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神影ひなた の シャドウ・ビジネス  作者: 寄賀あける
第3部 愛と憎しみに導かれて

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81  神代文字に籠めた想い

 すかさず雷雅(らいが)煌一(こういち)とマスターに(めい)じる。

(静かにしろ、何も言うな!)

もちろん意識に、だ。煌一は舌打ちし、マスターは呆然とこちらを見ている。


神影(みかげ)さやかって?)

意識内で龍弥(たつや)に問う。

(神影の……大奥さまだ)

思わず龍弥の顔を見ると、龍弥も真っ青な顔で雷雅を見た。


「神影の……大奥さま?」

自分の血の気が引くのを感じる雷雅だ。大奥さまが影を裏切る? あり得ない――


「さやかさんはわたしの父に騙されたのです」

男の声に雷雅が男を見る。僕はこの人を信じたい。でも、本当に信じていいのか?


「いや、ちょっと待って。あなたは(ほむら)ではないと言った。そして総本部を襲った犯人は自分の敵と言った。僕の思い違いですか?」

「いや、そう考えてくれていい。わたしは、わたしの父の企てを阻止したい。影の総本部を襲った犯人を雷雅が敵と考えるなら、間違いなく父はわたしの敵だ。わたしは雷雅の味方につく」


「あなたのお父さんは、あなたのその考えを知らない?」

「いや、知っている。ずいぶん昔に決別している。雷雅、キミが生まれる前だ」


「それならなぜ、お父さんの内情をそんなに知っているのでしょうか?」

「兄から聞いた――兄は父に逆らえず(ほむら)になった、今ではわたしのスパイみたいなもんだ」

「お兄さんとは連絡を取っているという事?」

「うん、兄はわたしと同じ考えだ。雷雅を守りたいと思っている」

「でも父親に逆らえない――逆らえない父親に逆らっている? 矛盾だ」


 男は、雷雅を見詰めたまま考え込んだ……コイツを信じたいと思った僕は馬鹿なのか? 男から目を離さず雷雅も考える。言葉遣いが変わってきている。この男は動揺している。その動揺はどこから来る?


「兄は父に隠れてずっと早紀(さき)さんを気に掛けていた。早紀さんの両親を事故に見せかけて父が殺した時からだ」

「えっ?」


「早紀さんの両親を父が(あや)めたと知った時、兄は酷く後悔した――早紀には手を出さないことを条件に、父に従うことを兄は了承した。そして妊娠中の早紀とその両親を、父に判らないように隠した。だが、父は約束を(たが)え早紀を見つけ出し、早紀の両親の命を奪った……早紀とその息子に会わない誓いを立てていた兄は、わたしに早紀と雷雅を隠せと連絡を寄こした」


「会わない誓い?」

書付の裏にあった神代文字、かの人と我が子、影を絶滅させる準備……でも、こいつの兄は僕の父親じゃないと言った。かの人は母さんではなく、我が子は僕ではないのか? いや、いや、話が奇怪(おか)しい。コイツは嘘を言っている?


「そう、会わない誓い。()と影が共に手を取り合い、(ほむら)を亡ぼす準備、それが整うまで早紀と雷雅に会わないと兄は誓った。その誓いが成就するか破られない限り、雷雅の存在は(ほむら)に知られない。そんな誓いだ。わたしたちの父は早紀の妊娠を知らなかったからね――雷雅は知らないかもしれないが、早紀はその書付を持っていたはずだ。早紀に会いに兄は病院に行った。だから早紀は誓いが成就したと知った。キミはその時すでに影に守られていたこともあり、早紀はもう不要と処分してしまったかもしれない」

「ちょっと待って……」


 話が違う。その書付なら読んだ。誓願は影の絶滅だったはずだ。

「その書付は、影の絶滅を願ったものじゃなくて?」


 隣で龍弥が(たじろ)ぐのが判った。手の内を見せてしまった雷雅を止め(そこ)ねたと思ったのだろう。ここで初めて男が龍弥を見る。

「神代文字の書付を影に読んで貰ったんだね――あれは真意が伝わらないように書かれている。そう(まじな)いが掛けられている」


 龍弥が動揺し、奥では煌一が反応したのも雷雅には判った。二人にはその(まじな)いが検知できなかった。


「もっとも、影に文字使いはいないはず、影には判らない方法を取って書かれたものだ。真意を読み解けなくても無理はない」

「では、書いた人――あなたのお兄さんの願いは影を亡ぼすことではなく、(ほむら)を亡ぼすこと? そしてその準備が整った?」

「うん、母は月影(つきかげ)に入り込み、兄は炎影(ほかげ)に入り込んだ。父が(めい)じたことだ。だが、兄と母の真意は違う。それを父は知らない」

「お母さんも(ほむら)を消したいと?」


「母は父に命じられ、影を手に掛けたことがある。若い女性だったそうだ。母が狙ったのはその女性ではなくもう一人の影、その影を庇って、女性は母の術の前に身を投げ出した――影を庇う影がいる。そのことが母に、父の考えを改めさせる決意をさせた。が、父を変えるのは無理だった」


 カウンターからカラーンと音がした。マスターがアイスピックを落としてしまったようだ。失礼しましたと言うマスターの声が震えている。


「早紀が()ってしまったことは悲しいが、準備が整っているうえ、兄が父に逆らえない理由もなくなった――どこまで話したんだったか……そうだ、早紀の両親が事故死した後、早紀と雷雅を隠したところまでか」


 男が冷めたコーヒーを飲み干す。雷雅もカップに手を伸ばし、同じように飲み干した。

()でも影でも、もちろん(ほむら)でもない人々に紛れて隠れろと、早紀に言った。わたしが動けば、父に気付かれてしまうかもしれない。ただの(・・・)人と一緒にいるほうが安全だと思った」

龍弥が席を立ち、カウンターに向かう。コーヒーのお替りを持ってくるつもりだろう。マスターが気になったのかもしれない。


「人を探すとなると日本は広い。どこから手を付ければいいか父も見当が付かなかった。早紀を探すことを諦めたように見えた。ところが今度は肝心の早紀がどこかに消えてしまった――見つけ出した時は知らない男と結婚し、離婚していた」

「お兄さんは母の結婚を恨みませんでしたか?」


 龍弥が戻り、カップにコーヒーを注ぐ。ありがとう、と男が龍弥を見上げた。龍弥は会釈を返しただけで、コーヒーサーバーをカウンターに戻しに行った。


「いや……見つけ出した早紀は病院にいた――病院にいて、もう長くはないと知った兄は随分と荒れたそうだ。わたしにまで八つ当たりした。そうだ、闇に包まれて災厄魂を操った時、キミに遭遇したと言っていた」


「あれは、あなたのお兄さんだったんですね」

「うん。キミを見て平静に戻った。早紀を失っても、守るべきキミがまだいる――ついキミを連れて行こうとしたが、あの時点で連れて行ったとしてもキミを守り切れないと、兄はキミを置いて逃げることにした。神影の狩人(かりびと)から逃げきるのに苦労したと言っていたよ」


 雷雅に(おお)(かぶ)さって守るひなたの上から聞こえた舌打ちはこの人の兄のもの、そしてその意味は雷雅を連れて行けないジレンマ――


「早紀の結婚・離婚について、兄が語ることはなかった。あの人は早紀が幸せならばそれでいい、そう思っていただろうからね。キミの父親のことも許している、今更なのかもしれない」


「でも、あなたのお兄さんは僕の母親を愛しているから、あの書付を書いたのでしょう? そうだ、あの書付があなたのお兄さんによるものなら、僕の名前を付けたのも?」

「いや、兄ではないよ」


 男が少し微笑んだように雷雅は感じる。

「表と裏を書いたのが同一人物(・・・・)とは厳密には言い(がた)い。だが、まるきり別人とは言えない。表を書いたのは一人、さっきは言い(そこ)ねたが裏面は二人の書き手、裏には二人分の思いが籠められている。ただでさえ、当事者にしか判らない暗号めいた言葉や(まじな)いが含まれるのに、文の途中で書き手が替わり、話の筋もくるくる変わる。真意が伝わらないよう工夫して、言いたいことや願いを込めた。表は――」

言うのを躊躇(ためら)ったのか、男の言葉が止まる。


 黙ってしまった男を待つ意味を感じられず、雷雅が問う。

「裏は二人の人物。一人はあなたのお兄さん。だとしたら、もう一人は僕の父なのでしょう? あなたのお兄さんは婚約者を奪った相手を許したと、さっき聞きました。友人だったとか? 仲が良かったんですね」

今度は否定しないだろう。


「うん、キミの父親なのだからと、表を書く権利を主張し、裏は兄と二人で取り合って書いた。俺が書く、いいや俺が書く、と、紙が破れやしないかと、冷や冷やしたのを覚えているよ」

「それじゃ、表を書いたのは間違いなく僕の父親なんですね」


 やはりそうかと思いながら、何か見落としていると思う雷雅だ。俺が書く、いいや俺が書く……男の言葉が引っかかる。でも、なんだろう、雷雅が考え込む。


「うん、そうだ、キミの父親だ」

そんな雷雅を見詰めながら男が答える。


「裏は僕の父親とあなたのお兄さん、二人で書いた……」

「そうだね、神代文字では書き手が変わっても、筆跡を見たところで気が付かないだろう?」


 そうか、だから神代文字を選んだんだ。二人の思いを込めて書くために――あれ? 兄と二人で? 兄弟ということ?


 ハッと雷雅が男を見つめる。そんな雷雅に男が頷く。

「そう、表を書いたのはわたしだ。キミの名を決めたのはわたしだ――雷雅」

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