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神影ひなた の シャドウ・ビジネス  作者: 寄賀あける
第3部 愛と憎しみに導かれて

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78  陽から生み出されたもの

 月影(つきかげ)静流(しずる)()と遭遇したのは、愛犬ヤマトの散歩の途中だった。


「ヤマトはね、(ひと)()で『こいつはヤバいヤツだ』って、感じたって。静流に伝えようとしたんだけど、静流は犬の影と話せない。ヤマト、温和(おとな)しくしろって怒られたみたいだね」


 二人はヤマトを警戒することなく、話を続けた。ヤマトは静流に逆らうわけにもいかず、温和(おとな)しく二人の話を聞いていた。


()は――うーーん、()()で紛らわしいから、(ほむら)って言うことにする。(ほむら)は静流に言ったそうだ。今の影のありさまを(うれ)いてはいないか?」


 能力(ちから)を持つと見込まれれば、幼い頃に親と引き離して狩人(かりびと)になることだけを教え込まれる。自分の意思よりも影としての任務を優先させ、強制される。選択肢もない。婚姻さえも影としての立場で決められる――


「静流は月影(つきかげ)の当主の一人息子、いずれ一般の人間とも交渉することを見込んで、社会にも適応できるよう育てられた。そんな静流は、ま、わたしと同じだ、普通の子のように、通学したり遊んだり、そんな生活に憧れていた」


 ひなたが書類上だけでなく、本当に(・・・)高校進学を果たしたと聞いた時、きっとこの子は僕と同じだと静流は思った。影に生まれようと、自由に自分の人生を生きていいはずだ。この子もきっとそう考えている――


「で、わたしの通学路を調べて待ち伏せした。わたしと会った時、ヤマトは留守番で話を聞いてないけれど、帰ってきた静流がヤマト相手にこう話したそうだ」


 思った通り、ひなたは僕と同じだ。ひなたなら僕を理解し、僕に協力してくれることだろう――僕はいずれひなたと結婚する。


「おいっ!」

「話は終わってないよ、コーちゃん」

ピシっとひなたに(たしな)められ、煌一(こういち)も黙るしかない。


木陰(こかげ)ひなたが神影(みかげ)煌一と結婚したと聞いた時、静流はヤマトに言ったそうだ。神影に先を越されてしまった。ひなたは変わり者って評判だったから、まだ大丈夫だと思ったのに――神影に望まれて、きっとひなたは拒めなかった。だからまだ十八なのに結婚した。僕はひなたを助けてあげられない。助けてあげたくても、今の僕じゃ無理だ……暫くメソメソしていたって、可哀想だったってヤマトが言ってた」


 (ほむら)の問い掛けは、そんな静流の鬱積していた心情を大きく揺さぶった。(ほむら)の言うとおりだ、影はもっと自由になるべきだ――静流は(ほむら)の申し出を飲んで、手を組むと決めた。


「だが総本部で死者が出たことには関与していない。あの日、事態を知った静流は激怒したそうだ。いったい誰がこんなことを、ってね。(ほむら)に詰め寄ったそうだ。だが、疑わしいのは神影だと言われた静流は納得し、(ほむら)を疑うのをやめた」


「なにぃ!?」

「興奮するな、煌一」

サラリと窘めるひなた、煌一はまたも引くしかない。


「今回、鰻重に下剤を仕込んだのは、少なくとも部下に指示してそうさせたのは静流だ。会議を妨害しろと(ほむら)に言われたらしい。このままでは神影の思い通りになってしまう。それを阻止しろってことらしい。下剤の混入も(ほむら)の指示だ。神影みたいに死人が出るような真似はするなってことだ」

「しかし、月影の仕業と言う証拠がない――犬に聞いたとは言えない」

煌一が溜息を()く。今度はひなたも黙っている。


(ほむら)って?」

尋ねたのは雷雅(らいが)だ。龍弥(たつや)もマスターも、煌一さえもひなたを見る。

「わたしに訊くな。わたしだって初めて聞いたんだ」

「さすがに犬じゃ、そこまで判らないだろうしな」

煌一がボヤく。


「だけど、()から(ほむら)が生み出されたって、どことなく納得できますね。太陽光をレンズで集めたら火が起きるように――それに同じ『ひ』、混同されて記録に残らなかったのかも」

そう言って考え込む雷雅に、

「さっき、ひなたが言う前に、黒幕は月影って言ったな。あれは?」

煌一が訊いた。


「ひなたさんが犬と(たわむ)れていると聞いて、犬の影と話してるんだって思った時、頭に浮かんだんです。理由なんかありません、直感です――犬になら、みんな油断する。まさか犬と意思疎通をはかれる人間がいるなんて思いつかない。秘密が駄々(だだ)洩れ状態だって思ったのもあるかもしれない」

「たしかに静流は、なんでもヤマトに話しているらしい。わたしのうーちゃん(・・・・・)と同じだ」


 どうも今日は煌一の厄日のようだ。下剤騒ぎで神影の責任が問われ、いちいち(しゃく)に障ることばかりひなたから聞かされている。ひなたにそのつもりがあるはずもなく、必要があって言っているだけだ。ひなたを責められない煌一は、ストレスが溜まる一方だろう。


 総本部を襲ったのは月影でないのだとしたら、炎影(ほかげ)なのでしょうか? 疑問を投げたのは龍弥だ。答えず煌一が唸る。


「もしそうなのだとしたら、向こうが仕掛けてくるのは早いかもしれませんね」

重ねられた龍弥の発言を雷雅が吟味する。月影でなければ炎影――神影が孤立させられたという事になる。だが……


「もし、総本部を襲ったのが炎影だったとしても、炎影と月影が手を組んだわけじゃない。総本部襲撃の犯人が炎影と知り、その後ろに(ほむら)がいると知れば、月影はこちらの陣営に戻るんじゃないですか?」

雷雅の意見に、驚くようなことをひなたが言った。


「月影と炎影、それぞれの後ろにいる(ほむら)が別人だとしたらどうだろう?」

「なに言い出すんだよっ?」

とうとう煌一が悲鳴を上げた。だがすぐに黙る。


 (ほむら)と考えられるのは、少なくとも男が二人。マスターが昔、遭遇した女が生きていれば、もう一人。さらに――


「電車で話しかけてきた男は総本部を襲った犯人を『敵』と言っていました」

雷雅が静かに言った。


 静流を(そそのか)した男が、電車で出会った男と考えれば炎影・月影、双方に別の(ほむら)がいても奇怪(おか)しくない。(ほむら)の中で敵対してるってことだ。


「影の一族、初めての本格的分断の危機ってところだな」

煌一が大きく溜息を吐いた。


 少し休憩しよう。頭を冷やして考えを整理してくる――煌一が喫煙ブースに消えた。


 煌一を見送ってから、ひなたも溜息を吐いた。そして今のところ、このことは煌一に知らせるなと真面目な顔で言った。


「静流は煌一とサシで遣りあうつもりでいる」

「サシで? 決闘?」

龍弥が驚いてひなたを見る。


「下手すれば、命を落としかねない……勝ったほうが影の実験を握るとか、そんな話ですか?」

「静流に実権を握る気はないようだよ。神影も炎影も月影も、平等な立場を静流は望んでいる」

「それじゃあ、なんで?」


 ひなたは物凄くイヤそうな顔をし、再度、『煌一には言うな』と強い口調で言った。

「静流のヤツ、わたしに気が付くと廊下に呼び出した」


 あなたを知った時から、ずっとあなたを思っていた。あなたを神影から解放してあげる。煌一とサシの勝負にあなたを賭ける。だから――


 僕が勝ったらひなたさん、僕と結婚してくれませんか?

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