46 幸せを求める
俺さ、と龍弥が言う。
「感情に振り回されるなんて愚かだって教えられてきたんだ」
まぁ、狩人として育てられたヤツはみんな似たり寄ったりさ、と笑う。
「十八で狩人の身分を許されて、煌一さんの部下になった――煌一さんさ、『表情のないヤツだな』って俺に言ったんだよ。自分だって神影の家じゃ、いっつも無表情なのにさ」
苦笑する龍弥だ。
「影に表情は必要ですか? 俺は煌一さんにそう質問した。煌一さんは『いや、そうでもない』って答えた。『寂しいって思っただけだ』ってね――俺はその時、その意味が判らなかった」
龍弥が昔を懐かしむような遠い目をする。
「間違いなく煌一さんも、神影の家や他の影の前では無表情なんだ。他の影だってそうさ。それが一般の人の中に混じると別人みたいに表情が明るくなる。笑い声も出すし、だいたい笑いにもいろんな種類があって……って、ライ、そんなことも知らなかったのかって顔で見ないでよ」
「いや、そうじゃない。やっぱり狩人って大変だって思っただけ」
「――で、俺は考えた。外では表情がないと異端視される、だから煌一さんも表情を作ってる。寂しいって言ったのは、表情が乏しいって意味だ。そう思った」
「うん……」
「俺さ、ライの護衛につけって言われた時、息が止まりそうだった」
「え?」
「しかも高校一年生になれって。なんか胸が苦しいけど、なんで苦しいのか判らなかった。なんで息が止まりそうで、胸が苦しいのか? 判ったのは、一線を退かされたってことだ」
「――ごめん」
なんと言っていいか判らなかったがとりあえず謝った。自分のために龍弥がイヤな思いをした、そう思った。
「今なら判る、俺、ライの護衛なんかしたくなかったんだ。ライがイヤとかじゃなくって、狩人として使えないと判断されたと感じたんだ」
「いや、そんな――」
否定しようとする雷雅を龍弥が止める。
「まぁ、聞けよ……こないだ煌一さんに独立しろって言われた時、見捨てられたって感じた」
「うん、そう言ってたね」
「その時も息が止まりそうで胸が苦しくなった。で、気が付いた。俺は今、悲しいんだ。悔しくて、寂しくて、情けなくって……だから苦しいんだ」
「……」
「同時に、余計な感情を持たないように狩人を育てる理由にも思い至った。そんな感情を持てばいつか命令に背くときがくる」
「そんな――」
「その時、こうも思った。俺がこんなふうに自分の感情を自覚するようになったのはライのせいだ」
「あ、いや。僕、なんて言ったら――」
「ライを責めようって話じゃない。あの日、あとで煌一さんに謝りに行ったんだ。逆らうようなことを言ったって。上位の影には絶対服従、文句なんか言わない、その鉄則を破ったってね。そしたら煌一さん、『おまえをライガに付けてよかった』って言ったんだ」
「え?」
「感情ってものは厄介で、本人を喜ばせもするが苦しめもする。幸福であり不幸でもある。それが感情と言うものだ。煌一さんはそう言って俺の肩を叩いた」
「……」
「狩人から感情を取り上げるのは、苦しませないためでもある。苦しませない分、幸せもない――煌一さんは『どちらがいいのか、実は俺もよく判らない』って言った。『いつかおまえに恨まれるかもしれない。感情があれば、恨むこともある』ってね。でもさ、ライガ」
龍弥が雷雅を正面から見た。
「俺はライの護衛になって、一般の人たち……ユウキやシンヤ、もちろんライも含めて――と心が触れあって、自分の中に眠らされていた心が動き始めた。生きていくという事に彩が加わった。みんなに感謝している。もちろん煌一さんにも」
彩が加わったとしても、裏を返せば苦しみも増えた。龍弥が言っていることはそう言うことだ。感謝しているというけれど、その言葉に嘘はないだろうけれど、いつか恨まれる時が来るかもしれない。そんな煌一の恐れも判る。ますます何も言えなくなった。
「煌一さんの、表情がないことを寂しいと言った意味もなんとなく判ってきた気がする。あの時、表情が乏しいことを寂しいと言ったんだと俺は思っていた。でも、違うと今は感じる。心が動かない、動きのなさを乏しいと煌一さんは感じたんじゃないだろうか? もっと動かして豊かになれ、きっとそう煌一さんは思ったんだ」
龍弥の感じたことを雷雅に否定することなどできないし、否定する気もない。
「でさ、ライ。俺はまだ、心が動くようになっていくらも経たない。だから動かし方も、どう動くのかも、きっとライガより判ってない――そんな俺でも思った。ライがコンコを好きだって感じるその心は、きっと素晴らしいものだ」
「タツヤ――」
「コンコが好き、そのことだけでライはいろんなことに考えを巡らせた。コンコの気持ちを考え、自分の将来を考え、コンコを悲しませたくないと思った。それって素晴らしいだろ?」
「でも……」
「でも、苦しいよね――いや、俺はまだ、誰かを好きだなんて、恋って意味じゃ経験がないから、偉そうなこと言えなくて想像だけど、なんだ、えっと……好きになんかならないって思ってても、きっと好きになる時はなるんだと思う」
「うん?」
「だってライ、コンコのことが好きだって、やっと自覚したんだろ?」
「うん――」
「気が付いたら好きになっていた。だから、好きになんかならないなんて無理なんだと思う」
「タツヤの言いたいことは判るけど――でも、だからってどうしたらいいのか判らないや」
「うん……ひなたさんに相談してみる?」
「……僕さ、母親を亡くしたばかり。なのに恋愛相談って奇怪しくないか?」
「それはそれ、これはこれ」
真面目な顔でそう言う龍弥に少しだけ雷雅が笑む。
「やっぱりタツヤがいてくれてよかった――心のどこかで僕、タツヤを年上だって思っているかも」
「なんだ、それ? クラスメイトだろ?」
龍弥もニヤッとする。
「シンヤが一番の友達だって思ってた。一番頼りにしてた。母さんが亡くなった時にもシンヤに会いたいってすごく思った。でも、会えば泣く、シンヤには泣き顔を見せたくない」
「うん――」
「タツヤになら見せてもいい、どこかでそう感じてた。タツヤになら見られても恥ずかしくない。いや、それ以前に、恥ずかしいとかそんな事すら考えなかった。タツヤは傍にいるものだって――だからタツヤがいてくれればいいって。これって、僕、タツヤに甘えてるってことかな?」
龍弥が深呼吸したように雷雅が感じる。
「甘えちゃいけないんだ? 俺、今そう思った。他人に甘えちゃいけないって、いつも自分を戒めているくせにな。で、甘えてるのかもってライガが言った時、どんどん甘えろよって思った。甘えてくれれば嬉しいって思ったんだ――甘えるってなんだろうね? 依存とか、自主性がなくなるような甘えじゃなくって、ちょっと自分の力が足りなくなった時、少しだけ誰かの力を借りる、そんな甘え方なら許される。力を借りて、自分の足で立てるようになるまで支えて貰う、それならいいんじゃないかって思った。ほら、足に怪我した時に使う松葉杖みたいなもんだ」
龍弥の言葉に、えっ? と雷雅が驚く。
「それ、当たってるようで違うと思う。怪我してなけりゃ松葉杖は不要だ。でも僕は、元気な時でもタツヤにはそばにいて欲しい。甘えたいってわけじゃないけど」
雷雅の言葉に、龍弥が泣きそうな顔で笑った。
しばらく二人とも黙って考え込んだ。先に言葉を発したのは雷雅だ。
「夏休みでよかった。あと一か月近くある――勉強会は、悪いけど僕は行かない。夏休みが終わるまで、自分の気持ちに向き合ってみるよ」
コンコへの気持ちに折り合いをつける気か? そう訊きたかったが、龍弥は黙って頷くだけにした。




