76 炎影照晃の野望
神影家の離れで執り行われている影の一族の臨時総会――煌一とひなたは本体を陽だまりに置き、しょっちゅう意識を本体に戻しつつ、影だけ現地に送った。お陰で実況放送さながら、出席しているわけでもないのに雷雅も龍弥もマスターも、まざまざと様子を知ることができた。特にひなたは、ほとんど陽だまりに居っぱなしで(もちろん身体はそこにある。意識でさえも、と言う意味だ)食べたり飲んだり忙しい。本当に影は会議に行っているんだろうかと呆れるくらいだ。
「テレビ見ながら何かしたりしない? 一緒、あれと一緒だ」
とケラケラ笑う。
「重要な会議じゃなかったの? 上の空でいいの?」
「コーちゃんがしっかり聞いてる。わたしが聞いてもわけが判らない」
「今、何を討議してるんですか?」
これは龍弥だ。
「始まった途端、炎影照晃が長い演説を始めた。亡くなった総本部長の長男で、炎影を継いで当主となったばかり。昨日は発言を許さなかったけど、気持ちを汲んでやろうと今日は最初に持ってきたんだが、これが長い」
時刻を見ると十一時を過ぎている。
「パワフルだね」
と褒めているのか呆れているのか判断つかないことを龍弥が言う。
「総本部襲撃犯をなんとしてでも捕獲すると息巻いて、影による影の裏切りは許されない、とか、まるで議場にいる犯人を吊し上げそうな勢いだ――この会議の出席者の中にいると言いたいようだね」
「それでよく、出席者が黙って聞いてますね」
これは雷雅だ。
フフンとひなたが笑う。
「あながち大間違いとも言えないからな。いないという根拠はないだろう?」
「でも僕だったら、抗議しそうです。少なくとも僕を疑うのか、とか言い出しそう。僕は違うぞってね」
「いや、ライ。そういう時は自分は関係ないって澄まして黙ってるほうがいい」
と龍弥が言い、
「そうだな、タツヤ」
ひなたが龍弥にニッコリ笑う。少しだけ龍弥が頬を染めた。
「相手は興奮状態だ。そこに反論したって火に油を注ぐ。タツヤが言った対処法がベストだな」
「それじゃあ、ベターは?」
「ライガが言った方法」
クスッと笑ってひなたが答えた。
「でも、そんな様子なら炎影照晃は敵方ではないと断言できそうですね」
龍弥の意見に、
「それは甘いな、タツヤ」
とひなたが言う。
「炎影で内紛が起きていて、照晃が自分の父親を抹殺して実権を握った、なんて話も考えられる。あくまでそんな場合もあるって話だ」
「まったく!」
「なんて時代錯誤なんだ?」
雷雅の叫びに続く言葉を龍弥が先に言う。僕に言わせろよ、と雷雅が少し拗ねた。
「ま、時代錯誤は認めるさ。だけどこれが影の現状だ」
ひなたの言葉に
「それでいいとは思ってないんでしょう?」
と雷雅が問えば
「ライガがそう思っているんだろう? もちろんライガに従うさ」
とひなたが答える。それに雷雅が少し黙った。
あのさ、と明らかに不機嫌な雷雅、
「僕を尊重してくれるのはいい。でもね、ちゃんと自分の意見や意思もないと。僕は影を、いやいや従わせる気はこれっぽっちもないんだから」
そんな雷雅にひなたがニッコリ笑う。
「それがライガのいい所だよ」
龍弥がそう言い、『先に言うな』と、ひなたに軽く小突かれた。
ほどなく鰻重の出前が届き、マスターが支払いをしているうちに雷雅と龍弥が入り口近くの席に食卓を整える。
昼前のまとめに入ったのか、ひなたの意識も会議場に向かったようで反応が鈍くなった。
それにしても遅いと思い始める十二時半、やっと戻ってきた煌一が『お茶は熱いほうがいい、ひなたもすぐ戻る』と言って喫煙ブースに消えた。マスターがお茶を淹れ終わる頃、ひなたが戻ってきた。
「珍しく、鰻寿の出前が遅れて……それで昼休憩に入るかどうか揉めてた。些細なことでよく揉める」
と笑う。
「それで出前は来たの?」
「いや、まだ。でももうすぐだって。だから昼休憩にした。その代わり時間を長くした。通常一時間を二時間だ――さぁさぁ、我々もしっかり鰻を堪能しようではないか!」
鰻重も肝吸いもすっかり冷めてしまったけれど、やっぱ美味しいと思う雷雅だ。
「休憩が終わればいよいよ本題だな」
煌一がひなたに話しかける。
「隠里の小父さんには話してあるの?」
「ん? もちろん話して了承を取り付けたさ」
煌一がチラリと龍弥を盗み見た。
「そっか……こうなったら何があっても総本部長を手に入れなきゃだね。炎影は照晃を立てたけど、大丈夫なのか?」
「大丈夫って炎影が? それとも照晃がか? あるいは照晃に対抗できるかが心配なのか?」
「照晃だよ……あの見栄っ張りが勝ちに執着しないはずないし、午前中の話じゃ、世代交代とか熱弁振るってたじゃん」
「照晃を推す意見が優勢になったら、俺が黙ってない。明らかにアイツの能力は俺を大きく下回る。もっと能力のあるヤツを出せってゴネてやる。炎影には照晃と比べられないほど優秀な影がいる。それに月影だって温和しくしてると思えない」
「あぁあ、相手の一番痛いところをチクチクする気だ。照晃、頭はいいけど影の能力がいまいちなんだよなぁ」
「それを理由に縁談を断ったんだったっけ?」
「それもあるけど、その縁談、わたしが十五で向こうは三十。死んでも嫌だって泣き喚いた」
この場で切れそうな勢いのひなたに、煌一が愉快そうに笑う。
「でも、向こうは諦めてないかもしれないぞ。あるいは恨みを持ち続けてるかも。未だに独り身だ」
「そうだとしたらなおさら断ってよかった。そんな男のところになんか、誰が行くもんか――月影は脇田泰西……八十歳のお爺ちゃんを出してきたってことはやる気ゼロだね」
「いつものことさ、月影は事なかれ主義だ。しかも責任を負うのが嫌いときてる。各流派、候補者を出すって決まりがなきゃ出してこないさ。総会だって本当は出たくないのかも。従うから勝手に決めろって言いたそうだ」
「月影静流は若いけど、切れ者だって感じたよ?」
「月影の次期当主か……確かにヤツは頭もいいし能力も優れている。だがやっぱり月影、無口で控えめ、前に出たがらない。積極性に欠ける」
「なるほどね――顔はなかなかだった」
「ん? ひなた、どこで静流と知り合った? 今日は来ていなかったぞ」
「あぁ、高校の時、下校時間に待ち伏せされて――」
「ひなたっ!?」
「何もないよ、コーちゃん。あなたが神影ひなたさんですかって訊くから、そうだって答えただけ。で、名乗ったと思ったら、同じ年ですって言って消えちゃった」
「い……それ、一度きりか?」
「うん、そう、それっきり。なんだったんだろうねぇ?」
「俺に訊くなっ!」
傍 らでは『この奈良漬け、美味しいね』なんて話しながら、聞いていないフリの雷雅たち、もちろんしっかり聞いていて意識の中で話しながら、顔を見合わせてはクスクス笑う。
(なんだかんだで、煌一さんとひなたさんって仲がいいよね)
(夫婦喧嘩はレクリエーション?)
(ひなたさんが言ってるとおり、やっぱり煌一さんがひなたさんを好きになったのかな?)
(ひなたさん、今も綺麗だけど高校生の時は滅茶苦茶可愛かった)
(あれ? タツヤも密かに憧れてた?)
(まさか! 年に数回見かけるだけ。けどさ、見りゃあ可愛いのは判るだろ?)
(確かに――性格までは判らないけどね)
声に出して笑ってしまい、
「内緒話はおよしなさいませ」
マスターに窘められてしまった。
食事が終わり、片付けも済んで、コーヒーを楽しんでいる時だった。
「なにっ!?」
いきなり立ち上がり、ストンと砕けるように腰を降ろした煌一、驚く雷雅に、
「心配ない、意識を移動させただけだ」
そう言いながらひなたの顔色も青い。
「マスター後は頼む。わたしも会議場に行く――昼の弁当に毒が仕込んであったらしい」
お気をつけてと、マスターが言い終わらないうちに、ひなたも目を閉じて動かなくなった。
残された三人は緊張の中、顔を見かわしていた――




