97 読み違え、すなわち敗北
睨みつける煌一から目を逸らすことなく男が続ける。
「父は『今日』と計画していました。兄が妨害しましたが、明日には実行すると思います。これ以上は父を誤魔化せません」
今日、父は炎影に兄、月影に母を手引きさせ、総本部長選出の場に乗り込ませるつもりでした。そして、母か兄が父を入場させる……兄は父に従うよう見せかけ、決行を昼食休憩後と提案しました。疲れが出始めるだろうし、食事を摂ったりで気が緩む――いいタイミングだと言ったのです。父がその提案を受け入れました。
「兄は時間稼ぎをしたに過ぎません。神影家とのパイプを繋ぐ、そのための時間稼ぎでした」
神影家との繋がり……父はさやかさんを通じて神影を手に入れようと考えていましたがそれは失敗し、さやかさんを手に掛けた事実で取り乱し、神影家そのものを消し去ろうと考えるようになりました。だから炎影・月影に、総本部襲撃は神影の仕業と吹聴するよう兄と母に命じました。
「見境をなくした父の、この命令を撤回させることは兄にもできず、遂行されることになります。同時に父に諮ることなく一つ、あることを仕込みました。『襲撃犯は神影、その証拠を探し出して神影を追い詰めろ』……兄の策は母を通じて月影にも届いています」
炎影・月影は躍起になって総本部襲撃の証拠を探すでしょう。が、見つかるはずがありません。もし見つかったとしても神影に関するものではないはずです。証拠が見つからない限り、命令が撤回または上書きされるまで、両者とも神影を追い詰めることや、まして攻撃することはできなくなりました。陽でもある焔の命令もまた、影にとっては反しずらいものです。
「父は神影を取り込むことを諦めましたが、兄は父の目を盗んで神影と繋がることを望んでいます。昼食の仕出しに薬品を混入し、今日の会議を妨害したのはそのためです――神影煌一さんとひなたさんに、この店にいて欲しかった」
「なるほど、そこへあなたが出向き、我々を手懐ける? でも、なかなかライガは手ごわいでしょう?」
煌一が皮肉る。
「手懐ける? そんなつもりはありません。親子の情が通用するなんて思っていません。それを訴えられる立場がわたしにはない。あくまで陽と影にとって良い方向に事が動くよう協力を求めに来ただけです。これを目的にここに来たというのが本当のところです。今までの昔話は状況をご理解いただくためにお話ししています」
「では明日、襲撃されると考えていい訳ですね?」
切り込んだのは雷雅だ。煌一の気持ちも判らくないが、感情のやり場は事後に持って行く。今は建設的に話を進め、すべてが終わってから罪を問い、与えたいなら罰を与えればいい。心に鬱積されたものを爆発させるのはその時でも遅くない。
「はい、明日、午後の休憩が終わり、会議が再開されたら議事内容など、タイミングを見てです」
煌一から目を離し、男が雷雅を見つめる。
「明日はどう動く予定ですか?」
「朝の会議開始前に、母と兄は影を装って、月影・炎影とともに会場入します。そして昼休憩終了時に、父は二人の手引きで会場に入るつもりでいます。もちろん影を装ってです」
「なるほど、焔であれば、影にもなれる……会議が再開されたら、どんな形で襲撃を開始するのですか? また火を放ちますか?」
「いいえ、父は前回の襲撃が神影のものだと、会議場で暴露するつもりでいます。そして炎影・月影に『焔に従って、神影を抑えろ』と命じます」
「だが……そう命じられても、証拠を見つけ出せと言われている炎影・月影が動かない?」
「そのあたりは必ず、と言い切れません。が、躊躇して、すぐには動かないと見込んでいます。それを見た父が強く命じた場合、能力の差になるでしょう」
「あなたのお兄さんとお母さんは、あなたの父親の能力には及ばない?」
「母は確実に格下です。兄は……やってみないと判りません。同等程度と思われますが、そうなると念の強さに左右されるのではないかと」
「それで? あなたはその時、どうしますか?」
一瞬男が黙り、雷雅の目を覗き込む。
「わたしをその場に連れて行っては貰えませんか?」
「なんのために? いい加減、本当のことを仰ってください」
「うん……」
雷雅の言葉に男が唸る。そして少し体の力を抜いた。
俯いた男の頬に笑みが浮かぶ、溜息とともに顔を上げ雷雅に視線を向けた。
「どうしてもわたしを信用できない? それともなんだ、わたしを信用したくないのかな?」
「いいえ、ほぼ信用しています。ただ、明日のことに関する一番重要なことを誤魔化そうとしていると感じます」
「重要なこと?」
「炎影・月影はあなたの父親による命令の撤回に簡単に従う、違いますか?」
男が息を飲み、雷雅を見つめる。
「いや……うん、うーーーん――実は判らない、でもきっと雷雅の言うとおりだ」
「炎影も月影も神影が犯人だと思い込んでいる。だから神影を攻撃しろと焔から命じられれば簡単に従う。もともとの命令だって、条件付きではあっても神影への攻撃、基本が変わらない命令なら、たとえ命じたのは新たに現れた焔でも逆らう意思を持たない。なんの疑問も抱かずに従う。もし、あなたのお兄さんやお母さんが止めたとしても聞き入れない。自分の意思に近いほうを影は選べる。だからあなたは明日の会議場に行きたい。僕と一緒に」
「ライガ!?」
叫んだのはひなただ。
「キミを行かせるわけにはいかない。大昔から、陽が前線に立つことはない。災厄魂相手ならいざ知らず、影同士の戦いとなれば災厄魂とは比べ物にならないほど危険だし、そもそも影の内輪揉めだ。陽が出る幕じゃない」
「既に焔が関与している以上、影だけでは納められない。そもそも論でいうなら、そもそも焔は陽より生み出されしもの、陽が決着をつける」
「ライガ……」
返す言葉を失くしたひなたが泣きそうな顔で雷雅を見つめる。
そんなひなたから、雷雅が男に視線を戻す。
「僕とあなたが協力して、あなたの父親を抑える。あるいは炎影・月影に命じる。陽は焔より優勢、いくらあなたの父親の能力が強かろうが、陽が二人掛かりなら上回るはずだ」
男がライガに頷いて、その通りですと呟くように言った。
だが、まだ雷雅は男を睨みつけたままだ。
「まだ隠し事がありますよね?」
雷雅が男に詰め寄る。
「隠し事?」
男が不思議そうに雷雅を見る。チッと雷雅が舌打ちした。
「自分でも気が付かないうちに隠している? いや、そもそも気が付いていないのか――朱方さん、あなたの特殊能力は文字使いだけじゃないはずだ。だから父親に見付かって何度も逃げ遂せている。違いますか?」
「えっ?」
「やっぱり気が付いてないんだね。まぁ、いいや。それがどんな能力だとしても僕たちにマイナスにならないだろう……明日、身の危険を感じたら、あなただけでも逃げるといい。逃走に関する能力だろうから、僕たちに遠慮せずに使うといい」
「キミを置いては逃げられない。それよりもう逃げたくない。今までさんざん逃げてきた。その結果――もう、早紀に会えない」
好きにすれば? 男の言葉に雷雅の応えは冷たい。すぐに煌一に向かい、
「煌一さん、どうしますか?」
とこちら側の考えを纏め始めた。
「向こうの動きは、今、聞いた話を信用するってことでいいのか?」
煌一が雷雅に問う。
「信用していいと思う。もしこの話が嘘で、僕が騙されているのなら――完敗を認めるしかない」




