59 新たな陽
黙り込んでしまった雷雅を龍弥は黙って待つしかない。雷雅の父親と思しき人物が陽と影を根絶しようとしている。その事実をどう雷雅は受け止めるのか? それに、判らないことも多い。
陽として生まれたことで幸せを失ったと文面にあるが、具体的に何があったか書かれていない。
「うーーん……判らないなぁ」
ふと雷雅が呟いた。それに龍弥が同意する。
「うん、いったい何があったんだろうね」
「えっ?」
同意したはずなのに、雷雅が龍弥の言葉に驚く。
「あぁ、確かにね。何かがあって陽の運命から逃れたいって思ったんだろうね――僕はさ、なんでこれ、筆で書いたんだろうって。しかも現代文じゃないよね」
「あぁ、現代文じゃないって言うか、文字自体が特殊だ。文章自体は、ところどころ特殊な表現が使われているけれど、単なる文語体だ」
「特殊な文字?」
「まぁ、あまり使われない文字。古代から日本にある文字――神代文字って呼ばれてる。影はよく使う文字だよ」
「神代文字?」
「うん、カミヨ文字って言われることもある――今、使っている文字は平安期に中国から伝わった漢字が元になってるって言われているけど、その漢字が伝わる前から日本で使われていた文字だ。違うことを言う学者もいるけど、影としては日本古来の文字だと信じている」
「一般的に使われることのない文字。でも影は使う――ってことは影に読まれないためにこの文字にしたってことじゃなさそうだね」
「能力の強化のためだと思う」
「能力の強化?」
「使っているのは影だけじゃない。神社のお札とかに使われることもある――文字そのものにエネルギーがあると影は考えている」
「なるほどね、なんかすっごく納得した」
雷雅と龍弥の疑問点のズレに、自分は神代文字を見慣れているからかと思うが、納得いかない龍弥が雷雅に訊く。
「なにがあって、こんな文章を書いたかは気にならないんだ?」
「うん?」
雷雅が龍弥の顔を見た。
「気になるよ。でもさ、ここに書かれていない以上、それを気にしても意味がないと思う」
「そりゃあそうだけど……」
「ただね、この文章、龍弥に見せてよかったって思ってる」
「うん……」
「でね、今度はこれを見て欲しい」
雷雅が桐箱の蓋を取る。
「臍の緒……の下に、隠された物があった」
脱脂綿の下から指輪の入った袋を出し、中身をテーブルに転がす。
「指輪?」
「うん。僕が触ると少し熱さを感じる。龍弥も感じる?」
「触っていいんだ?」
雷雅が頷くのを見て龍弥がそっと指先で触れる。
「いや……熱いって感じはない。むしろヒンヤリしてる。普通に金属――プラチナかな?」
「それじゃあ、持てるね。持ってよく見て。特に内側」
指輪を取り、矯めつ眇めつ見る龍弥、
「ダイヤにルビー・サファイヤ・トパーズ……台はプラチナに間違いない。内側にPt1000って刻印がある」
と呟く。他には? 雷雅の質問に、もう一度龍弥が指輪を見た。
「ペアリングだね。高価そうだけど婚約指輪って感じじゃない、もっとラフ、ファッションリングみたいだ。多分ステディリングってとこかな」
「……」
「ん? どうかした?」
「いや――裏側の刻印はプラチナの表記だけ?」
ここで龍弥も雷雅が言わんとすることに気付く。
「ほかにも何かあるのか?」
「やっぱりタツヤには見えないんだね――男物には『早紀から流星へ』、女物には『流星から早紀へ』って彫ってある」
「早紀ってライのお母さんだよね……そうか、だからさっき、流れる星って言葉にライ、反応したんだね。でも、俺には見えない」
「そっか……これでもだめ?」
指輪に手を翳し雷雅が尋ねる。
「そうだね、変化なし」
「さっきの紙とは違う能力が作用してるってことかな?」
そう言いながらしっくりこない雷雅だ。それを龍弥も感じるのだろう。
「納得できないって顔だ」
「うん――陽の能力じゃない気がする」
「影でもないよ」
「陽と影以外に何かある?」
「俺には判らない」
そうか、と雷雅が考え込む。
そしてふと顔を上げた。
「僕が生まれた時ってことはさ、母さん、まだ陽だったってことだ――母さんも陽の能力が使えた」
「そうかもしれないけど、それが?」
「もしかして、陽が二人で協力したら、通常とは違う能力を使えたりしない?」
「それは――あるかもしれない」
「かもしれないなんだ?」
「うん、影にはそう言うのあるから――でも影の場合、男女の組み合わせ、相性が大事で、要は配偶者」
「うん? 狩人は自分で相手を探すわけないんじゃ?」
「相性のいい相手を選んで結婚させるんだよ――能力の相性」
「愛情じゃないんだね」
雷雅が苦笑する。そして唐突に笑いを止める。
「ねぇ」
「うん?」
「影が認識した陽は僕が久々だって言ってたよね」
「うん、大奥さまも陽は絶滅したって思ってたって」
「この書付を書いた人は陽、母さんも陽、そして、二人を引き離した誰かがいるわけで……」
「あっ!?」
龍弥も雷雅が言わんとすることに気付く。
「影はライの両親という二人の陽の存在を知らなかった」
「つまり、二人を引き離したのは少なくとも影じゃない」
「だとしたら陽?」
雷雅が考え込み、龍弥が雷雅を見つめる。考えながら雷雅が答えを探す。
「書付には『陽の運命』ってあったよね。それに逆らいたいって話だった」
「うん」
「陽であることを強要されたってことだ」
「そう考えると強要したのは陽」
「そうか、答えが出たような気がする。いや、きっとそうだ」
「ライ――」
「強要したのは多分、書付を書いた人の父親、少なくとも縁者――その人も陽」
「――」
「もし、書いた人と、その人に陽であることを強要した陽、この二人が生きているとしたら……」
雷雅が龍弥の顔を見る。龍弥に答えを求めている。龍弥の口から聞くことで、自分の考えが間違っていないと確信できそうな気がした。
「ライ以外にも陽が二人いることになる」
雷雅の顔を見詰めたまま、龍弥が言った。




