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神影ひなた の シャドウ・ビジネス  作者: 寄賀あける
第3部 愛と憎しみに導かれて

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88  生まれる意味

 兄から聞かされた父の計画は、(にわ)かには信じられないものでした。


「簡単に言ってしまえば、()と影を亡ぼす。そのために我々は()になろう――この場合の『ひ』はご承知だと思いますが、(ほむら)です」


 父は兄が卒業したら、母と三人、一足先に(ほむら)になる気でいました。ある程度態勢を整え、そこにわたしと早紀、そして早紀の両親を加えるつもりだったのです。


「しかし兄は、そんな父に疑問を抱きます。覚醒した兄にとって、影の存在は()の一番の理解者であり、いざとなれば強い味方、その影を亡ぼす理由が判らないと父に反対しました」


 兄が自分に歯向かうなど考えもしていなかった父は、なんとしてでも兄を従わせようとした。結果、とうとう、知略を巡らせて早紀を兄と婚約させたのだと暴露してしまいます。


「父は早紀との婚約を話した時、兄が以前から早紀に惹かれていたと察していたようです。早紀と一緒になりたいのなら従えと迫る父に、考えさせてほしいと兄は言ったそうです」


 婚約してから一度だけ会いに行った時、早紀は一言もそんなことを言っていなかった――兄はその時の早紀の様子を思い出し、自分が一方的に話してしまったことを後悔します。兄の気持ちを知った早紀は、自分に気を使って言いたいことが言えなかったのではないか?


「父に同意しない反面、兄には迷いがあったようです。()と影を滅ぼす――()として覚醒した時、自分の背負った運命を少なからず兄は(のろ)っていたようです。常に()であることを隠して生きていかなければならない。終始緊張し、眠っているときでさえ気を張って生きる。それがどれほど重い負担か。()でも影でも(ほむら)でもなく、生きていけるならどんなに楽か――」


 兄は、亡ぼすのではなく能力(ちから)を取り上げるだけでいいのではないか、と父に進言したと言っていました。父はそんな兄を甘いと(ののし)り、聞く耳を持たなかったそうです。


「わたしと早紀がどうするのかは、それぞれよく考えて結論を出せばいい、と兄は言いました。兄は、自分はこうだ、という事と、父の計画をわたしたちに知らせ、判断する余裕を持たせたかったのです。知らなければ、強引な父の言いなりになってしまうんじゃないかと心配したのです。そして兄は黙り込みました」


 きっと早紀が兄をどう思っているのか、本当のところを兄は聞きたいのだと感じました。早紀と交際していると兄に言うなら今だと、わたしは思いました。でも、咽喉が貼り付いてしまい、巧く言葉が出てきません。早紀も同じだったようで、チラチラとわたしを盗み見ていました。


「そんなわたしたちの様子を見て、兄は微笑みました……二人は付き合っているんだね?」


 なんとなく気が付いていたんだ。二人が同じ高校に入ったって聞いた時、もしかしたら、と思い、そうなるんだろうな、と早紀を諦めるつもりでいた。だから、父から早紀が自分を好いていると聞いた時、最初は信じられなかった。でも、本当ならどんなに嬉しいかと有頂天にもなった。半信半疑、いや、期待でいっぱいの心持ちで早紀に会いに行った。そして早紀は父の話を否定しなかった――


「兄は――言い出せなかったよね、辛い思いをさせてしまったね、とわたしと早紀に謝りました。わたしは……兄に助けられてばかりいます」

男は込み上げるものを抑えるように、言葉を切った。


「わたしと早紀が幸せならそれでいい、だが『まだ父に知られてはいけない。必ず父を説得するから、それまでは隠し通せ』と、兄はわたしと早紀に言い、その日の話を終えました」


 それからのわたしは兄への後ろめたさが消え、それまで以上に早紀への思いを募らせていきました。早紀も同じだったようで、そんなわたしに躊躇(ためら)うことなく応えてくれました。あの頃のわたしは兄に甘える子どもだったと、つくづく感じます。兄の受けた傷や、兄の背負った数々のもの、それを思いやることもなく恋に酔い、兄がどう父に働きかけているのか、知ろうとさえしなかったのですから。


「その……それはクリスマスがもうすぐ、そんな頃です」

男が口籠(くちごも)る。そして真直ぐに雷雅を見て、意を決したように言った。

「早紀が……早紀の妊娠が判りました。お腹の子は雷雅、キミです」


 雷雅もまた、真直ぐに男を見る。僕か今、感じているのはなんだろう? 憤りだろうか? それとも、この男に対する恨みか? 心も身体も凍り付いたように硬くなって動かない。考えることさえ億劫だ。


「わたしはキミに謝る気はない」

雷雅を見詰めたまま男が続けた。


「キミを授かったと知った時、どれほど心が震えたか――早紀とわたしは結ばれる運命にある、だからキミがわたしと早紀の間にできた。理屈の通らない馬鹿げた話だとキミは思うかもしれない。だけどわたしはそう確信していた。早紀も思いは同じだとわたしは信じている。早紀の顔は溢れてくる喜びに輝いていた。キミはわたしと早紀に望まれ生まれてきた。それを感謝しろなんていう気はない。だが、キミがどう思おうと、謝る気もさらさらない」


 あぁ、そうか、と雷雅が思う。僕は今、怒りを顔に表しているのか。だからコイツはこんなことを言うんだ。でも、僕の怒りはこの男に向けたものじゃない。じゃあ、なんで僕は怒っているんだ?


「いいえ、謝罪が欲しい訳ではありません。予測していたことでもあります」

「予測?」

雷雅の言葉に男が疑問を投げる。


「はい、母は僕を十九で産んだと聞いています。だから、その話がそろそろ出てくるだろうと思っていました」

「うん……」


「僕が母に愛されていたのはよく判っています。その母が一切あなたのことは話さなかった。もし、少しでも母からあなたのことを聞いていたなら、僕の気持ちも違っていたかもしれません」


 そうだ、少しでも――一度でも父親はおまえを愛していたと、わたしはおまえの父親を愛していたと、母から聞いていたなら、僕はもっとすんなりとこの人を受け入れられただろう。だから僕は母さんに怒りを感じているのか? いいや、それも違う。ならばなんにだ?


 目を伏せて視線を外した雷雅を、男は少し見詰めていたが、思い切るように話を再開した。


「大学を辞めて働く決心は瞬時についていました。すぐにでも結婚しようと思ったのです。早紀と二人、生まれてきた子を育てたいと思っていました。父のことがなければ、間違いなくそうしていました」


 父に黙って家を出、父に隠れて暮らす。それでなんとかなるというわたしに、早紀は無理だと言いました。自分の親と別れ別れになるのは堪えられないというのです。()である早紀の父はともかく、何も知らない母まで悲しませることになると言うのです。


「早紀の心情は充分理解できるものでした。それに、出産を控えている早紀には母親の手助けも必要だと思い直しました。いくら妊娠が喜びであっても、出産への恐怖は拭い切れないだろう――だが、父に知られれば、どうなることか想像もつきません。考えあぐねた末、わたしは兄に相談しました。笑って早紀とのことを許してくれた兄に、わたしはまた(むご)い仕打ちをしたのです」


 兄はいつも通りの穏やかさで、心配するな、とわたしに言いました。そして一緒に早紀の父親に会いに行こう、早紀の父親の協力が必要だと言いました。

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