第十二話 婚活を推しに邪魔される
「アメリー、あんたももういい歳よ」
母さんが、夕食の片付けしながら、私に向かってため息をついた。
「このまま騎士団長様のお忍びの世話係みたいなことを続けていて、あんたの人生はどうなるんだい? あんたがお貴族様に見初められたとしても、それはいつのことになるんだい? そろそろ、まともな縁談でも探して身を固めるべきじゃないか」
(うぐっ……! 痛いところを突かれた!)
母さんは、私がシオン様の元に通っていることを知っている。彼が横暴な貴族ではなくて紳士的で優しい方だということは母さんも理解していてなにも言わないが、私の人生設計にはさすがに危機感を覚えているらしい。
「大丈夫だよ、母さん! 私の人生は満たされているから。婚活なんて、しなくても……」
「だからって、独り身で生きていくと? あんたみたいに力もない女が一人でいるなんて、心配で仕方がない。騎士団長様は、あんたを迎え入れてくれるのかい?」
母さんの言葉が私の弱い部分をグサリと刺していく。シオン様は今まで誰にも甘えられなかった分私に甘えてくれているが、そこには恋愛のロマンは微塵もない。
(……いや、彼の隣に立つ資格なんて、私には最初からないんだ。私は、彼の幸福を遠くから願う空気のような存在でいるべきなの!)
しかし、このままでは本当に推し活だけして人生を終える。それはそれで本望ではあるが、家族に心配をかけるのは心苦しい。
「わかったわ、母さん。わかったから、もう言わないで。……ちょっと、婚活、してみる」
渋々、私は承諾した。
そして数日後。
「さて、と」
私は、自宅の鏡の前で、ため息をついた。婚活の場には、同じように結婚を求める平民達が集まる。珍しいものでもなく、この場で出会った男女が結婚することは多い。
いつもはシオン様のお世話のために動きやすい地味な服だが、今日は精一杯のお洒落をした。緋色の髪は編み上げ、母さんがくれた古びたレースの襟をつけ、少しだけ華やかなワンピースを着た。慣れない格好で、なんだかソワソワする。
(地に足のついた平穏な人生を歩むのよ、アメリー!)
私は意を決し、自宅の玄関の扉を開けた。
その瞬間。
「アメリー」
世界で一番のイケボが耳に入ってきた。恐る恐る顔を上げると、目の前に立つのは、長身の人物。
いつものようにマントで顔を隠す、推しだ。
「……し、シオン様!? な、なぜここに!?」
私は驚きのあまり、硬直した。今日は会う予定の日ではない。
シオン様は、私の全身を上から下まで、じっくりと、視線を動かした。
「なぜ、そのような服装をしている?」
彼の声は、いつになく低い。
「いつもと違う。まるで……誰かに会うための装いではないか」
「あの、シオン様。これは、その……趣味の集まりです! 平民街で行われる交流会に参加するだけです!」
必死で嘘を言ったが、騎士団長様に通用するはずもなく。彼は、一歩私に近づいた。
「そうか、興味深い。私もその交流会とやらに立ち会いたいものだ」
「えええっと、あの、シオン様のようなお方が参加されるには適していないような場ですよ」
「……ほう、そうか。そんな場に、君は参加するのか? どのような交流会なのだ?」
尋問だ。尋問が始まった。私は表情を強張らせながら、目をさ迷わせる。
「えええっと、その。ちょっと、私の生涯の伴侶を見つけに……」
「伴侶だと?」
「ええそうです! 私もそろそろ身を固めないと、家族にも迷惑をかけますし安定した生活も送れませんからね!」
嘘をつき続けるわけにもいかず、正直に話した。すると、彼は瞳を鋭く細めて私を睨むように強く見る。
「その交流会とやらには、男が多く参加するということか?」
「そうなりますね」
へへ、と愛想笑いを浮かべると、彼は深く深くため息をついた。
「……少し待て」
シオン様はそう言って、身を翻した。私は首を傾げながら彼の後ろ姿をじっと見つめていた。
そして、婚活の場に到着。何故か、隣にはシオン様がいる。
彼は、いつも通り質素なマントを羽織って銀色の髪をフードで隠し、平民のふりをしている。しかし、その立ち姿、座り姿、そしてマナーの全てが、「私は貴族です」と叫んでいる。周囲の平民男性たちからは、明らかに浮いていた。
「シオン様! どうしてこちらにいらしたのですか!」
私は小声で彼に話しかける。
「あなた様の護衛はどうしたのです!?」
「護衛は遠くに配置している。心配無用だ」
シオン様は静かに言った。そういう問題ではない。彼は気にしたようすも見せず、優雅に紅茶を口に含む。
「お仕事は?」
「君のお陰で仕事の効率化が進み、余裕が出てきてな」
だからといって私の婚活に参加するだなんて。私はもっと彼に抗議しようとしたが、司会の人が話し始めたのでかなわなかった。
私は母さんの期待に応えるべく、誠実に相手の男性と会話をしようとしたが、何故かシオン様は常に私の隣に座っている。彼は私の付き添いだと自分のことを説明しているが、そんなので説明できているわけもない。
「アメリーさん。あなたの緋色の髪は美しいですね。普段、どのようなお仕事をなされているのですか?」
「雑貨屋で家族の手伝いをしています」
私はニコリと微笑んで答えた時、シオン様が静かに口を開いた。
「彼女の能力は騎士団でも重宝されている。並大抵の仕事では満足できないだろう」
男性はすぐに怯み、「は、はあ……」と声を詰まらせた。騎士団の名を出すだなんて、自分が騎士だとカミングアウトしているようなものである。
次に、少し年上の真面目そうな商人が、私に熱心に語りかけた。
「私は堅実な商売をしています。結婚したら、アメリーさんには家庭に専念してもらい、安定した生活を送ることができるようにします」
私が「ありがとうございます」と返すよりも早く、シオン様がまた口を挟んだ。
「安定? お前が言う安定とは、彼女にとって退屈も同然なのではないか? 彼女はより大きな舞台で輝く魅力を持っている。その舞台こそ、彼女にとって真に必要なものであろう」
(シオン様! 恥ずかしいのでそれ以上喋らないでください!)
と言いたいが、彼に直接言えるはずもなく。
結局、誰一人として私に積極的に話しかけてくる男性はいなくなった。周りの男性は、私とシオン様は並々でない関係だと勘違いしたのだろう。親しい関係であるのなら、私はこのような場に来てはいない。
交流会が終わり、集会場の外に出る。そして、私はため息をついた。
「シオン様……あなた様のせいで、私の婚活は完全失敗です」
「そうか。それは幸いだ」
シオン様は私の方を向いて、フードを少し上げた。その銀色の瞳には、寂しげな色が浮かんでいる気がする。彼は私の手を取って、じっと私の顔を見つめる。その手は、温かい。
「私はもう、君を逃がすことができない。私以外の男が君の隣に立つ姿を想像したくもないのだ」
(告白……! これはもう、告白ですよシオン様!)
私は顔を真っ赤にして、手を引き抜こうとした。しかしシオン様の手は強く、頑なに離れない。
「シオン様! 私の心臓が持ちません!」
「ああ、そうか。私の存在が君の鼓動に影響を与えていると考えると、嬉しいものだ」
そう言って、彼は微笑んだ。ゲームの中のスチルで見たことがあるような、とにかく甘くて目の栄養になる尊い笑み。その微笑みを間近に浴びた私の脳は、無事に破壊された。




