61 亡ぼす とは
「けど、姿を見せただけで話しかけてこない。明日の正午って教えてくれたのが、最後のメッセージだ」
そう言う雷雅に、『うん』と頷くだけで龍弥はやっぱり黙り込む。探るように雷雅が問う。答えを龍弥から聞きたかった。
「僕の父親と思うのが妥当だよね?」
「その男が、ってことか?」
龍弥が雷雅を見もせずに答える。
「少なくともライのお母さんをよく知っている人なんだろうね」
「だからさ――」
「でもね、そうだとしたらその男は影をどうにかしようとしてる。ライが影と一緒にいるって気づいてるはずだ。でも何もしてこない。ヘンじゃないか?」
「僕が生まれて十六年以上が経ってる。気が変わったかもしれない」
「神代文字で書いたうえ、能力を使っている。きっと誓いを立てている」
「誓い?」
「影を亡ぼすって誓っていると俺は思う。神に誓ったんだ。撤回なんかできない」
「まだ準備が整っていないとかは?」
「ライに会いに来てる。準備は整っていると思ったほうがいい――その男が書付の主なら、ね」
「母さんのことで緊急事態だから――」
「それはない。書付にはっきり書かれている事項だ。準備が整わない限り、たとえ本人が望もうと状況が変わろうと、書付の主は雷雅や雷雅のお母さんに会うことは叶わない」
「それじゃ、あの男は僕の父親じゃない?」
若干、雷雅の声が弱気になる。龍弥がそんな雷雅を見た。
「ねぇ、ライはその男が父親だといいな、と思ってる?」
「いや……」
雷雅も龍弥を見た。
どうなんだろう? 父親かもしれないと思い、どこかできっと父親だとも思っている。そこに喜びも恨みもない。そうであって欲しいなんて一欠片も思ってない。だけど本当に?
「判らない……父親はいないものだと思ってたし、義父の件で、父親なんか不要だと思った」
「義父?」
「あれ? タツヤは知らないんだったっけ? 母さん、去年、離婚したんだ。その相手、母さんに暴力を振るうことが多くて――それがなければ僕にもよくしてくれた」
「再婚して離婚したってこと?」
「僕の戸籍に父親はいないってのは知っていたんじゃ? 煌一さんが言うには、義父と結婚することで母さんは陽の一族から外された。でも僕を義父の養子とはしなかった。それは暁月の名を残すためだって」
「その義父って人の養子になるって話があったんだ?」
「うん、向こうは熱心に言ってた。でも母さんがどうしてもダメだって――今、考えると、それが暴力の原因だったかもしれない。どっちにしても思い通りにならないからって暴力を振るうような男の養子になんかならなくって良かった」
「養子にできないからって怒りだすほどライを気に入ってたんだ?」
「そうみたいだね――中でも僕の進学については熱心で、学費はいくらでも出すから思いっきり勉強しろってよく言ってた。実際、塾の費用とか、いやな顔一つしないで出してくれた。結婚してる期間、母さん、働いてなかったしね。感謝してるところもないわけじゃないから、ちょっと複雑」
「金持ちなの?」
「らしいよ。だから僕を養子にして後継者として育てたがってた――カルチャーセンターとか学習塾、スポーツジム、そんなのを経営している会社を持ってるって話だ」
「へぇ……なんて会社?」
「そう言えば、なんだろう? 四年も一緒に暮らしたのに聞いた覚えがない。わざわざ訊く必要もないと思ったのかな?」
「ライが気にしなくっても、向こうから言いそうなのにね。お母さんが言うとか。でも、どこの会社かなんて気にすることでもないか」
父親ではないとしたら、あの男はいったい誰なんだろうと話が戻る。
「ライのお母さんの兄弟とかは?」
「母さんは一人っ子」
「お祖父さん、お祖母さんの隠し子」
「ないとは言い切れないけれど、ピンとこない。祖父母は仲が良かったって話だ。亡くなった時も二人一緒だったし」
「二人一緒?」
「交通事故で――僕が小学校に上がる前。葬儀の時、母さんが泣いて大変だった」
「ごめん、悲しいことを思い出させた」
「いや……僕は悲しいとか判らなくって。泣いてる母さんを慰めなきゃって、ずっと母さんにへばりついてた。それしか覚えてないや」
「小さいとそうかもしれないね――しかし、父親じゃないとしたらって考えると、正直言って、ライのお父さんとお母さんを引き裂いた誰か以外、実は思いつかない」
雷雅ふと考え込む。
「なぜ、僕の両親は別れさせられたんだろう? あの書付を見る限り、少なくとも父親のほうは母さんに気持ちがあった。陽と陽の婚姻は禁忌なのかな?」
「それはないと思うよ――煌一さんがライのこと、両親ともに陽だ、きっと強い能力を持ってるって言ってた。両親それぞれの能力を受け継いでるはずだって」
「そんなものなんだ?」
「影はそうだよ。だから能力を見て配偶者を選ぶ」
「言いたかないけど、影って能力に拘り過ぎ」
まぁね、龍弥が笑う。
「能力の強さは子どものころから判る。子どものころから影に貢献することを教え込まれて育てられる――ライみたいにごく普通の感覚はどこかに行っちゃう」
「少しは取り戻せた?」
「ほぉんの少し、だと思う。ライのお陰でね。でも、やっぱり影寄りの考えをしてるんだろうなって思う。ライがなぜそう考えるのか、時どき判らなくって、で、よくよく考える。すると、なんとなぁく判ってくる」
「なんとなくなんだ? でもさ、他人の考えなんて、誰だって完全に判るもんじゃない」
「そっか――少し気が軽くなった」
雷雅が再び考え込む。その様子に龍弥が
「どうかした?」
と不安そうな顔をする。
「いや、さ……この書付なんだけど」
「うん?」
「ひょっとして、影の開放――陽と影をその役目から解放したいってことなんじゃないかなって。影を亡ぼすってそんな意味なんじゃないか?」
「影を亡ぼせば陽は平凡な人に戻ると信じるってあったけど、影とともに陽も亡びるとも書いてあった。どっちか判らないみたいだった」
「もしさ、陽が陽の、影が影の、能力を失ったって、人間として存在できるとしたら? あるいは陽だから影だからって制約がなくなっても存在できるとしたら?」
「制約がなくても存在できるのは判ってる。引退したり、影から排除されたって死ぬわけじゃない」
「能力を取り上げてもだ。母さんは義父と結婚したことで陽から排除され、能力を取り上げられたって煌一さんから聞いた」
「それで?」
「それともう一つ。ひなたさん――彼女は影の一族としての束縛を嫌っている。もっと自由になるべきだって、きっとそう思っている」
「なんでここでひなたさんが出てくるかは判らないけれど、ライの言うとおり、ひなたさんは自由になるべきって思っていると思う。でも、それが?」
「この書付の主と僕たちは、手を取りあえるんじゃないのか?」
「えっ?」
驚いて雷雅を見る龍弥に雷雅が頷く。
「僕たちは書付の主と協力して、影の古い因習をぶっ壊す――これを書いたヤツは、陽と影を開放することを『亡ぼす』って表現したんだ」




