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第十八話 推しからの告白……これは夢?


 シオン様に抱きかかえられながら、私は馬で運ばれた。夢と現の狭間にいる私を、彼の熱が現実に引き戻す。


(シオン様が……私を好きだって、愛しているって……)


 現実感がなさすぎて何も考えることができずにぼーっと彼の顔を眺めていると、いつの間にか目的地に着いたようだ。


 いつもの彼の執務室ではない。王都の中心、貴族街に位置する、威厳に満ちた巨大な建物。大きくて立派な建物だな……とぼんやり思っていたが、ここがアルカス家の屋敷だと知った瞬間、私の頭はクラクラした。


(ひえええ! 推しの家だ! 聖地だ! これ、私が来ていい場所じゃないんじゃ……)


 シオン様は私を横抱きにしたまま、私の家くらいの広さの玄関を通り過ぎ、私を侍女らしき人に引き渡した。彼の声は静かだが、その裏に激しい怒気が隠されていることが伝わってくる。


「彼女を風呂に入れて綺麗にしてやってくれ。汚れを全て落とし、着替えもするんだ。彼女の怪我の治療も頼む」


 私が何かを言う前に、侍女達に寄って広大な屋敷の奥へと連れていかれた。侍女頭かと思われる人は、目つきは厳しかったが、その手つきは驚くほどやさしく、私の擦り傷を丁寧に消毒し、薬を塗ってくれた。その優しさにまた涙が出てきたのは、シオン様には秘密である。


 そして、浴室に案内された時、私は絶句した。


「な……なんですか、これは……?」


 物語の中でしか見たことがない、十人が同時に入れるほどの巨大な大理石の浴槽がある。良い香りが満ちていて、温かそうな湯気が上がっている。


「お嬢様。どうぞ気兼ねなくお入りください」


 お嬢様。そう呼ばれることにこそばゆさを感じたが、彼女らに促されて私は湯に身を沈めた。泥と汗を流れ落とし、恐怖で強張っていた体がゆっくりと芯から温まっていく。


(私の知っているこの世界の生活水準を、遥かに超えている……。やっぱり、シオン様と私は生きている世界が違うんだ)


 綺麗にしてもらって、柔らかな手触りの高価そうな服に着替えさせてもらった後。私はある部屋に案内された。まさかこの部屋は、推しの、推しの自室……!?


「旦那様。お嬢様をお連れいたしました」

「入れ」


 シオン様の落ち着いた声が中から聞こえてくる。部屋の中に入ると、彼は静かに、優雅に椅子に座っていた。


 彼の顔を見て安堵が胸の内に満ちていき、また涙が溢れそうになった。しかしぐっと堪え、立ち上がった深々と頭を下げる。


「シオン様。助けてくださって、本当にありがとうございました。そして、大変ご迷惑をおかけしました。このように身に余る待遇をしてくださったことも、感謝します。ですが、わ、私は、もう大丈夫です。母も心配しているでしょうし、帰らせていただきます。この度のことは、いつかお礼を……」


 私は頭を下げたまま、強く目を瞑る。私なりの、最後の抵抗だった。


「座れ、アメリー」


 シオン様は変わらない声色でそう言った。拒否権はない、命令。彼の言葉に、私は反射的に椅子に座る。彼の対面に座ったのだが、彼は立ち上がって私の隣に座った。


「最近、なぜ私から逃げていた」


 穏やかな問いかけ方だったが、やはり隠しきれていない怒りのような感情が感じ取れる。私はもう誤魔化すこともできないと悟り、意を決して、私の気持ちを吐露することにした。


「私は……私は、あなたの隣にいるべき人間ではないからです。あなたには、あの、ルクリア様がいらっしゃる。あの方は、あなたの婚約者なのでしょう? 私は、あなたの邪魔な存在になりたくなかった……」


 心が弱っているせいか、気を抜いたら涙が零れてしまいそうだ。私が強く手を握りながら俯いていると、シオン様はゆっくりと息を吐いた。彼を見上げると、その表情は怒りではなく、諦めと痛みに満ちていた。


「ルクリアか? 彼女は私の婚約者などではない。あいつがそう自称しているだけだ。何度もやめろと言っているのだがな……自分の家柄を利用して私に近づこうとしている。有象無象の貴族と変わらない存在だ」


 婚約者ではない。その言葉が頭の中で反響する。嬉しい、良かったという思いが溢れてきて、自分でもその感情に戸惑ってしまう。


 シオン様は、そっと私の手に自らの手を重ねた。大きな手が私の手を包み込み、温かさが体に染み渡る。


「君は、嫉妬してくれたのか?」

「嫉妬……そんな、」


 そんなことはない。そう言おうとしたが、言葉を呑み込む。嫉妬していたのは事実だ。恥ずかしさでまた俯いていると、彼は優しい声で話を続けた。


「私はもう、君が傍にいてくれないと落ち着かないんだ。君の助けがないと眠れないし、執務も捗らない。君の愛がないと、私は一人の男として息ができない」


 彼の声には、どこか切実な訴えの響きがある。


「私は君のことが好きなんだ。だからどうか、君も私のことを好きになってくれないだろうか」


 まっすぐな瞳。まっすぐな言葉。私は何も言えず、ただ彼の顔をじっと見る。


「わ、私は……ずっとシオン様のことが、好きで」

「その『好き』と私が言う『好き』は別物だろう? それでは物足りない。私がほしいのは、君が私を男として好いてくれる愛だ」


 率直すぎる。私の顔は熱が出たのかと思うくらい熱くなり、恥ずかしすぎて穴があったら頭から突っ込みたいくらいだ。


「私は……魅力が、ないだろうか」


 私が黙りこくってしまったからか、彼は不安そうに私の顔を覗き込む。彼の言葉に私は首がもげるのではないかと思うくらいに首を横に振って、両手も一緒に振った。


「いえいえいえ! シオン様には魅力しかありません。魅力しかなくて困るくらいです。ただ、私は……その、平民です。あなたとは、釣り合いがとれません」

「身分など関係ない。聞いてみたら、最近は、貴族内でも自由恋愛が主流らしい。平民を正妻に迎える者も多いそうだ。これで身分を理由にはできないぞ」


 シオン様は口角を上げる。私は完全に逃げ道を閉ざされたことを察し、脳がキャパオーバーになりそうになっていた。

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