63 もう一人の男
雷雅と龍弥の座席の向かい側、進行方向二つ先の出口に凭れてこちらを見ている男がいた。雷雅がその男に注目すると同時に、龍弥が立ち上がろうとしたが雷雅に制される。
「ダメだ、他の客に迷惑が掛かる――向こうもどうせ何もしてこない」
「なんて言ってきたんだ?」
「今日も影と一緒だね、ってさ」
「俺が影と判っている……」
龍弥が声を潜めて言った。こんな時は影を使って話したほうがよくない? 思わず苦笑し、雷雅が龍弥の意識に話しかける。
(神影に行くのか、って訊いてきたよ。僕たちは向こうを知らないけれど、向こうは僕たちをよくご存じのようだね)
(ライ、そんなにのんびり構えてて大丈夫なのか?)
(ちょっと待って――影も一緒にお茶でもしないかって言ってる)
(なにっ!?)
龍弥がキッと強い視線を男に向けた。こちらを見ていた男がソッポを向いた。
(敵じゃないって言ってる……昨日、神影を襲ったヤツを知っているって)
龍弥が今度は雷雅を見る。
(信用できるのか?)
(そんなの判るもんか)
苦笑する雷雅に、
(なんでそんなに落ち着いていられるんだ?)
龍弥が悲鳴を上げる。
(僕と同じ陽の一族なんだってさ。なんで影から隠れているんだって訊いたら、そのあたりの話をしようじゃないかって)
(危険だ。判っているだろう?)
(うーーーん……)
(ライ!)
(友達が心配するから今日はダメって答えた。話しがしたいなら、日を改めて『陽だまり』に来いって言っておいた)
電車が速度を落として駅のホームに滑り込む。雷雅と龍弥が立ち上がり、ドアに向かう。もちろん雷雅の意識は二つ先のドアの前に立つ男に向かっている。龍弥にしても同じだ。
ドアが開き、ホームに降り立つ。向こうでは男もホームに出てきている。ゆっくりとホームを歩き、雷雅が男に近付いていく。慌てて龍弥が雷雅の二歩前に出た。男はドアから数歩のところに立ったまま雷雅を見つめている。
雷雅が一つ目のドアの前を通り過ぎた時、発車ベルが鳴り始め、ドアを閉めるとアナウンスされる。
男が動く。龍弥が身構える。こちらに向かってくる? 嫌でも雷雅も緊張する。さっきから男は黙ったままだ。攻撃を仕掛けてくるつもりか?
違う! と思った時には、男は身を翻し、閉じかけたドアにするりと入った。追うか迷っているうちにドアは閉じ切って、ゆるゆると電車が動き始める。
「ライ! そこじゃ危ない」
龍弥が雷雅の腕を引いて、車体から遠ざける。
「ライ?」
「うん、大丈夫――そのうち陽だまりに顔を出すって……」
「あの男がお母さんのことを知らせてくれた男なんだろう?」
「うん、たぶんね――あの顔だった」
「たぶん?」
「いや、なんだか印象が違ってて」
「影に追わせるか? 今なら電線を使って追える」
「いや、ダメだ。龍弥は僕から離れるな。本体も影も」
行こう、と雷雅が龍弥を促す。頷いて龍弥も改札に向かう。神影の屋敷まで歩いて十五分ほどだ。
改札を出ると高さはさほどではないが、洒落たビルが立ち並び、都会なのだと雷雅に思わせた。
「美立山とは随分違うね」
歩道はレンガ敷き、凝ったデザインの街灯が並び、少し離れて車道が走る。木立の向こうに数台のバスが見えるのはバスターミナルになっているのだろう。
「やっぱりカフェに寄ってから行こうか?」
明るい店内が見えるカフェの前で立ち止まって雷雅が言う。
「なんだ、疲れちゃった?」
龍弥がカフェの入り口に向かいながら笑みを見せた。
それぞれに注文したカップを持って、窓際の外に向かった席に座る。
「ここまで来たのはいいけどさ――行って僕、何をする気なんだろう?」
ストローを咥えたまま龍弥が雷雅を見る。
「ノープランだったんだ?」
「うん、呆れちゃうよね」
「いいや、居ても立ってもいられなかったんだろ?」
「うーーん、なんかね、見れば判る気になってた」
「見れば判る?」
「現場をね」
「そうか……ライがそう感じたんなら、きっとそうだよ。自分じゃ気が付いてない能力がいろいろありそうだもん、ライって」
「うん……」
雷雅が複雑そうな顔をする。
「いやなのか?」
龍弥の問いに答えずに、
「僕らが行って、中に入れてくれるかな?」
不安気に呟く。するとこれには龍弥がクスリとした。
「ライ、また忘れてる。中に入れろって言えばいいんだ」
「あ……」
神影の屋敷、研修所も含めて、守っているのは影のはずだ。陽である雷雅に逆らえない。
「そうだね、忘れてた――もし、僕の言うことを聞いてくれなかったら、ソイツは別の陽に従ってるってことだ」
「ちょっと待て」
慌てたのは龍弥だ。声に出すのは憚られたのだろう、意識に話しかけてきた。
(もし、別の陽に従ってたとしたら、ソイツは敵ってことだ)
(そうだね、そう考えたほうがいい)
(やはり帰ろう、危険すぎる)
(ここまで来たのに? 入れて貰えなかったら、その時は帰ればいい。そして煌一さんにすぐ知らせる)
(煌一さんたちと一緒じゃなきゃダメだ――もし、敵が従うフリをして雷雅を中に入れ、攻撃されたら? 別の陽に従う影にとったらライを捕まえるなんて簡単だ)
(タツヤが守ってくれるんじゃないの?)
(もちろん奮闘するさ。全力で守るさ。だけど、下手をすれば敵陣だ。相手が何人かも判らないのに突撃なんかできない)
(勇気と無謀は違うってか?)
今度はクスリと雷雅が笑う。
「判った、近くまで行って様子を見るだけにする――タツヤのことは向こうに判ってしまうのかな?」
「基本的に門には誰もいないはずだ。監視カメラで見張っているから――車道を隔てたほうがいいと思う」
「それじゃそうしよう」
すぐにでも神影の屋敷に向かうのかと思ったが、雷雅には腰を上げる気がなさそうだ。
「行かないのか?」
龍弥が問う。
「もう一つ、話してもいい? さっきの、電車の男なんだけど」
「あの男が何か?」
「電車を降りてからずっと考えてるんだけど、アイツとはきっと初対面だ」
「えっ?」
「母の葬儀の時はありがとう、って言ってみたんだ」
「うん。そしたら?」
「そうか、ってアイツ言った。動揺したと思った」
「そうか?」
「ヘンだよね?」
「確かにヘンだ。葬儀に来たことをライが気付いていないと思ってた?」
「何度も目が合ってる、気づいていないなんて思ってるはずない。百歩譲ってそうだとしても『そうか』って返事はヘンだ」
「そうだね、意味が通じない」
「でも……顔は同じだって思った。印象が違うのは服のせいかと思った。でも、その『そうか』がどうしても納得いかない――あの男は別人だ、そう考えたほうがしっくりくる」
雷雅が龍弥の顔を見る。龍弥も雷雅を見ながら、雷雅の意識に答えを送る。
(でも、あの男は犯人を知っていると言った。敵じゃないとも言ったんよね?)
(うん。それを信じるとしたら――やはり敵は僕の父親、なんだろうね)
(ライ、それはまだ判らないよ)
そう答えながら、たぶんそうだと思う龍弥だった。




