貴族の華やかな暮らしを賛美する本ばかりで、騎士団の内情など載っていない。私は『ユグドラシル王国の歴史』というタイトルの歴史書を手に取った。この世界に関する知識が本当に正しいのかを確かめるためでもある。
椅子に座ってその本に目を通していると、背後から優しそうなおじいさんの声が聞こえた。
「お嬢さんがこんなに難しい本を読んでいるなんて、珍しいねぇ」
読書館の管理人さんだ。私は慌てて顔を伏せ、髪で表情を隠す。
「この国について、知りたいと思いまして……」
それとなく答えると、彼は感心したように頷き、私に「若いうちから知識を蓄えるのは良いことだよ」とだけ言って去っていった。
(びっくりした! 私の行動、怪しまれていないよね?)
数日間の情報収集の結果、私の推し活における最初の目的が明確になった。
市場で話を聞いていても、シオン様はやはり業務を抱え込みすぎていて、またその能力の高さからも周囲とは心理的な孤立があるようだ。
ゲームの知識として、シオン様は甘いものが好きだが、体面と騎士としての自制心からか、人前では決して口にしようとしない。しかし疲労が極限に達すると、無性に甘いものを欲するようになる。
彼には幸せでいてほしい。ならば、私が彼に最高に甘くておいしいものを差し入れしよう。人前で食べることができないのなら、人前でなければいい。
私は転生特典である前世の知識を活用し、自分でキャンディを作った。疲労回復に効果がある薬草と、甘い砂糖で作ったもので、見た目は普通の琥珀色の美味しそうな飴である。
キャンディを袋に詰め、手紙を添えた。
『いつまでも、あなたの剣が、希望の光でありますように』
そして最後に、そっと小さなイラストを添えた。前の世界でシオン様を表現する際によく使われていた、小さな「銀色の剣」のマーク。
袋と手紙を一見普通の届け物に見えるような箱に詰め直し、軽く包装した。警備の厳しい騎士団長がいる場所までこれを届ける方法は簡単。雑貨屋の配送の手伝いを何度もしてきたので、私の顔は皆に知れている。なのでこれを届けても、特に疑問に思われることなく通してもらえるだろう。
(シオン様。どうかこの些細な贈り物が、あなたの心の支えになりますように。そして少しでも疲労がとれますように……!)
怪しまれて捨てられる可能性の方が高いだろうが、何もしないよりも何かをしている方がいい。




