75 ウナギも大好き
昨夜の話は共有認識とするにとどめ、検討は打ち切ると煌一が言った。
「今の時点ではいくら検討を重ねようが憶測しかできない。ただ、今後起きることに対してのヒントにはなるはずだ――何かあれば、逐一また検討しよう」
それで、だ、と煌一が続ける。
「必要なのは、現時点での意思の確認――ライガ、どう思う?」
少し迷って雷雅が答える。
「意思の確認って、僕の意思をって事ですか?」
龍弥が雷雅を見て視線をすぐに煌一に移した。ひなたは俯き加減で何かを考えているようだ。マスターは黙って成り行きを見守っている。
煌一が静かに雷雅を見つめる。
「俺たちはライガ、おまえの影だ。陽ではない何かを名乗る男はおまえを望んでいた。もし、おまえがその求めに応じたいと思うなら、俺たちにはおまえを止められない。そして許されるなら、おまえとともにソイツの陣に加わろう」
「許されなければ?」
この『許す』は、ソイツが許すかどうかだ。
雷雅の問いに煌一が少し考えて答える。
「すでにヤツは影の誰か、もしくは一派を引き込んでいる。許される公算のほうが大きい」
「許されなければ?」
繰り返される雷雅の問いに煌一が押し黙る。雷雅が溜息を吐いた。
「よし、決めた!」
静寂を破ってひなたの素っ頓狂な声が響く。
「会議の昼食は鰻寿の特上鰻重――幾つ注文すればいいんだったっけ?」
俯いて考え込んでいたのはそれかよ? 突っ込みたくなる雷雅だがつい笑ってしまう。そんなの本体で出席する人数分に決まってる、神影家に任せればいいと、煌一が苦々しげに言う横でひなたが雷雅に笑みを向ける。
「コーちゃんはね、なにがあっても雷雅を尊重する、そう言いたかったんだよ」
「……」
ひなたを見つめる雷雅、煌一がすっと立ち上がりスマホを操作し始める。
「あぁ、俺だ。今日の会議の昼食、鰻寿の鰻重、特上で。手配を頼む――うん、そうだね、こんなに朝早くに済まないね」
時刻は七時半だ。十時からの会議の弁当の手配を言い出すには早すぎると、音声通話の相手に苦情を言われたのだろう。フッと雷雅が笑う。
「今日の今日で百人分近くの注文なんて間に合うんですか?」
「本体はせいぜい二十人程度だ、心配ないよ」
と、ひなたも笑う。フンと言いたそうに煌一が腰かけた。
「残念なのはわたし自身が鰻寿の特上鰻重を食べられないことだ――マスター、お昼に鰻、用意できる?」
「もちろんご用意いたします――鰻満の鰻重でよろしいですか? 肝吸いもお付けしましょう」
やったぁ! と小さくひなたが喜びの声をあげる。
煌一の言葉に感じた怒りが雷雅の中から消えている。ひなたが俯いて考えていたのは本当に昼食のことだったのだろうか? 違う気がした。でも、そんなことはどうでもいい。ひなたが天然なのか、それとも計算尽くなのか、それがどうでもいいのと同じだ――
「ヤツは大奥さまを殺した。さつきさんを殺した。他にも三人殺している。怪我人だって何人もいる――どんな理由があるにしろ、僕はそんなの認めない」
雷雅の声に影たちが姿勢を正す。
「僕たちがすべきは、ヤツとその一派を捕らえ、改心させることだ。それが叶わない場合はヤツの能力を取り上げる――陽の一族である僕にはそれができる」
「これで方針は決まったな」
フッと煌一が笑みを漏らす。安堵したのだ。
能力を取り上げると口にしたものの、そんなことができるのかと言われないかと思っていた雷雅も安堵する。言葉にしたことにより、真実だと感じた。僕にはできる――
影は影の能力を取り上げると言っていた。僕は陽の能力、それに影の能力も封印できる。それに陽から生み出されたヤツの能力だって……
「陽から生み出された?」
雷雅の呟きに周囲が首を傾げる。今、自分で考えた内容に、自分で疑問を感じ、ついそれを口にした。
「そうか、ヤツは陽から生み出されたんだ」
「ライガ、どういう意味だ?」
訊いたのはひなただ。
「今、浮かんできた。ヤツは陽から生み出された。だからヤツの能力を、陽である僕は封印できる、そう思った」
「なるほど――陽と呼ばれたころもあった……符合しますね」
マスターが感心して呟いた
煌一が腕を組んで背凭れに寄り掛かる。
「陽から生み出されたなんなのか、までは浮かばない?」
「コーちゃん、思いつけばライガは訊かれなくても言う。焦っちゃいけない」
ひなたが煌一を窘め、
「ライガ、責任を感じることなんかないんだからな」
雷雅に向かう。
「あぁ……はい。そうですよね、考えたってなにも出てこない。何かの拍子にいつも現れる。能力も知識も――追い込まれた状況やキーワードでひょいっと出てくるんです。なんか、時限装置みたいだ」
「時限装置か――そうだな、ライガは通常十八で目覚めるところを十六で目覚めている。それも関係してるかもしれないな」
煌一がしみじみ言った。そして座り直し、
「何者であろうと、昨日現れた男が敵だというのは確定した。迷いもない。これは大きな進歩だ」
と付け加える。
「それで、ライガのことを影の中でも公にしない件も確定?」
と、訊いたのはひなた、今更それを蒸し返すかと、煌一が零した。
「ライガがどう考えているのか気になったんだ――神影以外の影がライガの存在を知れば、その影たちも陽であるライガに従うと考えていい」
「ヤツに取り込まれる前に、こちらに取り込む?」
そう言ったのは龍弥、
「煌一さんのおっしゃる通り危険を伴います。ハイリスク・ハイリターンと言ったところでしょうか」
マスターはどことなく素っ気ない物言いだ。
「僕の影は今のままでいい。今はまだ増やす気はない」
雷雅がきっぱりと言い切る。
「少なくとも、いきなり増えても僕には対応できる自信がない。ここにいる四人みたいに信頼関係を築けるとは思えない」
「これで公開するのはハイリスク・ローリターンになりました」
サラリとマスターが言い放ち、クスッとひなたが笑った。雷雅の存在は、いましばらくは公にしない。
「それじゃあ、神影での会議が始まる前に決めておかなくちゃならないことはもう一つだ」
次の総本部長を誰にするか。ひなたが難しい顔をしてそう言った。
「イチ推しされているのが神影家当主真輝、だが、神影家としては断りたい――今の状況で神影の頭領を総本部に出すなんて、敵にターゲットにしてくれと言っているようなものだ」
「それよりも評議員のまま裏で画策したほうがいい。だがそうなると誰に総本部を任せるかってことになる」
煌一とひなたが交互に説明する。
「影の一族間のことに、陽である僕に口出ししろと?」
「意見が聞きたいんだよ」
雷雅の疑念にひなたが微笑む。
「僕の意見――」
今は神影の力は結集させておきたい。と、なると神影のトップである煌一の父親を総本部に取られたくない。場合によっては総本部が敵に取られる場合もある。しかし、総本部を敵に取られたいわけじゃない。阻止するには――
「評議員に神影流は何人いますか?」
雷雅の問いに
「神影のほかは木陰と隠里の三人」
答えたのは煌一、
「隠里はタツヤの実家?」
と、雷雅がさらに問えば
「そう、その隠里。タツヤもお坊ちゃんなのさ」
クスッと笑うのはひなた、やめましょうよと龍弥が釘をさす。
そんな龍弥を雷雅が見詰める。龍弥がそんな雷雅に頷く。
「影としての覚悟はできているよ」
「では……隠里さんに総本部を任せたらどうでしょう」
雷雅が煌一とひなたに言った。




