49 戦いの火ぶた
正面の車止めで車を降りる。マスターも一緒に降りて、係員にキーを渡す。車は持ち主たちを置き去りに、さらに奥へと消えていく。駐車場はもっと先にあるのだろう。
「おかえりなさいませ」
畏まった男が二人、両開きのドアを開けながら煌一に頭を下げる。頷いてから煌一が開け放たれた真ん中を屋内へと進む。龍弥に促され、雷雅もその後に続いた。
和を感じさせる外観や玄関の雰囲気と違い、中は和洋折衷と言った感じで、靴のまま入る仕様になっている。床は大理石、壁は漆喰に木調、天井は網代に編んだ竹に漆を塗ったものが張られ、照明はシャンデリア――雷雅には、趣味がいいのか悪いのか判断つかない。ただ、お金がかかっていることだけはよく判った。
玄関を入ってすぐは広い部屋で、そこにはメイド――アニメや映画で見る、いかにもメイドと言った制服を着ていた――がいて、煌一を見ると
「大奥さまが東の応接室でお待ちいただくようにと仰っています」
と告げた。
「ひなたは来ているか?」
「はい、五分ほど前にいらして、すでに応接室でお待ちです」
判ったと頷くと雷雅たちに目配せして煌一が歩き出し、雷雅たちもついていく。
玄関の間と同じような意匠の長い廊下は庭に面していた。庭は純和風庭園、きっと外観にあわせたのだろう。少し離れた場所に池らしきものが見え、石橋が掛かっている。あそこから鯉に餌をやるんだと、雷雅は勝手に思い込んだ。いかにもそんな雰囲気だ。
煌一が入っていった部屋は、衝立が置かれてドアを開けただけでは中の様子が判らないようになっていた。衝立の向こうには五人は座れそうなソファーと、ローテーブルを挟んだ対面に一人掛けのソファーが四脚置かれている。部屋の奥にはもう一つ別のドアがあった。控室でもあるのだろうかと雷雅が思う。
長いソファーには、和服姿に眼鏡をかけた女性が座っている。新たな客の訪れにニッコリと微笑んだ。
「ひなた、抜かりなく終わったか?」
煌一がその隣に腰かけた。
「えっ? ひなたさん?」
思わず声が出る雷雅、龍弥を見るが龍弥も驚いて首を振った。
「もちろん――思ったより早く終わったから木陰に寄ってご飯、食べた。そしたら母に、着て行けって無理やり着替えさせられた。メガネはダテだよ。婆さんに対抗してみた」
と、クスッと笑う。いつも通りのひなただ。
「お義母さん、具合は?」
「今日はよかったみたい。相変わらず寝たり起きたりらしいけどね」
「そうか……」
ひなたの母親も病気なのか――雷雅がそっと目を伏せる。
立ってないで座れと言われ、ひなたと煌一に挟まれて雷雅、煌一の向こうに龍弥が座り、その隣にマスターが座った。そこにメイドが来て、お茶と羊羹の菓子皿を置いていく。
「フン、糞婆、自分で時間を指定したくせに、二時間も待たせる気だ」
メイドが退出するのを待って、煌一が小さな声で悪態をつく。
「お茶請けが羊羹の時は二時間待たされる」
そっとひなたが教えてくれた。
「ほかにも何かあるの?」
「饅頭ならすぐ来る、カステラだと一時間、ケーキだと三時間、最悪なのは煎餅、待ってたって来ない」
ひなたがクスッと笑った。
陽だまりを出るときに、盗聴されてると思えと言われた。余計なことは言うなという事だ。ただでさえ緊張する上に、ひなたもそれきり何も言わない。自分がコチコチに固まってしまったように感じる。
再度メイドが現れ、新しいお茶を出し、空いた湯呑と菓子皿を下げる。すると龍弥が立ち上がり、雷雅について来いという。
「どこに?」
「トイレ」
耳打ちされて、納得する。どんな話をされるか判らない。どれくらい時間がかかるか知れたものではない。行くなら今のうちだ。遠足のバス休憩みたいだ。
廊下に出てすぐのドアがトイレだった。龍弥がドアを開けて中を確認する。後ろから覗くと、個室が三室見えた。ドアを閉めずにそこで待ってと言われて雷雅がドアを抑えていると龍弥が一室一室確認した。
龍弥が頷くのを待って中に入り、ドアから手を離す。ドアは静かに閉まった。
「こんなに慎重にならないとダメなんだ?」
「神影の住居のほうはそうでもないんだけど――ここは事務所だから。影の一族が流派を問わずウジャウジャしてる。気を付けるに越したことはないんだ」
「神影家の事務所?」
「いや、影の一族総本部の事務所。敷地の奥に神影家はある。神影家が総本部にここを貸してるらしい。詳しいことは知らされてないんだ」
「ますます――」
「時代錯誤?」
二人してクスッと笑う。
「新しいお茶が来たってことは、あと十分くらいで大奥さまのお出ましだ。ライガ、覚悟を決めろよ」
「脅さないでよ」
苦笑する雷雅、笑顔を見せながら内心心配でたまらない龍弥だ。
応接室に戻り、元の席に座るとまたダンマリが始まる。が、今度はすぐに煌一が姿勢を正し『来るぞ』と呟いた。雷雅も煌一を見習って姿勢を正す。ひなたも龍弥もマスターも、煌一とほぼ同時に姿勢を正していた。
奥のドアがガチャリと音を立てる。なんだ、そこから入ってくるのか、ドアに雷雅が気を取られた時、煌一が立ち上がり次々にみんなが立ち上がる。慌てて追従した雷雅だ。
「ごきげんよう――」
入ってきたのは和服姿の女性、この人が大奥さま? とてもじゃないが七十過ぎには見えない。せいぜい六十くらい、艶やかな笑みを浮かべている。後ろからメイドが二人ついてきて、どうもお茶をまた入れ替えるようだ。
「お久しゅうございます、お義祖母さま」
ひなたが軽く会釈すると『まぁお座りなさい』と、手をひらひらさせた。
大奥さまについてきたメイドは、今度は紅茶を淹れて全員にサービスする。クッキーを盛った大きな皿を置き、使用済みの茶器を片付けて部屋から出て行く。さぁさ、召し上がれ……勧められても手を伸ばせるもんじゃない。紅茶に手を付けるのが精いっぱいだ。元気にしているの? と、訊かれた龍弥も『はい』としか答えない。
「若い子が家に居ないと寂しいものね」
なんてしみじみと言う。
「お祖母さま、ご用件は――」
煌一が切り出すのに、まぁまぁと遮り、今度はひなたに目を付けた。
「あら、ひなたさん。そのお着物、着てくれたのね」
「はい、せっかくお義祖母さまにいただいたのに、なかなか着る機会がありませんでした」
「そんな安物じゃ、恥ずかしくって着て出られないわよねぇ」
え、えぇえ? 耳を疑う雷雅、なのにひなたはもとより、煌一も龍弥もマスターも、顔色一つ変えていない。『糞婆』と呼ばれる所以はこれか、と思う雷雅だ。
「トンでもございません。どんなものを着ていても、輝く人は輝くものですから」
「そのとおりね、そんな着物でも、あなたが着れば充分お高く見えましてよ。あなたが着るにはもったいないくらいに」
「恐れ入ります――下さった時、わたしが嫁入りしたら寂しいでしょうと仰って、母に下さったとか。ひなたと交換なら、この程度でしょうとのことでした」
「あら、ご不満でした? もっと安くてもいいかと思いましたのに」
「不満などございませんわ。お義祖母さまの可愛い内孫の嫁の対価とも言えるこのお召し物、さぞや高価だと推量しております」
ここで大奥さまがキッとひなたを睨みつけた。
いったいこの応酬、いつまで続くんだ? 負けそうな大奥さまの攻撃が激化しそうだ。それともひなたの勝ちでこのまま終わるのか? 終わるとは思えない――




