79 挑戦された煌一
たしかに煌一には話せない。知れば煌一は、すぐにでも月影に乗り込むんじゃないだろうか?
「それはないよ」
と、ひなたが笑う。
「だけど明日の会議、月影はお爺ちゃんを引っ込めて、静流を出してくるらしい。煌一に報せたら態度に出さないかが心配だ――まあさ、静流が出てくれば炎影照晃が『世代交代』を理由に、若さを売りにできなくなる」
「静流さんって年齢は?」
「わたしと同じだから二十二?」
「あぁ、同じ年ですって言われたんでしたね」
「煌一さんは?」
「もうすぐ二十七だよ。どうして、ライガ?」
「いや……炎影当主を継いだばかりの照晃さん、月影は次期当主の静流さん、だったら神影は、って考えると……」
うーーん、と唸ったのはマスターだ。マスターにしては珍しい。
「照晃さまはお嬢さまより十五歳上の三十七、煌一さまが二十七、静流さまが二十二歳。となると、照晃さまが分が良いように思われます」
「静流ではいくらなんでも若すぎるから、残る照晃と煌一を比べた場合、年寄りの多い評議委員は年齢が上の照晃を採る?」
ひなたの問いにマスターが、『はい』と答える。
「でも、それ以前に煌一さまは総本部長に就かれたりしないのでは?」
マスターの指摘にひなたが、『ふふん』と笑った。
「炎陰と月影が『煌一を出せ!』って騒がない限り出ないだろうね」
借金取りみたいな言い方をするひなたに、
「隠里さん――タツヤのお父さんは幾つなんですか?」
と雷雅が訊いた。
「確か五十三……タツヤが末っ子で、上に兄と姉がいる。何かあれば、上の子が隠里を継いでくれると言っていたな」
タツヤ、兄弟がいるんだ、と、つい言いそうになって雷雅が言葉を止める。きっと龍弥にはその兄や姉との交流はない――評議員になる家柄なら相当のものだと思っていい。兄が継ぐという事で、龍弥は狩人になる教育を受けるため神影に預けられ、下手をしたら家族の顔さえ知らないかもしれない。
「炎影や月影は煌一さんを、と言ってくるでしょうか?」
龍弥の問いに、
「言って来ても俺は出ない」
答えたのは、喫煙ブースから戻ってきた煌一だ。
「誰を出すかは流派が決めることだ、とやかく言わせない――マスター、悪いがコーヒー」
承知しましたと、マスターが席を立つ。時刻はそろそろ十五時になる。
で、だ、と座った煌一が自分の顎を撫でてひなたをじろりと見る。
「月影静流がどうしたって?」
その煌一にゆっくりとひなたが視線を向ける
「静流がどうかした?」
いつも通りに見えるひなた、さっきの話を聞かれたのか? 雷雅と龍弥はこっそり目くばせする。
「アイツ、神影で指示を出している俺の影を通してダイレクトメッセージを送ってきた」
「ん? 静流ってそんなことできるんだ? 結構器用なんだね。で、なんて?」
さっきの話は聞かれていないとホッとする雷雅と龍弥、たぶんひなたもホッとしたはずだ。が、煌一の顔を見ると安心ばかりもしていられない。雷雅が知る限り、今まで見たこともないような怒りかたの煌一だ。瞬きさえ止めて、ひなたを睨みつけている。
そんな煌一もやがてはフッと苦笑してひなたから目を逸らした。
「静流のヤツ、俺には負けないそうだ。能力でも……ひなたのことでも」
本心はともかく
「なにそれ?」
と呆れるひなた、なのに雷雅と龍弥がギョッとしてしまう。
「なんだ、おまえたち、何か知っているのか?」
当然、煌一が見逃すはずもない。そこへマスターがコーヒーを運んできて、話が中断され救われる。
マグカップを配り終えたマスターが
「それにしても、もし照晃さまが焔と結んだとしても、お父上を手に掛けたりするでしょうか?」
さらに話を変えてくれた。
「焔がどんな話を照晃にしたかに因るだろうな――内容は照晃に訊かなくちゃ判らない。で、訊いても素直に答えるとは思えない」
「静流みたいに愛犬家だったらよかったのにね――でも、犬に話しかけるキャラじゃないな、あれは」
クスッとひなたが笑う。
犬を飼ってなくても猫は飼ってるかも、こそっと言った雷雅に、もちろん猫でも同じだとひなたが答える。猫とだって影となら話せる。だけど、焔との話を、その猫が聞いてなきゃ意味がない――
「そりゃそうですよね、猫とも話せますよね。飼うことになっても話し相手にしないようにしようっと」
いつか猫、飼ってみたいんですと笑う雷雅に、なんだ、猫派か、煌一と一緒だと、ひなたが笑った。煌一が咳払いし、無駄話が止まる。
マスターがコーヒーと一緒に出してくれたカステラを食べながらひなたが言う。
「いっそ、焔の存在を炎影と月影にぶつけてみたら?」
それに答えず煌一は、砂糖を入れたコーヒーを掻き混ぜて、ゆっくり口元に運ぶだけだ。
「もしそうするなら、神影がどう焔に対処するのか決めておく必要がありますね」
雷雅が煌一とひなたを見比べる。
煌一がカップを置いて雷雅を見る。
「神影の姿勢は決まっている。総本部を襲ったヤツも、総会を妨害したヤツも許さない――総会の妨害は反省程度で許してもいいが、総本部を襲ったヤツ等は放火殺人犯だ。断罪するしかない」
「焔の真の狙いはなんだろうと考えると、やっぱり影の絶滅。あるいは解体、なにしろ影を潰そうとしているとしか思えない」
龍弥が思いつめたように言う。
「今、焔のことを炎影・月影に話したとしても、彼らは焔を信用している。神影の言葉なんか聞かない。下手に話せば神影が孤立するだけだ」
「じゃあさ――」
龍弥の言葉を受けて雷雅が提案する。
「いっそ、総本部長の選出の前に、新体制について神影がどう考えているかを公表したら?」
「新体制?」
不思議そうに聞いたのは煌一だ。
「神影だって、今の影のやり方が正しいと思ってない。それを言えばいい。炎影にしても月影にしても、今の影のやり方に不満を持っている……そこに焔が付け込んだ。違いますか?」
再び煌一が考え込む。
「突破口があるとしたら、炎影と月影が焔の提案の中途半端さを悟った時だな」
と、言ったのはひなただ。
「ここまでの経過を見ると、能力重視の実権掌握、それに対抗するのに焔は炎影と月影に実力行使を提案している。この矛盾点が焔の穴だ」
煌一がひなたを受けて苦々しげに言う。
「今までだって小競り合いは何度もあった。その度、能力の強いほうが他を制してきた。でも、そんなやり方じゃ破綻すると、俺やひなたは考えていた。ライガを手に入れた時、ライガの力を借りれば変革も可能だと思った――でも、俺が考えていたのはこんな方法じゃない。あくまで平和な話し合いのうえでの変革だ。ひなたの言うとおり、焔の手を借りて、ほかの影に有無を言わさない方法では今までと何も変りはしない。能力で他を押さえつけたままだ」
その言葉に雷雅が首を傾げる。
「僕の力を借りるって、それも実力行使となりませんか?」
「なにもライガの力で従わせようとは言ってない。ライガという陽の元に集結して、流派の垣根を払って協力していけないかと考えた」
なるほど、と雷雅も頷く。
そして場に緊張が走る――この店に、何者かが入ってこようとしている……
「どちらにしろ、焔とは一度は話さなくちゃならない――電車であった男が信用できるかどうか、見極めのるが最初ですね」
雷雅の言葉に、ひなたが視線を陽だまりの出入り口に向ける。
「今、ここに入って来ようという意思を見せているのが、ソイツ?」
「えぇ、道の向こうからこっちを見ているのがその男です」
龍弥が静かに言った。




