56 謎の共有
問題は、と煌一が言う。
「犯人が特定できないことだ」
研修所には命を落とした五人以外にも多くの影がいた。それなのに、本部長と神影の祖母さんを見失い、守り切れなかった。
「あの建物に入るには厳重なチェックを受けなきゃならない。犯人はそれを通過している」
「犯人は影の一族、もしくは手引きした影がいるという事?」
雷雅の質問に煌一が答える。
「もしくは影を騙したか、服従させたか」
「それができるのは陽の一族――ちなみに僕じゃない」
雷雅の冗談に煌一が苦笑する。
「我々と一緒にいたキミに無理なのは判りきっている。陽は生身でいるしかない」
「つまり僕以外の陽……」
あの男は陽なのか? そう思い、同時にあの男は犯人ではないと雷雅は感じる。チラリと龍弥が雷雅を見た。
「僕以外の陽で、存在が考えられているのは僕の父親だね」
ひなたが雷雅を盗み見、煌一が腕を組む。
「誰が犯人かを考えていたら、漠然とし過ぎる。まずは目的から考えよう」
そう言ったのはひなただ。
「ターゲットは神影か、影そのものか?」
「それは影だ。総本部長は神影ではない」
煌一がひなたに答える。
「総本部長は影の流派を取り纏める要。神影の祖母さんは絶大な能力で影に君臨するシンボル。影の弱体化を狙ったと思う」
「ヘンだな……」
雷雅がぽつりと言い、三人が雷雅を見る。
「どこがヘン?」
ひなたの問いに、
「もし首謀者が陽の一族なら――無条件で影は陽に従うはずなんだから、なにも火を点けたり殺したりしなくていい」
と答えた雷雅に、うむと煌一が唸った。
「何を企んでるかは知らないけれど、自分の思い通りに動かせる影を弱体化させる理由が判らない」
続ける雷雅にひなたも考え込む。
「ひょっとして――恨み?」
そう言ったのは龍弥だ。
「恨み?」
煌一が龍弥を見る。
「はい……何かを企んでいるのではなく、影の弱体化そのもの、果てには解体を狙っているとしたら、と考えました。だとしたら、その理由は影に対する恨みではないでしょうか」
龍弥の意見を雷雅が否定する。
「犯人を陽の一族と仮定するなら、それもイマイチすっきりしない――滅んだと思われていた陽の一族だ、僕以外を認定しきれていない。つまり、いるかもしれないにとどまっている状態で、恨みを買うほどの接触を影がしているとは考えずらい」
雷雅の意見に再び煌一が唸る。
「自分の存在を影に知られずにいることが、陽には可能なんてことはないんでしょうか?」
自分の考えを捨てきれないのか、龍弥が煌一に問う。黙って聞いていた煌一がまたも唸り、今度は龍弥に答える。
「陽の一族は放っておいても十八で覚醒すると言われている」
その件については早紀さんにも確認したと、隣でひなたが付けたした。
「覚醒した陽になら、陰から隠れるのも可能かもしれない」
「なら、自分が陽だと隠していた誰かに、影が恨みを買うこともありますよね?」
「影は誰かに恨みを買うようなことをするんだ?」
これは雷雅の質問だ。ハッと龍弥が表情を変えた。
「そ、そうだった――影が恨まれるなんて、あっちゃいけないことだ」
煌一がフンと鼻を鳴らし、龍弥を見る。
「あっちゃいけないこと、か。確かにね、影は基本的に平和を維持存続するために存在する。だけどそれ以外にも動くことがある」
「それって――」
雷雅が煌一を見て言った。
「シャドウ・ビジネス……一部の金持ちの利益のために影が働く。そして驚くほどの大金が動く」
龍弥が息を飲み、ひなたを見詰めた。
ややあって煌一が雷雅に尋ねる。
「なぜそう思った?」
「シャドウ・ビジネスの売り上げが落ちている理由に『今年は選挙がなかった』とひなたさんが言いました。影が暗躍する、とも――それを聞いた時、影が操って投票させていると思いました。暗躍して、不正……依頼者から見れば正義がなされている。だが、依頼者と対立する立場から見れば不正だと思いました」
「なるほど……それで、それをライガ、キミはどう考える?」
「それは――」
正直判らない。場合によってはありかと思い、場合によってはしちゃいけないと思う。
「それは判りません。それに、今はそのことの是非はどうでもいい。問題は、それを不正と感じた陽がいるかもしれないという事です。そのことで不利益を被った陽がいるかもしれないという事です」
「その陽が恨んでいるって?」
「あぁ、でも、やっぱりシックリこない」
雷雅の声が大きくなる。
「どこかが違う、何か見落としている……」
苛立つ雷雅を宥めようと、雷雅の腕にそっと龍弥が手を添える。雷雅が龍弥を見て、頷く。そして煌一に言った。
「明日、僕を現場に連れて行ってください――この目で見たら、何か判るかもしれない」
驚く龍弥を気にせず雷雅が続ける。
「でも、今夜はもう寝ます――龍弥が言うように、凄く疲れているから……頭も巧く回ってない」
龍弥がほっと息を吐き、煌一が苦笑する。
「そうだな、もう二時だ」
そして立ち上がり、
「ひなた、俺たちも休もう。明日は何があっても神影に行って、事後処理を指示しなきゃならん。俺たちがヘバってたんじゃ、示しがつかない――雷雅とタツも同行させる、そのつもりで」
戸締りを頼んだよ、龍弥にそう言って煌一が内階段に向かう。心残りがありそうな顔でひなたが雷雅を見、それでも『オヤスミ』と言って煌一を追う。
動かない雷雅、店のドアや火の元を一通り確認した龍弥が雷雅の隣に戻り、じっと雷雅の様子を窺う。
そんな龍弥に雷雅が問う。
「僕、ヘンだよね? なんか、いきなり人間が変わった?」
「うん?」
自分を見ない雷雅に龍弥が笑顔を向ける。
「俺にはどこも変わったようには見えないよ。成長したな、とは思う」
「成長か――」
苦笑する雷雅、そうか、これは成長か、と独り言のように言う。
そんな雷雅を見つめる龍弥、思い切ったように雷雅に尋ねる。
「ひょっとして、何か俺に打ち明けたいことがあるんじゃないのか?」
「えっ? なんで?」
「なんとなく……ライ、最近、俺に何か言いかけて途中でやめることがあるよ」
「言いかけてる? 僕が?」
「うん――気配って言ってもいいかも。で、あれ? ってライを見るともうその気配は消えてる。俺にも知られたくない悩みでもある?」
どうしよう――龍弥に話したいこと、相談したいことはたくさんある。あの男のこと、母さんの守り袋に入っていた紙片の裏、そしてこっそり渡された指輪、そこに書かれた『流星』の意味。
あの男のことは龍弥に話しても、二人であれこれ想像するしかないだろう。だから言わなくてもいい。
守り袋の紙片の裏側に現れた文字を、龍弥なら読めるかもしれない。読んで貰ったところで、ただの守り札かもしれない。でも違う可能性だってある。だったら読んで貰ったほうがいいか? でも、とんでもないことが書かれていたとしら? そう考えると怖くて見せられない。
そして二つの指輪、そこに刻印された『流星』は人の名だと思っていいはずだ。僕の父親の名か? いや、父親の偽名か? そしてなぜ熱を発している?――いやこれも、想像するほかにない。
ならば思い切って守り袋のことだけでも龍弥に打ち明けるか? ううん、きっとこの中でもあの書付の重要度は低い。打ち明ける価値があるのか? どうする?
龍弥以外には誰にも相談できない。でもだからこそ、龍弥に話せば龍弥から煌一やひなたに知られてしまうかもしれないと、龍弥にさえ話していない。
龍弥が二人に話すとは思っていない。あの二人が勝手に龍弥から読み取ってしまうのを恐れる雷雅だ。
雷雅はじっと龍弥を見詰めた。




