64 不機嫌な煌一
監視カメラってどこにあるの? 雷雅の質問に龍弥が苦笑した。
「ごめん、そんなのない。影が見張ってる。社会的に監視カメラって言わなきゃ拙いから、そう言ってるだけ」
片側二車線、広い歩道が両側にある道路を隔て、門の対面から様子を窺っていた。
「影ってどこにいるのさ?」
「木の影に潜んでる、本体はコントロールルーム。門扉を動かすのもその部屋――おっと、こっちに気が付いた」
チッと龍弥が舌打ちする。
「早速煌一さんにご注進だ。どうする?」
「本物の煌一さん?」
「本物って言うか、煌一さんの影の本物」
「そうだよね、本体は陽だまりにいるはず」
さりげなく龍弥の影が電線の影に接触する。電線から別の影がフワッと龍弥の影に入り込むのが雷雅にも判った。
(なんでここにいる?)
煌一の声が雷雅の意識に話しかけてきた。少し怒っているようだ。
(現場を見れば何かが判るような気がして)
(連れて行くって話だったと思うが? なぜ家で待ってなかった? 朝、起きてくれれば、俺たちも本体ごとこっちに来たのに)
(あ、ごめん。寝たのが遅くて)
(いい気なもんだ。俺にはさっさと寝ろって言ったくせに)
最後は苦笑交じりだ。
(まぁいい。早く陽だまりに帰れ――俺だって、すぐにでもおまえに現場を見せたいが今はダメだ。影の統率が取れていない)
(揉めてるの?)
(帰ってから話す。多分あと一時間程度でいったん閉会になる。続きは明日だ――マスターが心配している。気を付けて帰れ)
煌一の声が途切れて少し後、龍弥の影が震え、一部がフワッと電線に移った。
「帰ろう」
龍弥が雷雅を促す。
「怒られた?」
「まあね」
龍弥が苦笑いし、
「でも、雷雅の命令だからって言い訳したら、それ以上は言われなかった」
愉快そうに笑った。
歩き出したはいいものの、誰かに見られているような気がして落ち着かない雷雅、それに気づいた龍弥が、
「電線伝いに影が三人、ついてきてる。煌一さんの部下だ」
と呟く。
「どこまで来るのかな?」
「駅まで護衛をつけるって煌一さんが言ってた」
その言葉の通り改札を抜けると視線を感じなくなった。
美立山駅にはマスターが車で迎えに来ていた。
「店にいらっしゃらないので、お部屋にいるとばかり思っておりました」
お腹が減れば降りて来ると思って店で待ったがいっこうに来ない。内線電話を掛けたが出ない。部屋に見に行こうか迷っているところに煌一から連絡があった。
「すぐ神影までお迎えに上がると申しましたが煌一さまに叱られました。それより駅で待て、と。お二人を電車で帰らせる、道端で待たせるよりよっぽど安全だ――煌一さまの仰る通りです」
帰ったら、すぐにお食事の用意をいたします。煌一さま達もじきにお戻りになるそうです――
いつも通りのマスターに戻っていることに雷雅がホッとする。龍弥は少し考えるところがあるようだが、わざわざそれを口にしない。が、雷雅の意識に
(大丈夫かな?)
と、送ってきた。
(大丈夫じゃなくても、大丈夫に見せたいんだ。マスターの気持ちを汲んだほうがいい)
(うん……ライの言うとおりだね)
マスターが大丈夫だと見せたいのは大奥さまのことなのか、それともさつきさんのことだろうか? そんなことを考えながら窓の外を見る雷雅だった。
店の入り口から中に入る。今日も置き看板は店の中、たった今まで留守なのだから当たり前と言えば当たり前だが、もうこれで何日休業してるのだろうと思う雷雅だ。
煌一とひなたはまだ戻っていない。ステンドグラスのコーナーで目を閉じて座ったままだ。雷雅と龍弥がカウンターに座ると、マスターが何か飲まれますかと訊いてきたのでサイダーと答えた。
「もう三時になるところですが……何か召し上がりますか? 軽いもののほうがよろしいのでしょうか?」
マスターの問いに、奥から煌一の声が答えた。
「玉子粥……胃に優しいのがいい」
「煌一さま、お戻りで?」
「いや、もう少しで帰る――今日の会議は終わった。ひなたが木陰と話してる。それが終われば帰る。龍弥と雷雅はどこにも行かずにそこに居ろ」
そう言い残すと、どうやら向こうに戻ったようだ。
そろそろお粥が出来上がるころ、再び煌一の気配が戻った。すぐさまひなたも戻ったようで、煌一の隣で欠伸した。
「あぁあ、相変わらず会議って退屈だねぇ……揃いも揃って馬鹿ばっか」
「その馬鹿に俺も含まれそうだな」
苦笑するのは煌一だ。
「おまえが俺の意見をことごとく覆すもんだから、さっぱり話が進まなかった」
「ふふん、打ち合わせ通り、巧くやったでしょう?」
退屈だったという割に楽しそうなひなた、マスターがアイスコーヒーを二つ用意し、持って行ってくださいますか、と雷雅と龍弥に頼んだ。
ガムシロップをコーヒーに注ぎ込みながら煌一が愚痴る。
「ライガの行動が読めないのはひなたの教育のせいか?」
「すいません、勝手なことして」
心にもないことを、と呟く煌一、見透かされた雷雅はそれ以上何も言えない。
「上手に教育してるでしょ?」
横からひなたが助け舟を出す。フン、と煌一が詰まらなさそうな顔をした。
会議はどうだったんですかと龍弥が聞くと、さらに顔を顰めた煌一が、食ってからにしようと言う。飯が不味くなる……そこへトレイを運んできたマスターが、申し訳ありませんと恐縮する。煌一が慌て、ひなたがクスリと笑い、龍弥がソッポを向いて笑いを噛み殺した。
お粥を前にして、ひなたお得意の称賛がない。首を傾げる雷雅に気付いたひなたがそっと呟く。
「梅干しがない――義祖母さんが漬けた梅干しが、いつもならついてくる。煌一が神影から貰ってきたものだ」
そうか、マスターは見かけと違って、やっぱりいつも通りに戻っちゃいない……たまには黙って食べたらいいさ、煌一がそっと言い、ひなたは何も言わず食べ始めた。
食べてからするのはどうやら会議の話で、それ以外は食べながらでもいいらしい。
「で? 電車の乗り心地はどうだった?」
煌一が龍弥に訊いた。
「俺に相談なしで出かけたんだ。さぞ乗り心地が良かっただろうね」
「煌一さん、不機嫌をタツヤにぶつけちゃダメだ」
思わず雷雅が釘をさす。気まずげに煌一が粥を口に放り込み、熱さに顔をさらに顰めた。
「電車は座り心地が悪かったです。もう少し柔らかな座席にすればいいのに……」
「タツヤ、電車で座り心地を求めるなら、次回からはグリーン車にするといい」
ひなたが沢庵をポリポリ言わせながら言う。すると、
「どの電車にもグリーン車があるわけじゃない」
鼻で煌一が笑う。誰もそれには答えない。
「乗ってみたい気はするけどね――グリーン車って乗ったことないし」
雷雅がそう言うと、
「今度、どこかに旅行にでも行くか?」
ひなたが目を輝かせる。
「そう言えば、新婚旅行にまだ連れて行ってもらってない」
「おい、ひなた……」
さらに顔が強張る煌一、
「それは二人で行ってください……結婚式もまだでしたっけ?」
雷雅が追い打ちをかけた。ひなたと雷雅の連携に、煌一が悲鳴を上げた。
「あぁ、俺が悪かった。勘弁しろよ」
と、溜息を吐く。
それには薄く笑んだだけの雷雅が、事も無げに言う。
「でも、電車で行って良かったです――陽の一族を名乗る人と遭遇しました」
一気に煌一が緊張し、ひなたが雷雅の顔を見詰めた。




