第十話 見逃せない、推しの弱さ
私の人生のカミングアウトをした結果。
シオン様は一言も私を馬鹿にしたり、狂人扱いしたりしなかった。ただ、長時間私の話(主に前世での物語についての話)を静かに聞いてから、こう言ったのだ。
「私は、君の話を信じる。君があのように私を陰から支援してくれていた理由も、大まかに把握できた。改めて、感謝を言わせてほしい」
シオン様の言葉に私は彼の求めることを話せたと安堵していたが、そんな私に彼は爆弾を落としてきた。
「君の知識は、王国の、そして世界の利となる。今後も、定期的に私と情報交換を行ってほしい」
……そうして、私はシオン様と今後も関わり続けることとなった。彼と会うことを義務化された。
(騎士団長様からの、そしてお貴族様からのお願いは、平民の自由を奪う権力行使と同等よ!)
それ以来、一週間に一度、私は彼の屋敷で彼とお茶をするようになった。シオン様は私を平民街の自宅まで、人目を忍んで迎えに来る。彼が素性を隠し、美しい容姿が見えていないとはいえ、優雅な立ち姿やふるまいが隠せるはずもない。私はいつも身を小さくしながら、彼について行くのだ。彼の足を運ばせるだなんて、本当に申し訳がない。
多分、周りの人達は私のことを、「お貴族様と内密に関わっている平民」だと思っているのだろう。事実ではある。
「おはよう、アメリー。今日も一緒にいいだろうか」
彼はいつも、私を迎えに来て頭を下げる。推しに頭を下げさせるだなんて!
「い、いえ! シオン様、その、私はただの平民ですのでどうかお気遣いなく! あの、シオン様、今日の服装は、その、若き当主の清潔感が溢れていて、大変、大変尊いです……」
また余計なことを口走ってしまった。私は彼を前にすると、つい推し語りをしてしまいそうになる。本人に話すだなんて、一番恥ずかしい。
シオン様はいつも私の言葉を真剣に聞いて、困ったような、寂しそうな顔で、こう返すのだ。
「ありがとう、アメリー。君の言葉は、いつも新鮮だ。私の周りにいる者たちは、私を『騎士団長』としての枠組みでしか見ていないから」
これだ。この彼から時折見える孤独が、私の最大の弱点なのだ。
私は、彼の完璧さの裏にある、深すぎる孤独を知っている。誰も頼らず、弱音を吐かず、自分を犠牲にする彼の未来を知っている。だから、彼がこんなに寂しそうな目をするのを見ると、放っておけなくなるのだ。
「あ、あの……シオン様、昨晩もまた、徹夜されたのでは……? 目の下の線が、少し濃くなっています。それもかっこいいのですが」
「ああ、大丈夫だ。少し気合が足りなかった」
(何言っているのこの人! 気合で解決するなら、あなたは既に神だよ!)
屋敷に着いてから、私はすぐに用意していた特製のハーブティーとアイマスクを取り出す。
「シオン様、私は一ファンとして、あなたにお願いがあります! 今日は書類仕事を半分で切り上げ、これを飲んで、目元を温めて、七時間は眠ってください!」
私がそうまくし立てると、シオン様はきょとんとした後、まるで小さな子供のように、嬉しそうな、困ったような、複雑な笑みを浮かべた。
「アメリー……君は、本当に不思議な人だ」
彼はそう言いながらも、ハーブティーの包みを受け取り、アイマスクを興味深そうに眺めている。
「君が作るものは、珍しく新鮮だ。これらのものは、どうやって作っている? 君の前の世界であったものなのか?」
「あ、そう、そうです。ただ前世のものよりは圧倒的に質が悪いので、大変申し訳がないです」
一度彼に前世について話してから、私は諦めてそれを隠すことを止めた。それだけで心がすっきりして、気楽に話せるようになったのだ。
シオン様はゆっくりと立ち上がり、私の前に立つ。見上げないと彼の顔が見えないこの身長差、素晴らしい。
「アメリー。君は前に、私を手の届かない存在だと言ったな」
「は、はい! その通りです!」
私は必死に頷く。
「だが、私は今、ここにいる。君の目の前に立っている」
シオン様は、私の髪にそっと触れた。優しい目。優しい声。まずい、脳が溶ける。
「君は、私の弱さを知っている。そして君は、私を支えようとしてくれている。君が私の傍にいて私を救えば救うほど、君の存在は私にとってかけがえのないものになっていくのだ」
(バグだ。バグが起きている。シオン様、相手が私じゃなければそれは告白みたいなものですよ!)
彼の言葉は、私の心を深く揺さぶる。彼は、私が身分を理由にしていくら距離を置きたいと言っても、逃がしてくれない。私も、彼の人間的な弱さが見逃せずに彼の傍にいてしまう。彼はそのことを理解しており、わざと私に弱さを見せてくることがあるのだ。
「私を避けないでくれ、アメリー。君の力で、私をただの一人の男にしてほしい」
(無理、無理です! というかシオン様はただの一人の男性にはなれません! かっこよすぎるし、他とは隔絶した美しさを持つのだから!)
私は顔を真っ赤にして、後ずさりした。しかし背後にあるのは壁。物理的にも逃げられない。私を見つめる彼の目が少しだけ悲しそうに細められたのを見て、私は反射的に答えた。
「わ、わかりました! シオン様が倒れられたら、王国の危機ですから! 私、アメリー・セレーネ、あなたの健康を保全・促進する一ファンとして、全力でサポートさせていただきます! 勿論もちろん、恋愛感情など抱くことはないのでご安心ください!」
私は最後の抵抗としてそう叫んだが、シオン様はただ微笑んだだけだった。その微笑みは、ゲームの中でも見たことがないくらい、穏やかなものだった。




