45 雷雅の将来
雷雅の変化をどう受け止めたらいいのか龍弥が迷う。
「ごめん、揶揄うつもりじゃないんだ」
「ううん、そうじゃない」
雷雅が溜息を吐く。
「セツから会いたいってメッセージが来た時、僕、コンコのことを考えてたんだ」
「うん……」
龍弥がまじめな顔で雷雅を見る。
「ほら、一人で母さんに会いに行くって言ったじゃん。最初、誰かと会う約束したから一人で出かけるって口実を作ろうとして――相手がコンコなら、タツヤも一緒に行くって言わないだろうなって考えた」
「うん、遠慮しただろうね」
「で、コンコを誘おうって思った時、なんかさ、いろいろ考えちゃって。下手な誘い方したら、誤解されないかな、とか。誤解って、何をどう誤解するんだ、とか」
「そうか。そうなるかもしれないね」
「そこにセツから会いたいって来た――凄いタイミング。なんにもなければ、そのままセツに乗っかればいい」
「うん」
「でも、思ったんだ。セツじゃダメだって。セツと二人で会うのはダメだって――セツと会ってたなんて、コンコが知ったらどう思うだろうって。コンコにセツとの仲を誤解されたくないって、強く思ったんだ」
龍弥がそっと雷雅を見た。
「それで? 自分の気持ちに気が付いた?」
雷雅が少しだけ龍弥を見て頷く。
「でもさ、同時に思い出したんだ。僕は陽の一族だって。陽の一族なんだから、誰も来るなって言えば一人で母さんに会いに行ける――コンコを巻き込んじゃいけないって思った。誰も巻き込めない」
雷雅を見る龍弥の顔が怖いくらい真剣な表情に変わった。雷雅もまた真っ直ぐに龍弥を見る。
「僕さ、自分の人生なんか考えたことがなかった。今は高校生で、できれば進学して就職してって漠然としたものはあったけど。そんなふうに平凡って言うか、なんて言うか――」
「ひなたさんはなんて?」
「なんてって?」
「進学とか、就職のこと」
「契約書には進学したければ保証するって。就職はどうなんだろう? なんか、ひなたさんのシャドウ・ビジネスを手伝うって約束になってる」
「えっ?」
雷雅の言葉に龍弥が息を飲む。
「シャドウ・ビジネスに? 本当に?」
「なに? 何か、いけない事だった?」
「いや……いけないことなんかじゃない。ちょっと驚いただけ」
「そんな驚くようなことなんだ?」
龍弥がマジマジと雷雅の顔を見る。
「シャドウ・ビジネスって、影の中でもエリートでなきゃできない。一般の人の影を操るなんて、とんでもなく難しいし危険なことだからね。確か、今、許されているのは三人だけだ。その一人がひなたさんだなんて、知らなかった」
「そんなに凄いことなの?」
「うん、凄い。影としての能力が半端なくずば抜けてるってこと。中でも影を操る能力がね――神影の大奥さまがグズグズ言いながらも、ひなたさんを切り捨てないのはこういう事かって感じだ。ひょっとしたら、大奥さまでもひなたさんに逆らえないかもしれない」
「大奥さまって煌一さんのお祖母ちゃん?」
「そう、その婆さん。強い能力を今も誇って、影の一族に君臨している――大奥さまが亡くなったら、勢力争いが激化するんじゃないかって言われてる。でも、ひなたさんがシャドウ・ビジネスの利権者なら、そのままひなたさんに権勢が動きそうだ」
「ほかにも二人いるんでしょう?」
「現在、一番手の神影が後ろに着く。そうなれば、他が誰だろうとひなたさんの敵じゃなくなる」
「でもさ、ひなたさん、権力争いなんか興味なさそう」
「あ……」
再び龍弥が雷雅をマジマジと見た。
「確かに――」
二人してプッと吹き出し笑う。
少しリラックスした雷雅が、
「そのシャドウ・ビジネスだけど、ひなたさんが僕にやらせたいことって、いったいなんだろう?」
「手伝うって契約だったっけ?」
「言葉はね。契約書には『従事する』ってあった」
「それって一般にも通用する契約書?」
「うん、たぶん。母さんにもサインして貰った。未成年には保護者の同意が必要とかで」
「雇用契約?」
「うん、雇用契約書ってあった。あ、そうそう、陽だまりとの雇用契約になってる」
「あぁ、なるほど。陽だまりの従業員と見せかけて、裏でシャドウ・ビジネスを手伝わせる」
「うん。ひなたさんもそう言ってた」
龍弥が申し訳なさそうな顔をする。
「そうなると、俺には判らない。その雇用契約書は雷雅をここに住まわせたり、ひなたさんが雷雅のことに口出しできるようにするためのものだ」
「それじゃ、僕はシャドウ・ビジネスに関わらなくていいってこと?」
「いや、それも判らない――って、なんでこんな話になったんだっけ?」
「あ……」
雷雅が目を泳がせて記憶をたどった。
「僕の将来はどうなるんだろうって話だ」
うん、と龍弥が頷く。
「雇用契約ならいつでも解約できる。雷雅がどんな職業に就くかなんて、ひなたさんに強制できるもんじゃない。それに、俺はひなたさんが雷雅に何かを強制するなんて思えない」
「そうだね、僕もそう思う――でもさ、やっぱり自分が陽の一族だってのに引っかかるんだ」
「引っかかる?」
「僕は陽の一族の役目を果たさなきゃいけない、そう感じる……問題なのは、陽の一族の役目ってのが、まだよく判らない」
「覚醒してからまだいくらも経ってないんだ、無理もないよ」
「でね、もっと話を元に戻すとさ」
「コンコを巻き込めないって話?」
「うん……こないだひなたさんが、もし恋に落ちたらって言った時、タツヤ、そんなことにはならないって言ったじゃん」
「うん――」
「あの時のタツヤの気持ちって、きっとこんなだったんだろうなって思った」
「そうか……」
しばらく二人して押し黙った。
ふと龍弥が笑う。
「なんかさ、煌一さんがタバコを吸いたくなるのってこんな時かなって思った」
「タツヤ、タバコ吸ったことあるんだ?」
「俺はないよ――煌一さん、頭の中がこんがらがってくると立て続けに吸っちゃうときがあるんだ」
「煌一さんでも考えが纏められないことがあるんだね」
「たまぁにね――あの人は優先順位を滅多なことじゃ間違えないから、迷うことも少ないんだけど。ここんところ、未知数の大きな闇が出てきてかなり消耗してるみたいだ。俺さ、今、一緒にいないから判らないけど、きっと本数、増えてると思うよ」
「僕たちの前では吸わないよね、いつも外階段だ」
「ライとひなたさんの前では、だよ。俺が咽るくらい吸ったこともある。煙感知機が作動しますよって脅した」
クスッと笑う龍弥に、
「煌一さんは結局のところ公務員なんでしょう?」
と雷雅が呟く。笑いを引っ込めた龍弥が、
「うん。警察――詳しくは教えてくれないけどね。でも、この先もずっとってわけではないんじゃないかな」
と、答える。
「僕はどんな仕事に就けるんだろう?」
「なりたい職業ってある?」
「いや、考えてない――でもさ、死ぬまで陽の一族なわけだから、災厄魂とか闇とかと一生、関わってそうだよね」
「闇は、今回みたいな闇はそう出現するもんじゃない。この件が片付けば、通常通りに戻ると思う。それにライ、陽の一族は狩人じゃない。災厄魂のことは狩人に任せておけばいい」
「そうなんだろうか?」
龍弥が軽く溜息を吐いた。
「一般的な生活は送れない。つまり、先の保証がない、必ず別れる時が来る……だから誰も好きになっちゃいけない? 誰かに好かれちゃいけない? 恋なんてしちゃいけない?」
「タツヤだってそう思っているんだろ?」
自棄気味の雷雅に、いったん息を飲んで言葉を止めた龍弥が、今度は深い溜息を吐いた。
「うん――そうだね……ライの言うとおりだね」




