71 二人の術者
担当エリア内での災厄魂の発見数と捕獲数、災厄魂によると思われる凶悪犯罪の発生状況のデータ、それを全国の影の支部に提出するよう指令を出した……疲れたらしく、ひなたが溜息を吐いた。
「発見数イコール捕獲数なんですか?」
雷雅の質問に、
「発見数マイナス捕獲数で、取り逃がした数が判る」
煌一が答えた。
「明日の会議は何時からだったっけ?」
ひなたが煌一に確認する。
「神影での会議なら十時からだが?」
「十時か……データの提出の締め切りを明日の午前六時にした。間に合うかな?」
「うん? 会議でこの件を持ち出す気か? 確証もないのに?」
「緊急指令で出してある。何事かって必ず会議で聞かれる――体制を見直すためと理由はつけられる。でも、それならそれで、解析済みのデータがあったほうがいいよね?」
「それで? 指示無視の支部は出ないのか?」
「そんなのがいたら、会議でその支部を責めればいい。今の事態を正しく認識していないとね――今後は本部で掌握できるよう、システムを構築したほうがいいって提案するか?」
チョココーティングしたスティッククッキーをポリポリと齧って短くしながら、上目遣いで瞳をクリクリさせたひなたが煌一を見る。こんな時だが、凄く可愛い。齧歯目みたいな食い方はやめろと煌一がムッとして視線を逸らした。あれは煌一がテレたんだ、と雷雅は思った。
煌一を気にすることなくひなたが雷雅に問いかける。
「これで検討材料は出揃った? 書付、二つの指輪、早紀さんのことを知らせてきた男、電車で遭遇した男、今日、攻撃を仕掛けてきた男。そしてマスターの経験談――ライガ、これで終わり?」
「あ……」
これで全部か? 僕が知っていること、気になっていること――
「そう言えば、タツヤを襲ったのは誰だろう? それに、ショッピングセンターから日光方面に逃走した闇はその後どうなったんですか?」
そうだ、まだあの件も解決していない。ひなたがパソコンに打ち込んだのは、きっと議題を整理しているのだろう。画面を覗き込んで煌一が溜息を吐く。
「問題山積だな――まずは雷雅の書付と指輪を検討しよう。何か判れば糸口になるかもしれない」
いったん片付けておいた書付と指輪を龍弥がテーブルに出す。雷雅が書付に掌を翳しているうちに煌一が指輪を手に取り、念入りに見始める。
「へぇ……現しても一定時間で消えちゃうんだね」
裏面の文字が浮かび上がったところでひなたが書付を手に取る。
「うん、たぶん用心のためじゃないかな? 消えろって念じても消えるけど、ほっとくといつの間にか消えてる」
「念のために聞くけど、ライガの親戚に神社関係はないよね?」
と、ひなたのこの質問は煌一に向けたものだ。
すると煌一は指輪から目を離さず、答える。
「数代遡って戸籍を調べたけど、神職とは無関係だったね。だいたい、それを書いたのは父親のほうなんだから、そっちが調べられなきゃ意味ないんじゃないか?」
「神社って何か関係あるんですか?」
これは雷雅だ。
「古には、陽も影も神職だったんだよ。影はかなり早い時点で神社からは離れたけれど、戦国時代の終わりころまで陽のほとんどが神職だったし、最後の陽の一族と言われる人物も神職だ。キリスト教を排除しようとした動きの裏には陽の存在がある。仏教を許した、これ以上は許せないってことらしい」
煌一の解説に龍弥が小さな声で、影に伝わる文書に記録があると付け加えた。
ひなたが『ねぇねぇ』と雷雅に話しかける。
「この書付、裏に掌、翳したじゃん。表にもやってみた?」
「あ、いや――」
「やってないならやってみて」
書付を手渡してくる。
受け取った書付をテーブルに広げ、手を翳してみるが変化はない。が――
「何かありますね」
と雷雅が呟く。煌一が顔を上げて雷雅を見た。
「何かあるけれど、姿を現さない?」
「はい、そう言う事だと思います――なんだろう、これ?」
首を捻る雷雅に
「どう感じるんだ?」
とひなたが訊く。
「うーーん……なんか、重くて、そう、熱い感じ」
「裏からは何か感じた?」
「そっちは、なんとなく思いついてやってみたら文字が出てきてって感じで……特に何も――」
するとひなたが煌一を見る。
「裏側の呪術が表に影響してるってことは?」
「それだったら、裏も同じように感じそうだな――やはり俺には、裏も表も何も感知できない」
煌一が書付を取って掌を両面に当てて言う。
「こっちの指輪も雷雅が言うような刻印は読めないし、何も検知できない。やはり陽にしか読めない術が使われているんだろうね」
書付を置き、いったんテーブルに乗せていた二つの指輪を持って、ひなたに渡す。ひなたはそれを掌で受け取って表情を動かした。
「コーちゃん、この指輪、握りしめた?」
「えっ?」
「タツヤ、ちょっと掌を広げて」
ひなたに言われて手を広げた龍弥の掌にひなたが指輪を乗せる。
「温かい?」
「いいえ、ヒンヤリしてますよ、ひなたさん」
「ふうん――」
龍弥がひなたに指輪を返す。
「ほわほわ温かいんだけどねぇ……」
煌一と龍弥がひなたを見つめ、ひなたは指輪の内側を覗き込む。
「うん、なんでだろう? 雷雅が言う刻印が、わたしには見える――マスター、マスターはどう?」
ひなたがマスターに指輪を渡した。
受け取った二つの指輪をマスターが一つはテーブルに置き、一つずつ丁寧に確認していった。
「いいえ、わたしにも指輪はヒンヤリ、刻印はなしとしか……」
「そうか――」
差し出されたひなたの手にマスターが指輪を返す。
「ライガ、これ、嵌めてみた? ちょっと嵌めてみてもいい?」
「いえ、見ただけで――嵌めてみてください」
「うーーーん……ダメだね、嵌められない」
「そんなに小さいようには見えないけど?」
煌一が言ったのは指輪のサイズだ。
「いや、指先すら入らない、指輪が拒んでいる――ライガ、嵌めてみ」
男性用の指輪をひなたが雷雅に渡す。
「普通に嵌められるけど、僕には大きい」
「こっちも試してみて」
今度は女性用のものだ。
「こっちは……小さくて途中まで」
「つまり拒まれてはいない、っと――なるほどね」
ひなたが煌一に頷いた。
「刻印は見えるが、嵌めることは許されない。刻印に掛けられた呪いと、嵌めることを許さない呪い、同一人物によるものではないって感じるんだけど、どう?」
煌一が軽く舌打ちして答える。
「俺にはその指輪から何も感じ取れない――ちょっと貸せ」
煌一も指輪を嵌めてみようとするが、やはり指先さえも入れられないようだ。
「見た目は輪だけど、触ると硬貨みたいな感じだな――ひなたがそう感じるなら、きっと術者は別なのだろう。ライガはどう感じる?」
煌一から龍弥に指輪が渡り、龍弥も嵌めようと試みてだめだったようだ。
龍弥を眺めながら、雷雅が答える。
「僕には刻印が見えるし、そこには不自然さを感じない、指に嵌めるのも。だからなんとも――術者が二人いても奇怪しくないとは思います」
「早紀さんと、そのお相手?」
これはひなただ。
「はい。二人が別々に術を掛けた。充分あり得ると思います」
「だったら……」
龍弥がテーブルに置いた指輪を手に取ってひなたが言った。
「刻印を見えなくしたのは早紀さんの相手、指輪を嵌められなくしたのは早紀さんだと思う――ライガ以外の他人に嵌めて欲しくないと早紀さんが思うのはごく自然だよね。で、さっきのマスターの話から、敵は女性に甘い、あるいは弱い。違うかな?」
なんだ、それ? と、煌一がひなたを見た。




