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神影ひなた の シャドウ・ビジネス  作者: 寄賀あける
第1部  示される能力(ちから)

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7/120

7   初仕事?

 食事は三食、喫茶室『陽だまり』で用意してくれた。昼食は弁当だ。マスターの料理はどれもおいしく、不満などない。それでも心のどこかで『母さんとは違う』と思ってしまった。


 ひなたと一緒に病院に会いに行った時、一通り雷雅(らいが)と話した後、ひなたと二人で話があるからと席を外すよう母が言った。いったい何を話したんだろうと気になったが、訊く勇気がなかった。


 母さんとひなたの内緒話は病状のことのような気がした。医者も母さんも、ひょっとしたら雷雅には病状を正しく伝えていないのかもしれない、そんな悪い予感がした。


 ひなたと遭遇した翌日には、マスターの隣の部屋に新品のベッドが運び込まれ、身の回りの物をもとの家から移した。家財はひなたの手配で新居に持ち込まれたり処分されたりした。思った通り、居室に窓はあったがベランダはなく、洗濯物は屋上に干すように言われた。


 デパートに連れていかれ、

「カーテンは今のじゃサイズが合わないから、新調するしかないね。好きな物を選んで」

と言われたが、そんなものを選んだことがない。雷雅が困ると、寝具に合わせたものをひなたが選び、ラグも同じテイストに合わせて揃えてくれた。こんなおしゃれな部屋じゃ落ち着かないと思ったが、意外にも二日で慣れた。


 学校には母の急病で親戚に世話になることになったと話した。その時はひなたではなくマスターが来てくれた。若いひなたより、年配のマスターのほうが社会的に信用される(実質ただの見た目だ)だろうとの考えだ。その時、マスターの名前が『裏家(うらいえ)(てる)()』だと知った。


 『影』が苗字に付くのかと思ってました、という雷雅に

「それは本家筋、分家は『裏』『後』など、影ができる場所を示すことが多うございます」

学校に向かう車を運転しながらマスターが苦笑した。


 それじゃあ僕の暁月(あかつき)は? と問う雷雅にマスターは

「アカツキは()の一族の総本家でございます。一族総出でお守りしたと考えられます。だから今もこうして雷雅さまに受け継がれているのでしょう」

と、感慨深そうな顔をした。一族総出と言われても雷雅に覚えがあるはずもなく、複雑な心境だった。訊かなきゃよかったと思った。


 朝起きて、身支度を済ませ、『陽だまり』で朝食を摂ってから弁当を貰って登校した。時には母の病院に寄ることもあったが、終われば真直(まっす)ぐ『陽だまり』に帰った。『陽だまり』に帰る、と言っても外階段を使って自宅に戻り、着替えると内階段で店に出た。


 エプロンをつけ、二十二時までマスターの手伝いをしながら、ひなたの隣の席で勉強や読書で過ごした。『陽だまり』の営業は六時から二十二時まで、年中無休。学校が休みの日は母の見舞いに行くほかは店で過ごした雷雅だった。


 日没三十分前から日の出三十分後まで外出を禁じられた以外、雷雅に課せられた制約はなかった。店の手伝いもしたくなければしなくていいと言われた。


 黄昏(たそがれ)時に(さい)(やく)(こん)は姿を現し、(かわ)(たれ)時に姿を隠すとひなたは言った。

「特に黄昏(たそがれ)時……逢魔(おうま)が時にヤツ等の力は強い――ヤツらは夜の間はどこかに潜んで獲物を待っている。彼誰(かわたれ)、つまり日の出前の昧旦(まいたん)はヤツ等が焦って身を隠そうとする時刻、向こうも必死だから出来れば遭遇を避けたい」


 公園で雷雅を見つけた時、こんな時間には出ないだろうと思っていたようだが一番出やすい時間だったのだよと、ひなたは笑った。


 店を手伝わなくてよいと言われても、誰もいない部屋に一人でいるのは心細く、雷雅は閉店まで店で過ごした。店ならば、マスターもいればひなたもいる。そして客は驚くほど少なかった。


「こんなで喫茶室、潰れないの?」

マスターに聞こえないよう雷雅がこっそりひなたに訊くと、ひなたはフンと鼻で笑った。

「喫茶室は隠れ蓑だ」

なるほど、本業はシャドウ・ビジネスか。言葉にはしなかったが納得した雷雅だ。


 とは言え、そのシャドウ・ビジネスもしているのかいないのか、ひなたはいつもあの席にいる。日がな一日、飲んだり食べたり、雷雅がいればかまってみたり、仕事をしているようにはとても見えない。


 ひなたは雷雅が隣で勉強を始めると覗き込んできて的確な指示と説明をくれた。言葉は相変わらず()()ら棒だが、マスターが言うとおり本当は優しい人なのかもしれないと、雷雅も思い始めている。同時に、ただの暇つぶしだろうとも思った。


 これであの、わけの判らない表現で雷雅を焦らせ揶揄(からか)ってこなければ、雷雅にとっても居心地の良い場所だった。慣れてくれば、今日は何を言い出すのだろうと少し期待した。気心(きごころ)知れてくれば綺麗なお姉さんができた気分で、ひなたに感じるドキドキは不快じゃなかった。


 そして何事もないまま、三週間余りが過ぎ――


 チッ、とひなたの舌打ちが聞こえた。月曜の夕刻、そろそろ日没、雷雅は帰ってきていて、ひなたの隣でひなたに借りた小説を読んでいた時だった。


山陰(やまかげ)のヤツ、しくじった」

「お嬢さま……」

マスターまで観葉植物を回り込んできて青い顔を見せる。


「マスター、とりあえず閉店して。それから屋上に侵入者()けを」

ひなたの指示に『承知しました』とマスターが動き出す。何かが起きた、いくら雷雅でもそれくらいは判る。


 なにがあった、と問う雷雅にひなたがイヤそうな顔をする。

「今日、ちょっと強力な災厄魂(さいやくこん)が現れる予兆があった。それで山陰ってヤツが配下を引き連れて出現場所を張ってたんだが――」


 予測通り現れた災厄魂は、予測以上に強力だった。山陰は負傷し、災厄魂はまんまと逃げた。


「逃げた災厄魂はどうなるの?」

「今のところ人間に()りついた気配はないが――放っておけばいずれ憑りつき、凶悪犯罪を引き起こす」


 あるいは()の一族、つまり雷雅、キミを狙ってここに来るかもしれない。


「キミの存在は既に知られている、影の一族が(かくま)ったこともだ。強力な災厄魂ならば影の気配を追ってここに来ないとも限らない」


 屋上の装置を作動させてまいりました……マスターが店に戻ってくる。


「屋上にはグルリと照明を取り付けてある。災厄魂はね、人に()りついていなければ光に弱いのだよ。ヤツ等、光の中では身動き取れなくなる」


 だが、人に憑りつけば光に影響されなくなる。どこにでも行け、いつでも動き回れる。だから人に憑りつきたいんだ。


「わたしも行くべきだったか……」

悔し気にひなたが呟く。

煌一(こういち)は昨日から京都に行っているんだ。向こうでも災厄魂を取り逃がしたらしくて、助っ人に呼ばれて狩りに出かけたんだが」

その隙を突かれた、そう言って難しい顔をする。


 そんなひなたにマスターが

「やはりそうなのでしょうか?」

と問う。なにがそう(・・)なんだろう? 雷雅は黙って二人の話を聞く。


「いや、まだそう決めつけられるほどの材料がない」

「しかし、ここ最近の災厄魂の動き、通常では考えられないようなことも多くなってまいりました」


「うん、そうだね。まるで災厄魂に誰かが指示を出しているように見える。でも、偶然じゃないとも言い切れない」

「偶然ならよろしいのですが ――それで、今回の件はどうなさいますか?」


「山陰の配下が今、煌一と連絡を取っている。まずは取り逃がした災厄魂を処理することになるだろう――山陰は動けないから、わたしか北川(きたがわ)が行くことになる。あるいはわたしが北川を引き連れていくか……」


 それほどの大物だったのですね、とマスターが困惑する。

「まぁ、こうしていても仕方がない。指示が出る前に腹拵(はらごしら)えだ――ライガ、おまえも食え」


 カウンターに戻ったマスターが『バナナがありますよ』とひなたに言えば、『今日はメロンパフェの気分だ。バナナはそのまま食べる』とひなたが答える。雷雅はパフェもバナナも断った。


「腹、減ってないの?」

バナナに(かじ)りつきながら訊くひなたを無視して雷雅はマスターに、

「今日の晩御飯、なんですか?」

と訊いた。近頃の雷雅、バナナは見るのも怖い。


 夕飯はかつ丼、ダイコンと小松菜の味噌汁、それに漬物が添えられていた。例によってひなたは半量程度、雷雅が知る限り、ひなたが追加で頼んだことはない。必ず食事の前にパフェやケーキを食べるのだから、あんなことを言っていたけれど半量でちょうどいいのだろう。


 食べ終わってお茶を飲んでいるとき、雷雅がひなたに尋ねた。

「テレパシーで連絡を取っているんですか?」

うん? とひなたが雷雅を見る。


「そうだね、まぁ、似たようなもんだね」

と笑う。


「似たようなもん、って厳密には違うってこと?」

「うん、影の一族の中でも、能力の高い者だけが繋がれるネットワークがあるんだ」

「ネットワーク?」


「脳内で完了できるSNSみたいなもんだよ」

「へぇ……」

「今、なんかヤだな、って思ったな?」

「頭の中で完了ってのがね。慣れるまで気持ち悪くなりそう」

「そうか……そうかもしれないね」


 不意にひなたが、持っていた湯呑をタンとテーブルに置いた。

煌一(こういち)からの指令だ。ライガ、おまえを連れて来い、って」

「えっ?」


 奥からマスターが顔を出し、心配そうに雷雅を見る。

「雷雅さまは現場に出さないお約束では?」

「うん、煌一のヤツ、気が変わったらしい――でなければ、()の一族の能力(ちから)が必要なほどの相手ってことか」


能力(ちから)って――僕、何もできないよ?」

不安気な雷雅の顔を、やはり不安気な顔でひなたが見た。

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