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神影ひなた の シャドウ・ビジネス  作者: 寄賀あける
第3部 愛と憎しみに導かれて

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92  偽装された葬儀

 両親の遺体の引き取りに早紀(さき)は必ず来る……父はそう踏んで早紀の両親も遺体が安置されていた病院を張り込んだようです。が、早紀は姿を見せませんでした。もちろん兄の指示です。


 葬儀は早紀の父親が世話になっていた出版社が執り行いました。そこにも早紀は現れませんでした。


「ちょっと待って」

雷雅が急に口を挟む。

「僕は葬式に行った。母も一緒だったはずだ。よく覚えている」

「うん、そうだね。カラクリがあるんだ。続きを聞いてください」


 影の一族に生まれても能力(ちから)が弱い場合、一般人として社会に紛れて暮らします。そんな人であっても影である以上、()の命令にはやはり逆らえません。


「早紀は電話で葬儀一切を任せると、父親が懇意にしていた出版社に依頼し、引き受けて貰えました。喪主は早紀です。けれど当日、出版社の人が何度連絡を取ろうとしても早紀が捕まりません。父に見つからないよう出版社との連絡は電話で済ませていましたが、本当の葬儀が終わってからはその電話は解約しました。それでも(おおやけ)に発表してしまったあとなので出版社は、早紀は両親を失ったショックで寝込んだことにして、なんとか無事に葬儀を終えたようです」


 本当の葬儀――通夜・告別式は出版社より二日ほど前倒に終わっていました。出版社が計画した通夜の前日には荼毘(だび)にふし、納骨も済んでいます。


雷雅(らいが)、キミが参列したのは本当の(・・・)葬儀なんだ。なぜそんなことができたか――火葬場の職員に影がいたのです」


 父もその影には気付いていたと思いますが、なにしろ父は強い能力(ちから)(こだわ)っています。大した能力(ちから)を持たず、一般人として生活する影に注意を向けたりしません。兄はここに目を付けました。


「出版社が計画した葬儀は遺体のないものでしたが、それもその影がどうにか繕いました。身内がいないからと職員で骨上げすることにし、用意した骨壺はもちろん(から)ですが、弁護士が後日引き取りに来るという事で出版社を納得させました。早紀と連絡が取れなくなっていた出版社としてはホッとしたことでしょう。さすがに骨壺を預かるのは抵抗があるものです」


 父は兄の策略とは気づくことはありませんでしたが、早紀は自分から逃げていると、はっきり認識しました。これまでも避けられていると感じていたものの、『逃げている』とまでは考えていなかったようです。


 自分の親の葬式にも出てこなかった。これは自分との遭遇を回避したからだ……父はますます怒りを募らせますが、早紀が見つからない以上、どうすることもできません。


「早紀の両親が居所を隠したのは、兄との結婚を早紀が嫌がっているからだろうと父は考えていました。早紀に子どもがいることを知った父は、早紀には兄以外の男がいたのだと納得し、自分の考えが正しかったと確信します。そして相手の男を追求することに今度は力を注ぎ始めました」


 そして葬儀が終わったあと、兄も予期していないことが起こります。早紀が以前から使っていたスマホはもちろん、早紀の父親が用意してくれた連絡用のスマホまで破棄してしまったのです。


「両親の埋葬を終えた早紀からわたしに、一度だけ連絡がありました。しない約束になっていた音声通話でした。会いたい、一緒に暮らしたい……泣いて訴える早紀に、わたしはもう少し辛抱して欲しいとしか言えませんでした。自分が暮らす部屋に早紀を呼ぶことも考えなくはなかったのですが、わたしと一緒では部屋にこもりきりの生活になってしまいます。早紀と雷雅は誓詞と護符に守られているから、普通の暮らしができる。ここよりもずっと雷雅のためにはいいはずです――それが最後、そうですね、早紀との連絡の最後、早紀の声を聞いた最後となります」


 兄もわたしも幼い雷雅を抱えた早紀の生活を心配しましたが、早紀が見つからなくてどうすることもできませんでした。


「一番の心配は経済的な事でした。早紀は出版社との連絡を一切断っています」


 安心材料があるとしたら、自宅と別荘は、別荘に移った際に売却していて、買い主から借りる形で別荘に住んでいたため、売却した際の残金がまだあると考えられることくらいでした。


「父は誓詞に縛られ早紀を探せません……兄は自ら立てた誓い、あの書付に因り探せない、唯一探すことができるわたしは父に見つかるのを恐れて動けない――お手あげでした」

男が苦笑する。


「早紀が賢くて、わたしも兄も助かったのかもしれません。なんだかんだ言っても父は、少なくとも早紀の両親の居所を探し当てたわけで、兄の作戦にも穴があったという事になります」


 頼りたいわたしは頼りにならない――早紀は賢く、強くなる必要がありました。そして早紀の所在不明と捜索の困難さは、皮肉にもわたしの開放を意味していました。


「どこにいるか判らない早紀には会いに行きようがないと、兄がわたしに部屋から出ることを許したのです」


 (ほむら)になりたくないなら身を隠せ、それは兄の方便だったと、やっとわたしは気づきました。まんまと一杯食わされたわけですが、部屋に籠っていなければ危ないと言われていなければ、例えば出産のときとか、早紀に会いに行かなかったと断言できません。きっと行っていたでしょう。わたしと早紀が密会し、それを父に察知されることを兄は恐れていたのです。


「施した(まじな)いを解除し、住んでいた部屋を引き払いました。それからは各地を転々とし、時にアルバイトで収入を得ながら、()、影、(ほむら)について調べる日々を過ごしています――父には何度か捕まりそうになりました。その度、わたしは巧く逃げ(おお)せ、現在に至っています。早紀を探しはしましたが、それは近くに行かないため、父に見つかる可能性のあるわたしはやっぱり、早紀に会いに行けなかったのです」


 連絡用のスマホは処分し、新しいものを自分で用意しました。早紀の父親の口座から料金が引き落とされるため、亡くなった後は使用できなくなるのが明白だったからです。新機の受け渡しはコインロッカーを利用しました。


「父の計画は早紀を見つけられないことで頓挫したかのように見えましたが、兄により少しずつ進められました。早紀がいなくても父と母、そして兄の三人でなんとかなる、そう言って兄は父を(そそのか)したのです。決着を見ない限り父は執念を持ったまま生きて、早紀と雷雅も一生隠れていなくてはならない。それを回避するには、父の考えが無謀であり意味のないものだと父に自覚させる必要がある……兄はそう考えたのです」


 積極的な兄に父は喜び、なかなか教えてくれなかった影を亡ぼそうと思うようになった経緯や、そのほかいろいろな事を兄を相手に話すようになっていきました。()(かげ)さやかさんや母とのことなどです。


「そして兄はわたしたちの母親を味方に引き込むことにも成功しました――母は兄と早紀の婚約が父による悪巧みだとは知らなかったようです。また……父の心に自分以外の女性がいることに、薄々勘付いて苦しんでいました」


 そんな母に兄は言ったそうです。父を苦しみから解放してあげよう。父の能力(ちから)への執着を断ち切り、()であろうと影であろうと、そしてそれ以外でも、幸せも不幸せも自分次第だと気づかせてあげよう。


「父の計画はつまるところ復讐――だが、復讐を果たしても意味がない、過ぎた時間は取り戻せない。それよりも目の前にある幸せに気付かせる。それには母の協力が不可欠だと兄は言ったそうです。話しを聞いた母はしばらく泣いた後、影の狩人(かりびと)の命を奪ってしまったことがあると兄に打ち明け、あんな思いを兄やわたしにさせたくないと協力を約束しました」

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