74 ウサギが大好き
食事が終わるとひなたはすぐにパソコンを持って、奥の席に移った。そして溜息を吐く。
「データ不足って返信が来てる――首都圏、ほとんど提出がなかったから無理もないか」
「そんなに集まらなかったんだ? 神影ひなたの指令を無視?」
後ろから覗き込むのは煌一だ。
「急過ぎだからね。昨日の夜の指令で今日の早朝が期限じゃさ。わたしの指令だからじゃない」
今日の夕方までの締め切り厳守の命令に変えて、もう一度指示を出すとひなたが言う。
「昨日は提出のお願いって形にしたから――」
「おまえでも遠慮って言葉、知ってたんだな」
ひなたの反撃の前に喫煙ブースに逃げる煌一だ。
洗い物をしながら、ふと気になったことを雷雅がマスターに尋ねた。
「総本部が焼けて、会議って神影のお屋敷でしているの?」
総本部の火事で敵を手引きした影がいたはずならば、神影本家で会議をしては危ないのではないか、そう思った雷雅だ。
「たぶん、離れをお使いだと思いますよ。本家のお屋敷は神影一族しか入れないんです――雷雅さまが倒れられた時もお屋敷ではなく、こちらに帰られましたでしょう? 雷雅さまが陽の一族でも例外ではないんです。もっとも雷雅さまが強く命じたら判りません」
「あ、そういう事だったんだ?」
神影の屋敷より陽だまりのほうが安全だと思った雷雅だったが、そういう理由ではなかったようだ。
「それじゃ、タツヤも本家のお屋敷に入ったことがないの?」
龍弥に水を向けると、
「俺は神影の一族だよ」
と答えが来る。
「隠里って神影の分家なんだ?」
「いや、分家じゃない。神影流の一派。俺は、祖母が大奥さまの妹だから血縁関係があって、辛うじて神影の一族って屋敷が認めた――もし俺に子どもができたとして、母親が神影の一族じゃなければその子は神影とは認められないだろうね」
「屋敷が認めるかどうかなんだ?」
「うん、建てた時に強力な守りの術を掛けたらしい。三百年以上前――その術のお陰で戦争の時も、周囲は戦火で焼けたけど焼失を免れたらしいね」
「ひなたさんの木陰は分家だったよね?」
「そうだね……分家って言っても江戸時代初期から続く名門だけどね」
「それじゃ、今の戸籍じゃ親戚でも何でもないんじゃ?」
「嫁に行ったり貰ったりで、つかず離れずって感じのはず――血が薄くも濃くもなり過ぎないよう調整して、影の能力を維持しつつ暴走しないようにしてるんだ」
「能力の暴走なんてあるんだ?」
「うん、流産とか、虚弱体質とか、まぁ、障害があったり。虚弱体質や障害があって生まれた場合、半端ない能力を持っていることが多いんけど七歳くらいまでしか生きられない。能力が命を削るって考えられてる」
「へぇ……なんか、凄いね。しかもやっぱ――」
「時代錯誤?」
雷雅が言わんとすることを先に言って龍弥が笑う。
「うん――だってさ、本家だ分家だってだけでも僕には別の世界だし……ねぇ、神影の狩人って、全員神影の親戚なの?」
「そんなことはないよ」
「だって、神影本家に子どものころから引き取られて修行するんでしょう?」
「幹部候補は神影本家にってことになるけど、神影の一族から選ぶし――狩人として育てられる子は本家じゃなくて分家に預けられたり、本家預かりでも離れってのもいる」
「あ、タツヤ、幹部候補?」
まぁね、と龍弥が少しテレる。
「昨日からやってる会議って、全国から集まるって話だけど、何人ぐらい出席してるんだろう?」
「百人弱かな? 総本部長を決めるんだから、評議員と地区本部長、各県責任者は来てるだろうから」
「評議員?」
「うん、十名。そこに総本部長を加えた十一名で影の一族をどうするかを決めてるんだよ」
「それって多数決?」
「基本的にはね。長い物には巻かれろってんで有力者に諂うのが多いけど――ときには不服を言うのがいて、揉めるんだって」
「そういう時はどうするの?」
「説得してもダメだと、うーーん、排除する。でもそうなる前の警告で降参して従うことを選ぶ」
「排除?」
「まぁ、内乱だね。影が影を狩る」
「それって……殺し合い?」
「に、なることもある。が、そうなる前に降参するさ。影全体を敵に回して勝てる一族はない」
「実力者に諂うって言ったけど、結局実力主義?」
「そうなりますね――」
急にマスターが話に入ってくる。
「一番の実力者は大奥さまを擁した神影一族でした。大奥さまを亡くして揺らいではいますが、旦那さま、煌一さま、そしてひなたお嬢さまの三人がいらっしゃるので安泰だと思われます――神影家は能力のみならず、人徳も備えております。決して自分たちの利益を優先させたりは致しません。だからこそ長く安定した地位を維持しているのです。能力が全てであっても、支持を得らなければ遠からず潰されます」
マスターは、神影家は能力だけではないと言いたかったらしい。少しだけ心の中で笑ってしまった。マスターの身贔屓もあるだろうが、雷雅自身、煌一やひなたから強引さは感じても横暴を感じたことがない。
「それにしても神影家ってどんだけ金持ちなんだ? 百人近くが一堂に会して会議ができる離れって、離れって言えないくらい広いんじゃないの?」
まぁね、と龍弥が笑う。
「この、陽だまりの建物を横にしたくらい、かな」
「なんかその表現、判り難いけど結構判る」
どっちだよ、と龍弥が笑う。
「広さはあるけど高さがない?」
「三階建てで、一階は二百人規模で使える大会議室と五十人程度の会議室が二部屋ある。二階は練習場。スポーツジムみたいな感じと、柔剣道場みたいの。三階は寮になってて、個室の数は忘れた。個室にはミニキッチンとトイレがあるけど、広い共同キッチンがあって、大浴場とシャワーブースも共同。ただ共同部分の清掃管理は神影の担当者がすることになってる。神影直属の研修生や独身の狩人が住んでるんだ」
奥からひなたの『アイスココア!』と言う声がしてマスターが『承知しました』と答える。俺たちはコーラでも飲もうかと龍弥が言い、それじゃあ、煌一さまにはコーヒーを、とマスターが用意し始める。
「そう言えば煌一さんって、甘党だけどアイスクリームは食べないよね」
雷雅の質問に、龍弥がニヤリと笑う。
「アイスクリームだけじゃなく、かき氷とかも食べない、冷たい飲み物も控えめにしてる――腹、壊すから」
「えぇ? マジ?」
「冬になると毛糸の腹巻着用。噂だけどね」
クスクス笑いながら奥の席にコーラを持って二人で行った。ニヤニヤしている二人を見て煌一が『なにニヤけてる?』と 訝 ったが、龍弥が『マスターが今、コーヒー淹れてますから』と誤魔化した。
神影での会議は今日も影で行く、と煌一が言う。
「やはり雷雅を表に出すのは時期尚早だと思う。敵がライガを狙っているのは明白だし、タツヤを襲った影をまだ突き止めていない」
「タツヤを襲ったのは影で間違いない?」
ひなたの疑問に
「あれは影です」
龍弥がきっぱりと答える。
「じゃあさ、会議で龍弥が襲撃されたことを出そう」
ひなたの提案に、
「誰か、もしくはどこかの流派を追求しなくちゃならなくなる。総本部を襲った犯人と同一とも限らない。今はやめたほうがいい」
と煌一が言えば
「タツヤを襲った影と総本部を売った影は同一だよ――総本部を襲ったヤツはライガを欲しがっている。タツヤを襲ったヤツが欲しかったのは雷雅の情報。そうだよね、タツヤ?」
ひなたが応戦する。
急に振られた龍弥が
「いや……あの時、俺の最重要事項はライだったから、今でもだけど。で、とっさにライのことを隠したけど、向こうが俺を襲った目的は判らない、ってのが本音です」
それ見ろ、と言った態で煌一がひなたを見た。
マスターが、アイスココアとコーヒーを二杯運んできて話に加わる。ココアはホイップされた生クリームがくるくると絞りだされていた。クリームの上には小さなウサギ型のクッキーが一枚乗せられ、さらに銀色の粒々で飾られている。ひなたが嬉しそうにニッコリした。コーヒーは煌一とマスターの分だ。
ふと思いだした雷雅が
「そう言えばひなたさん、ウサギが好きでしたね」
とニッコリすると、龍弥が
「ウサギって鶏肉に似てるらしいですね」
と言って、マスターに失笑される。
咳払いしたひなたが
「ウサギほど可愛くて愛らしい生き物はこの世にいない」
と決めつけると、すぐさま煌一が
「って言うから、動物園のふれあいコーナーに連れて行ったら、怖がって涙目になっていたがな」
と暴露する。
煌一を睨みつけるひなた、龍弥が、
「動物園デートなんかしてたんですね」
と言えば、ニヤリとひなたが笑い、今度は煌一が気まずい顔になった。きっと、動物園に行きたがったのは煌一だと思いながら、
「話を進めましょうか」
ニヤニヤを止められないまま雷雅が先を促した。




