67 ほとばしる閃光
池を眺めるひなたの目は懐かしそうだ。
「うん、付き合うって決める前のことだけどね」
「やっぱり、煌一さんから付き合ってって申し込んできたんですか?」
と雷雅が訊くと、ひなたが含羞んで微笑む。
「ライには何度も言ってるじゃん。煌一がわたしに夢中になったって」
「へぇ、そうだったんですね」
これは龍弥だ。
「タツヤは煌一さんがひなたさんと付き合ってるって知らなかったんだ?」
「俺が煌一さん直属になったのは二人が婚約してからだから。煌一さんが大学卒業した時だよ、婚約したのは」
「よく覚えてるね」
ひなたがちょっと驚いて龍弥を見た。
「そりゃあ覚えてますよ。大学を卒業して煌一さん、本格的に活動を始めるから傍について修業しろって言われて――最初は物凄く怖くってさぁ」
「そうだったんだ?」
驚く雷雅に、
「怒られもしないし怒鳴られもしないんだけど、いっつも怖い顔。まぁさ、影なんてニコリともしないヤツが多いけど、怒った顔ってのもない――普通にしてるとついニヤけちゃうのを隠してたんだって、あとで山蔭さんに聞いた」
「それ、本当?」
雷雅が笑いながら龍弥に訊き、
「煌一らしいね」
とひなたが笑う。
「随分とお楽しみのようだな」
怒気を帯びた煌一の声が背後から聞こえたのはその時だった。
ピタッと止まる三人の笑い、怖い顔で三人を睨みつける煌一、
(怒ってるよね?)
雷雅が龍弥の意識に話しかけると、
(いや、そりゃ、怒っているかと……)
龍弥が恐る恐る返してくる。
「どうせ悪口を言うなら、なんで初めから影、あるいは意識同士で話さない?」
煌一は相当怒っているようだ。
「声に出してたってことは、俺に聞かせたかったってことか? えっ? タツ!」
名指しされて龍弥が縮こまる。
「悪口じゃないってば」
そう言ったのはひなただ。フン、と煌一がソッポを向く。
「もういい、行くぞ」
怒りが収まったわけでもなさそうだが、煌一が池の先へと進んでいく。
(怒ってるんじゃないよ)
ひなたが雷雅の意識に話しかけてきた。きっと龍弥にも話しかけているだろう。龍弥がちょっとだけ揺れた。前を行く煌一からは湯気をあげそうな雰囲気が漂っている。
(二人と仲良さそうに笑っていたから妬いただけ)
(えっ?)
思わず顔を見合わせた雷雅と龍弥、やっぱり龍弥にも話しかけているんだと雷雅が思う。
(ライガの争いを好まないところも好きって、さっき言ったやん。あの時から少しご機嫌斜めだったから――ほっとけばそのうち直る。嫌な思いさせてごめんね)
気にしていません、そうひなたに言いたかったが、龍弥はどのタイミングでひなたに話しかけるんだろうと躊躇った。意識への呼びかけは同時に数人を相手にできる。でもそれは一対一だ。一対一を複数と言うことだ。それを複数人で会議みたいにはできないのかなと、ふと思う。
そう言えば最近、僕がバリアを張っているからか、ひなたさんは僕の影に聞いたって言わなくなった。影で意思の疎通をはかるって、やっぱり一対一なのか?
(気にしていません。タツヤもだろ?)
雷雅が、ひなたに向けた意識の中に龍弥を呼び寄せるように話しかける。
(えっ?)
(あ……)
捕まえた、そう感じた。二人の意識が同時に僕の意識に呼応している。そして二人の間にも繋がりができた。
「どうやったんだ?」
ひなたがつい立ち止まり、声を出す。気付いた煌一も立ち止まる。
「タツヤの意識をこっちにって呼ぶというか、引っ張るって言うか……」
巧く説明できない雷雅、煌一が
「こいつ、今度は何をした?」
ひなたに問う。
「こうしたんです」
(煌一さんを悪く言ったわけじゃないんです。ね? ひなたさん、タツヤ)
既に解除されていた意識の繋がりを、再び雷雅が繋ぎ直す。煌一と繋がった意識をベースにひなたと龍弥を呼び寄せれば、そこに煌一とひなた・タツヤ、三人の意識が存在すると感じる。煌一もちゃんと感じているはずだ。意識の中で絶句している。
(こんなことができるんだね)
ひなたの言葉は称賛だろう。
(リストアップされてる陽の能力にあるものでしょうか?)
龍弥が知りたいのは、この能力が陽なら誰にでもあるものか、それとも雷雅特有のものなのかだろう。
ややあって煌一がぽつりと言った。もちろん意識の中でだ。
(これでおまえら、内緒話がしやすくなったな――ライガ、思いついてやってみたらできたってことか?)
(はい。二人と同時にできるなら、それを纏められたらいいなと思いました)
(そんなに俺の悪口は楽しかったかい?)
(だから! 悪口じゃないってば!)
これはひなただ。
(はい、もしも悪口だとしても好意的な悪口です)
と、少し笑って龍弥が言った。
(好意的な悪口ねぇ……物は言いようだな、タツ。まぁ、嫌われちゃいないのはよく判っているよ)
苦笑した煌一が退出するのを雷雅が感じる。もう一度呼ぶ必要を感じない雷雅、他の二人とも意識の繋がりを切った。
歩きながら雷雅が煌一に問う。
「タツヤが気にしてたけど、さっきの能力って、陽の能力として認知されているものなんでしょうか?」
「俺の知識にはない。多分、未知のものだ」
「心配なのは、ああやって会議しているところに他の影……いや、可能性があるのは陽ですね――は、無理やり入り込めるのかってことです」
「それは……未知のものなのだから言い切れないが、突入しようとする陽の能力次第だと思う」
「能力次第? 意識上の会議が可能かどうか?」
「それもあると思うが、胴元、今はライガだったな、と侵入しようとする陽、どちらの能力が強いか。ライガのほうが強くて侵入を拒んだら、当然入って来られないと思う」
「そっか……そりゃ、そうですよね」
煌一が立ち止まって雷雅を見る。
「本当にどんどん目覚めていくな――大丈夫か?」
「大丈夫、って?」
「急激な変化は心身に悪影響を及ぼしそうだ。無理しないように。できるからって能力を乱用するな――何かあればひなたにでも俺にでも、タツヤでもいい、ちゃんと相談しろよ」
「はい」
煌一に笑顔を向けて答える雷雅だ。ひなたが、煌一は本当は優しいって言っていたのを思い出した。
曲がりくねる小道が余計に遠く感じさせているのだろうけれど、随分と広い庭だと雷雅が思い始めるころ、狭い竹藪を間に、むこう側とこちら側の境を示す竹を組んだ柵が見えてきた。柵を辿れば木戸も見える。その木戸を見て、雷雅の足が止まる。
「ダメだ……」
雷雅の呟きに、龍弥も足を止め、ひなたが振り返る。
「ダメだ!」
雷雅が叫び、木戸に手を掛けたまま煌一も振り返る。
「すぐにその柵から離れろ! 離れるんだっ!」
雷雅が叫んだ時、どこからか木戸を狙って閃光が放たれた――




