66 デートの思い出
煌一がコホンと咳払いして、
「で、その男といつ会うんだ? コンタクトは取れるのか?」
と雷雅に尋ねた。
「判りません。でも、ここに来いって言っておきましたから。そのうち現れると思います」
「ここって、陽だまりにか?」
煌一が驚いて大きな声を出し、カウンターのほうからはマスターの押し殺した笑い声が聞こえた。
「本当に、雷雅さまはわたしどもが考え付かないことをなさいます」
「影の本拠地の一つなんだぞ、ここは。神影ひなたの隠れ家を、正体不明の陽に教えたって?」
「教えなくても既に知られてます。向こうから話しかけてこなければ、僕だって存在に気付けない。向こうがこちらを尾行するのは簡単です」
「あ、いや……」
「そうだ、影はここに許可がなきゃ入れないって言ってたけど、陽は?」
雷雅の質問に、面白そうに眺めていたひなたが、
「陽はノーマーク。てかさ、入れないようにしてたって、入れちゃうでしょ? わたしも煌一も、マスターだって、少なくとも葬儀の場に現れた陽に気付けなかったんだから。気が付けないものをどう制御する?」
と言ってからマスターに『パフェ三つ、大至急で持ってきて』と声を張り上げた。
「たまにはコーちゃんも食べる?」
フン、と煌一が顔を逸らす。煌一はどうも甘党のようなのに、パフェとかアイスクリームを食べているところを見たことない。
「俺がいない時にソイツが来たらどうするんだ?」
「その時は大急ぎで帰ってきてください」
「無茶言うな。影はともかく、遠方に行ってたらすぐになんか戻れるか」
「近いうちに必ず来ます、だからそれまでなるべく近場にいるように」
煌一が舌打ちした。雷雅の命令には逆らえない。
「煌一さんが戻るまで、タツヤとマスターが僕を守ります。ひなたさんがいればひなたさんも――これで問題はありませんね?」
煌一は腕を組んで何か言いたげだが、目を閉じて何も言わない。ひなたはニヤニヤ雷雅を見るだけ、龍弥は嬉しそうな顔を隠すように俯いている。
「問題はいつ神影に行くか――これは明日の午前中にする?」
そう言いながら雷雅が龍弥を見た。なぜ俺? そう言いたそうな龍弥だが
「電車の男は明日にでも来る可能性がある。そして神影を襲った犯人を知っていると言った。犯人が判れば、神影に行く必要がなくなる?」
と、質問に質問で返してきた。
「神影に行くのは犯人の手がかりを見つけるため、なんだろうか?」
更に雷雅が、それに質問で答えた。あるいは自問自答か。答えを待たずに雷雅が呟く。
「うん、それもある。でもそれ以上に……そうだ、残留思念――残留思念を見たかったんだ」
「残留思念?」
その場にいた三人の影の声が揃う。カウンターではマスターがスプーンを落としたガチャンという音がした。
煌一がマジマジと雷雅を見る。
「残留思念を読める、そう感じているんだな?」
「うん、そう感じている」
深刻な顔の煌一、キラキラ瞳を輝かせるひなた、誇らしそうな龍弥の視線、それらを見渡して雷雅が微笑む。
「強い思い、そして最近のものなら読み取れる。少なくともあの現場には、僕が読まなきゃならない思いが残っている――これは確信だ」
「だったら!」
龍弥が珍しく自分から口を開く。
「今すぐにでも――どうですか、煌一さん?」
「またあそこに? 帰ってきたばかりだぞ、おい」
そう言いながらも、行くなら行くかと付け加える。それなら、と雷雅が微笑んだ。
「パフェ、食べてから行きましょう。せっかくマスターが作ってくれたんだし――マスターは残ってここを守ってください」
パフェを運んできたマスターを見上げて雷雅が言えば、『畏まりました』とマスターが、やはり微笑む。
パフェは数種の果物を乗せたものだった。スイカ・メロン・キウイ・リンゴ・ペアーは板状のものが、なぜか動物の形に型抜きされている。他に二種類のブドウ、さらにサクランボが一つ飾られていて、ひなたを大喜びさせた。
「やった! クマさん、ウサギさん、パンダちゃん! 食べちゃうぞ、食べちゃうぞ。覚悟しろ!」
燥 ぐひなたを、まるで子どもだと呆れて見る雷雅の前にも同じものが置かれ、苦笑して立ち上がった煌一がマスターの肩をポンと叩いて喫煙ブースに向かった。自分の前にも同じパフェが置かれた龍弥が、えっ? という顔をした。それを見てマスターが満足そうな顔をする。
こっそり龍弥が雷雅に耳打ちする。
「どんな形に切ったって、味は同じなのにね」
まぁね、と答えてから、雷雅は龍弥の意識に話しかけた。
(ひなたさんが大喜びしてる――それに少しだけ、心の疲れが取れたような気がするよ)
龍弥がひなたを見る。『ごめんね、パンダちゃん』と言いながら、ひなたがパクッとメロンを口に放り込んだ。
(ひなたさん、わざとお道化てる?)
今度は龍弥が雷雅の意識に話しかけた。
(そうかもしれないね)
サクランボの軸を摘まんで口元に持っていきながら雷雅が答えた。少しだけサクランボについていた生クリームの甘さが染みた。
マスターは残って陽だまりを守ることになり、煌一の車で神影に向かう。
「総本部じゃなくって神影の屋敷のほうから入るぞ」
運転しながら煌一が言った。
助手席にはひなた、後部シートに雷雅と龍弥が乗り込んだ。今日は普通にそこらで見かけるようなセダン、そう言えば毎回車が違う。用心のためなのだろう。
ルートは前回来た時とほぼ同じだが、もう少しで目的地というところで逸れた。総本部の前を通らないよう遠回りをしたようだ。公園のように樹木が建ち並ぶ場所に面した、片側二車線に歩道付きの広い道路を進んでいく。そこから片側一車線、歩道も片側のやや狭い道に入った。道の左右に大きな家が並んでいる。
「お屋敷町って感じだね」
雷雅の呟きに答える声はない。
ひなたがダッシュボードから何か取り出したと思うと、車が減速し道の端に寄せて停まる。ひなたが出したのはリモコンだったようで、左側の大きな家の門が音を立てて開いた。他の車とのタイミングを見て門を潜ると、後ろでガラガラと門の締まる音がした。
車が入っていったのは駐車場だ。植栽の間を通る小道を行くと、屋敷の表に出られそうだ。思った通り、車を降りた煌一がその小道を進んだ。龍弥とひなたに促され、雷雅もあとに続く。
屋敷の正面では、煌一が誰かと話していた。その後ろに控えていたメイド然とした女性がいち早くひなたに気が付くと、寄ってきて
「若奥さま」
と、ひなたに声をかける。雷雅は吹き出しそうになったが龍弥は慣れっこなのか、顔色一つ変えない。
「先ほど来た時は忙しくて、久方ぶりなのに庭を見ていないのです。それを思い出したから出直してまいりました」
言葉遣いも若奥さまなひなただ。
「少し散策したいと思います――煌一さまにもそうお伝えして……ついて来なくて結構よ」
そう言ってメイドを遠ざけ、雷雅と龍弥に目配せして歩き出す。駐車場から来たのとは別の小道に入っていく。
暫くすると、ひなたがクスッと笑った。大奥さまに会った時、建屋の中から見えた鯉が泳いでいそうな池の畔だった。
「この池で煌一と待ち合わせたことがある――内緒で会っていたのに、誰かの気配が近づいて……慌てた煌一が池に落ちた。見られたくなくて、わたしは煌一を見捨ててトットと逃げた」
「あとで怒られなかった?」
雷雅の問いにひなたが微笑む。
「いいや、謝ってきた。せっかく来てくれたのにごめんって。もう会わないなんて言わないでって――あの頃の煌一は素直だったな」
嬉しそうなひなただ。
「あ、こんな話、聞いたなんて煌一に言うなよ。特にタツヤ、絶対だめだから!」
笑いを噛み殺していた龍弥が『もちろんです』と答えてからとうとう笑った。
「デートはいつもここだったんですか?」
雷雅の問いに
「まさか!」
とひなたが笑う。
「ここで会うのは研修所に用があって来たときだけ。いつもは学校の行き帰り。最初は待ち伏せされててね。びっくりした」
「煌一さんが待ち伏せ?」
驚いて龍弥が横から訊いてくる。




