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神影ひなた の シャドウ・ビジネス  作者: 寄賀あける
第2部 運命は目覚めの先に

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60  男の謎

 うん、と(うなず)いてから、雷雅(らいが)が深く息を吸った。

「そうだよね、二人いると考えたほうがいいよね。いや、もっといたって奇怪(おか)しくないんだ」


「もっといる?」

「だって、僕がいて、母さんがいる。そして僕の父親、その父を脅した誰か、その誰かは父親の親戚縁者かもしれないけど、確定できない。そしてそれぞれに家族がいる可能性だって否定できない」


「でも、影が見つけてないなんて――」

()の命令は影にとって絶対。見付けられた()が影に忘れろと命じたら?」


「でも、なんで? 影は()を守る立場なのに?」

「それは影から見れば、だ。()は本当にそれを望んでいる?」

龍弥が黙り、雷雅を見つめる。

「ライは影が嫌い? 影を信じてない?」


 いや……と気まずそうに雷雅が言う。

「この書付を書いた()は影を嫌って、影を消したいと願ってる――()の一族に何かがあったってことだろうか?」


「うん……」

雷雅が答えなかったことに、きっと龍弥は不安を感じているだろう。そう思いながら雷雅は話を変える。


「結局、()は滅びていない、なのになぜ影は()は絶滅したと考えたんだろう? ()が自ら姿を隠した、とは考えられない?」

「そうだとしたら、我ら影の一族は滑稽(こっけい)もいいところだ。自分たちから逃げる()を必死で守ろうとしてる」


 ここで雷雅が『僕は逃げないよ』と龍弥を見た。

「正直、影を信じていいのかは判らない。でも、龍弥を信じてる。ひなたさんを信じてる。煌一(こういち)さんを信じてる。マスターを信じてる……これに根拠が必要?」

根拠なんか必要ないよ、と龍弥が安心して雷雅に微笑んだ。


 必要ないと龍弥は言ったが、雷雅の中で確実な根拠があった。出来上がっていた。


 龍弥はもとより、煌一もひなたも、そしてマスターも雷雅を信用している。()の命令は影にとって絶対、雷雅が大きく間違えない限り、雷雅以外の()に彼らが従うことはない。ひなたに至っては、雷雅だけが()の一族、ならば煌一も従うはずだ。そして雷雅は命じることの意味を朧気(おぼろげ)ながら理解し始めている。僕には命じる義務と権利がある。ひなたをはじめとした四人は僕のチーム、それが根拠だ――


「煌一さんにあとで聞いてみようと思う。()と影に確執はなかったのか? あったとしたらどんな内容なのか。そして影の一族の中に争いがあるように、()の一族の内部にも争いがあったんじゃないのか」

「なんだったら、今、呼ぶ? さっき追い返したから、きっとイライラしてるんじゃないかな?」

「ううん、もう寝ろって言っておいた、だから眠ってる」


 いつの間に? と龍弥が笑う。

「煌一さんに命令できるようになったんだ? 一気に進歩したね」

「まぁね――煌一さんたちはかなり疲れているはずだ。眠ったほうがいい」


「疲れているのは俺たちも同じだ。今は気が張っててそんなに感じないけどさ――もう、寝ようか?」

「いや」

と、雷雅が龍弥を見る。


「タツヤにはもう一つ、話しておきたいことがある」

「話? 見せたいものじゃなくて話?――うん、話すこと見せる物、って言われたんだった」

「うん、重要な話だ」


 コーヒー淹れるよ、と雷雅が立ち上がる。何か食うか、と龍弥が尋ねる。二人してキッチンに立つと、何時だろうと雷雅が問う。三時半だと龍弥が答えると雷雅が苦笑した。


「食べるのはやめとく。胃がもたれて朝ごはんが食べられなくなりそう――十時まで起こすなって言わなきゃだね」

「眠るのは(なん)()の予定?」


「五時までは掛かんないと思う」

「じゃあ、コーヒーじゃなくって……ココアにでもしようか?」

ケトルを火にかける雷雅の横で、龍弥がカップの中にミルクココアのスティックを開けた。


 それで話って? ココアのカップを持って雷雅の部屋に戻り、ラグに座ると龍弥が話を催促した。スプーンでココアを掻き混ぜながら雷雅が少し考える。


「そう、最初は、ほら、美立山(みたてやま)駅前公園で災厄魂(さいやくこん)を狩ろうって張ってた時」

「最初?」


「災厄魂が出たのは一度きりだった。でさ、その日も出なくて諦めて帰ろうって。駅前通りでたこ焼き買ったの覚えてる?」

「あぁ、あったね、そんなことが。それがどうかした?」


「あの時なんだ、たぶん。一番最初は」

「なんの最初?」

うん、と雷雅が龍弥を見る。


「タツヤがたこ焼きを注文してるとき、僕に話しかけてきた人がいた」

「話しかけてきた? だったら俺も気が付いたんじゃ?」

「意識に直接、なんだ」

「えっ?」

思わず雷雅を見る龍弥に雷雅が頷く。


「最初は気のせいかと思った。母さん、たこ焼きを買ってくることがあって、それを思い出してたんだ――そしたら『雷雅、母さんの所へ行こう』って頭の中に響いた。自分の声かと思った」

「でも、気のせいでも空耳でも自分の声でもなかった……」


「とっさに振り返っても誰もいない。なのに『こっちだ』ってまた声がした。道の向こうにソイツは立っていた」

「いたんだ、声の主が。で、誰だった?」


「判らないよ、初めて見る顔だもん。でも、向こうはこっちを知っていた。久しぶりだねって言った」

「ソイツ、男だよね。自分の声かって思ったんだし」


「うん、男――三十代? 四十は行ってない感じ」

「それで?」


「それで……そう、龍弥が、少し待つって僕に話しかけてきて、龍弥のほうを見て、で、もう一度見たらヤツはいなくなってて」

「なんでその時、言ってくれなかった?」


「心配すると思ったんだ。それにやっぱり気のせいかもって、災厄魂とやりあうなんて慣れないことしてたし、緊張とか、自分で思うよりずっと疲れてて、それで幻覚が出たのかもしれないとも思ったし」

「ごめん、責めるつもりじゃないんだ」


 慌てて謝る龍弥に、雷雅も黙る。そうだ、言い訳しても意味がない。

「うん、ごめん、龍弥がそう感じるのも無理ないよね」


「最初ってことは二度目もあるの?」

「あの日、やっぱり母さんがどうしても気になって、病院に行った。龍弥についてきて貰ったよね」

「そうだね、急にどうしたんだろうってあの時は思ったけど、そんなことがあったなら行きたくなるよね――あのお守り袋と桐箱を貰って帰ったんだよな」

「うん。それも何か関係あるのかな? まぁ、それは後でまた考える――それでその帰り、病院の敷地を出たところで僕、立ち止まったのを覚えてる?」


 ちょっとだけ龍弥がイヤそうな顔をする。

「風邪を引いたかもってあれか? やっぱり嘘だったんだな。奇怪(おか)しいと思ったんだよ。なんかヘンだって」


「うん、ごめん。あの時もヤツの声が飛び込んできた。『明日の正午過ぎだ』ってヤツは言った――そしたらその正午過ぎ、母さんが逝った」

「……」


「ヤツが()だとして、()には予知能力があるのかな?」

「いや、それも煌一さんに聞こう」


「うん――で、その時はその声だけだった。あ……」

「うん?」

「あの時、龍弥の影に隠れて煌一さんの影もいた。でも、ヤツの気配を煌一さんは察知してない」


「うーーーん」

龍弥が考え込む。

「敵であって欲しくないね」


「敵じゃないってある?」

「少なくとも、雷雅に何かしたってわけじゃない。話しかけてるだけだし、それにさっきの『明日の正午過ぎ』って、親切って言うのは間違いかもしれないけれど、雷雅にお母さんのことを報せたかったんじゃないのかなって思った」


 そうかもしれない、いや、僕もそうだと今は思っている。せっかく教えてくれたのに僕は間に合わなかった。母さんを一人で逝かせてしまった――苦いものがこみ上げるが、今は堪える雷雅だ。


「母さんが危篤って聞いて病院に駆け付けた時もヤツはいた。廊下にただ(・・)立ってた」

「そうか、その時も煌一さんもひなたさんも、そいつの気配に気が付いてない――あ、俺もそうか。ま、あの二人が気付かないんだ。俺には無理か」

雷雅の沈んだ気持ちを察した龍弥が少しお道化(どけ)てみせる。空気を明るくしたかったのだろう。


「うん、そうだね、ヤツは気配を消すのが得意だ――母さんの通夜にも葬儀にも、火葬場や墓地にも顔を見せた。でも、僕以外、誰もヤツに気が付いてない」

「え? そうだったんだ? そんなに何度も遭遇しているんだ?」


 龍弥がさすがに顔色を変えた――

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