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神影ひなた の シャドウ・ビジネス  作者: 寄賀あける
第3部 愛と憎しみに導かれて

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83/120

83  悲恋

 聞こえるひなたの声は静かで、温かさを感じさせる。


「ちょっと違うよ、ライガ。早紀(さき)さんは念のため雷雅(らいが)の記録を書き換えた。覚醒していない雷雅、能力(ちから)をなくした早紀さん、二人に利用価値はないと思わせて、時間稼ぎできるように備えた――(だま)すつもりなんかない。ライガ、キミを守りたかっただけ、きっとそうだよ。わたしはそう思う」


 身体を椅子からずらして後ろを向いてひなたの声を聞いていた雷雅は、ひなたの言葉を吟味するように(しばら)くそのまま動かずにいた。隣では(たつ)()が、こちらはひなたのほうを見ることなく静かに雷雅を見守っている。雷雅の父を名乗る男はそんな二人をやはり黙って見ているだけだった。


 軽く溜息を吐いた雷雅が、座り直して男に視線を向ける。途中、自分を見る龍弥に気付いて会釈した。龍弥もそれに会釈を返し、座り直す。


「僕が影に発見された事情は判りました。母が元気な時に施した守りは継続され、常時必要だった守りは母の衰えとともに弱化した、そういう事でいいですね?」

「うん、その通りです」

与えられた情報に不足しているものを自分で補足した、そんな雷雅を男が頼もしげに見る。


()が影からさえも隠れてしまった、そのあたりの事情も判りました――そろそろ神影さやかが暗殺された理由を話していただいてもいいのではないでしょうか?」

「うん――」


 少しだけ男が顔を曇らせる。雷雅の固い態度を寂しく感じたのかもしれない。が、すぐに気を取り直したように口を開く。


「当時、高校生だったわたしの父は登校途中で通る家の窓辺に(たたず)む少女に、密かに思いを寄せたそうです――言うまでもなく、それが神影さやかさんです」

考えるように男が少し黙る。どう話せばいいか、思いを巡らせたのかもしれない。


「その家は大変立派で、父は到底さやかさんと知り合いになれるとは思っていませんでした。ところがある日、家を囲むフェンスのすぐ近くにさやかさんがいることに気が付きました。春、バラがちらほら咲き始めた頃のことだそうです。着ていたカーディガンがバラの棘に取られ、(はず)すのに苦労していたさやかさんに、『手を貸しましょうか』と思わず声をかけた父。さやかさんは父を見て微笑んだそうです。『それなら勝手口が開いているので入ってらして』――父が初めて聞いたさやかさんの声でした」


 教えられた勝手口はすぐそこで、大急ぎで父はさやかさんのもとに行ったそうです。部屋に飾る花を選んでいたのだと、棘から解放されたさやかさんは父に一輪のバラをくれました。


「夢のようなひと時だったと、父は言います。さやかさんこそが花だと、貰ったバラを眺めては思ったそうです。そしてもう二度とあんなに近くに行けることはないだろう、そう思っていました」


 ところが翌日から父の登校時間に必ずと言っていいほどさやかさんが庭に出ているようになりました。だからと言って、さやかさんから父に声をかけてくるでもなく、父にはさやかさんに話しかける勇気などありません。顔を見合わせては微笑みあうだけ、そんな日が続きました。雨の日、さやかさんの姿はなく、とても寂しい思いをしたと父は言っています。


「夏の訪れに、父はある決心をしました。もうすぐ夏季休業となる。そうなるとあの家の前を通る理由がなくなる――父にとって、さやかさんへの思いは憧れから恋慕へと変わっていました。恋しい少女が毎朝見せてくれる微笑み、それだけで充分だと思っていたのに……ささやかな喜びさえも失われる危機に、より多くを望み、イチかバチかの勝負に出る、よくあることではないでしょうか?」


 会って話がしたい、キミのお屋敷の庭ではなく、どこか別の場所で――勇気を振り絞って(したた)めた手紙、きっと返事は来ない、怖がられて明日からはもう庭に出てこなくなるかもしれない。それでもいい、多分そうなる。だけどそれで思いきれる。どのみち高嶺の花、夢を見続けても意味がない……父は庭のフェンスの隙間から、さやかさんが見ているのを確認して手紙を差し入れました。


「翌日、もう彼女はいないだろう、そう思いながら眺めた庭に、思った通りさやかさんはいませんでした。失意の中、学校へ向かう父はすぐに驚くことになります。道の先に、父に視線を向けて立つさやかさんいたのです」


 散歩に行くと言って出てきました。途中までご一緒しませんか? 声をかけてきたさやかさんに、嬉しさで何も言えず父は頷いたそうです――その日からさやかさんは週に一度か二週に一度、どこかで待ち合わせて父と会ってくれるようになりました。


「映画を見たり遊園地に行ったり、普通のデートを重ねました。もちろん登校時、庭でさやかさんを眺め、時には散歩に出てくるさやかさんと歩く。そんな日々が二年ほど続いたと父は言っていました。父の高校時代はさやかさんに彩られていたのです」


 ふぅ、と息を吐いて、男が雷雅に視線を向ける。

「雷雅、キミの覚醒はどんな様子だったのだろう? わたしは十八の誕生日、いきなり現れた知らない(・・・・)記憶にパニックに陥ったのを覚えています――だが、まぁ、わたしには父と母、そして兄がいた。三人から聞かされる話は奇想天外で、覚醒していなければとてもじゃないが信じられないものだった。でもね、否定したいのに否定できない。その話は、全て知っていることだったのだから……」


 大学受験を控えたある日、父も覚醒しました。脳裏に次々と浮かぶ記憶、信じたくなくても信じるしかない自分に与えられた能力(ちから)、受け入れるしかない様々な事柄――不安に包まれた父が一番に心配したのはさやかさんのことでした。


「こんな能力(ちから)を持った自分、知られたらきっとさやかさんは今まで通り接してくれないだろう。何があっても知られてはいけない……覚醒後、初めてさやかさんと顔を合わせる時、父はそんな事ばかりを考えていたようです。だけど、そんな父を打ちのめしたのはさやかさん自身でした――父はさやかさんが影だと知ってしまったのです」


 ()だという事を隠す我らと違っ、て、影は影であることを隠さないのは知っているでしょう? わたしの祖父から教わって、父は()であることを隠す守りの術を自分に掛けていました。だからさやかさんは父が()だとは気付きませんでした。


「影の一族、しかも強い能力(ちから)を持っている――そんなさやかさんを見て、父は物も言わず逃げ帰ったそうです。さやかさんはさぞかし驚いたことでしょう」


 影だと判った以上、近づくのは危険だ。だからと言って父はさやかさんを思いきれない……父の悩みはさらに深いものになっていきました。


「庭にいるさやかさんに気が付いても視線を向けることなく通り過ぎる、迷いの中に父はいました。他の道を通ればいいものを、そうはしなかったのです――そしてその日がやってきます」


 道の先にさやかさんが立っていました。散歩と言って屋敷を出てきたのです。予測のつくことでした。でも、この時、父はまだ迷っていました。()であることを告げ、影に存在を知られて生きるか、隠したままで彼女と会い続けるか、いっそ思いを断ち切るか――


「そんな父の苦悩を知らずさやかさんは父に告げたそうです――結婚することになった、と。お相手は親が決めました、と」


 それでキミはいいのか? 今までの僕たちはなんだったんだ? 父は人目をはばからず、その場でさやかさんに詰め寄りました。さやかさんはただ泣くだけで何も答えなかったと聞いています。


「とうとう自分は()であると父はさやかさんに打ち明け、一緒に生きていこうと訴えました。蒼褪めたさやかさんは人に聞かれてはならないと、その場を立ち去ろうとしましたが、父が『待て』と言ったので動けなくなります」


 さらに蒼褪めるさやかさんの顔を見て、父は自分の言葉が命令になってしまったことに思い至り、自分が持つ、影に対する能力(ちから)について思い知ったのです。


「父はすぐ、さやかさんに対する命令を撤回しました。さやかさんは父を見詰めて何か言いたそうでしたが、何も言わずに足早に立ち去ったそうです。その姿を見送りながら、父は自分のしてしまったことに恐怖します」


 影に()の存在を教えてしまった――そのことが何を招くか、恐れ(おのの)いた父は急いで帰宅し、在宅していた母親に相談しました。

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