44 神の葬儀
雅楽が聞こえるなんてお正月みたいだ――神官が祭祀を奏上する中、教えられた作法に則り玉串を奉った。二礼二拍手一礼というのは聞いたことがあるが、忍び手というのは初めて聞く言葉だった。
御霊移しの際には、神式にして良かったと感じている。穢れを祓われた魂が霊璽に宿るなんて、陽の一族らしい。
翌日、葬場祭の後は五十日祭まで済ませ、暁月家の墓――雷雅の祖父母も眠っている――に納骨した。場所は事前に母から聞いていたようで、遺骨を胸に抱えた雷雅を助手席に乗せ、煌一の車で行った。神官もマスターの運転する車で同行し、ここでもまた玉串を奉げた。冷たい石の中に納骨するとき、胸が詰まる思いがしたが『母さんの魂は既に霊璽に移っている。ここにいるわけじゃない』と、落ち着きを取り戻している。
納骨が終わり供物を片付け、煌一の車で陽だまりに帰った。車を降りたとき、チラリと雷雅は来た道を振り向いて見ている。
「どうかした?」
先に車を降りていたひなたが雷雅に問う。
「ううん、なんでもない。なんとなく見ただけ」
静かにそう答え、雷雅は店の前に立った。龍弥が雷雅と同じように遠くを見たが、すぐに雷雅の横に立つ。神官が帰家修祓の準備を始めるのを眺めていた。
雷雅の言い訳が納得いかなかったのか、ひなたが煌一と目を見かわしたが煌一も首を捻っただけだった。結局二人とも雷雅の横で神官を待つ。
陽だまりの前でのお祓いが済むと、マスターは神官を送りに行き、煌一がそれに伴った。神社への挨拶があるのかもしれない。
神官の直会への出席は見合わせたとひなたが言った。配膳料を渡したから問題はない、とも言った。意味を理解しているわけじゃないのに、雷雅は『はい』と答えた。
ひなたが霊璽を納めてくる、と言って雷雅の部屋の鍵を受け取り、外階段を昇っていく。祖霊舎は雷雅の部屋に用意した。霊璽と遺影は風呂敷に包みひなたが預かっていた。
残された雷雅と龍弥は店に入り、雷雅がカウンター席に座ると、龍弥は上着を脱いでエプロンをかけ、カウンターに入ってコーヒーを淹れ始めた。
車を降りた時、雷雅が振り返ったのには理由がある。
通夜と葬場祭の時、会場であの男の姿を見た。通夜にも葬場祭にも列席することはなかったが、あんな場所だ、喪服を着ていれば、どこの家の弔問客かなんて誰も気にすることはない。紛れ込むのは簡単だ。
出棺の時は、見送っている男を雷雅は車の中から見ている。だが火葬場には先に来ていて、棺を出迎えているように見えた。
火葬の後、墓地に向かうときも男は雷雅たちが乗った車を見送っていたが、雷雅たちの到着時には暁月家の墓からずっと向こうで墓参りをしているようだった。実際にお参りしていたのか、そう装っていたのかは判らない。だが、あの男に間違いなかった。
墓地を出るときは姿がなかった。陽だまりに着いた時、男の姿があるんじゃないかと、こっそり周囲を見渡した。いないと判った時、陽だまりの場所は知らないんだ、ならば着いてきてるんじゃないかと振り返ってしまった。それらしい車はタクシーさえも見えなかった。
男に姿を隠している様子はなかった。かと言って、雷雅に話しかけてくるでもない。ただ存在を誇示しているようにも思えた。それを不快とも、不気味とも、怖いとも感じなかった。やっぱり来たか、そう思った。
霊璽を雷雅の部屋に置いた祖霊舎に納めに行ったひなたが店に姿を見せた頃、コーヒーが出来上がり、雷雅の前に龍弥がカップを置いた。
「ちゃんとお祀りしてきたから……毎朝のお供えはあとで教えるからね」
そう言ってひなたが雷雅に部屋の鍵を返してくる。龍弥がひなたの分のコーヒーをカウンターに置いて言った。
「覚えるまでは俺が見るよ」
ひなたが雷雅の隣に座り、龍弥はそのままカウンターの中の、マスターがいつも座っている丸椅子に腰を降ろした。遠い将来、龍弥がマスターの立場になり、自分がひなたの立場になる。強い予感に眩暈を覚えた。
煌一が戻り、少し遅れてマスターも顔を見せる。龍弥とマスターが、店のテーブルを並べ直して直会の席を作った。そこへ仕出し屋が配達に来る。漆塗りの弁当箱がテーブルに並べられ、龍弥がグラスとビール、ジュースやペットボトルのお茶をテーブルに運んだ。
「供養なんだから、ちゃんと食べなきゃね」
ひなたがカウンターに座ったままの雷雅の腕を引いた。
ビールの栓を抜いて『本来はお神酒なんだけど』と、龍弥が雷雅に瓶を渡す。
「気を使わなくていい」
ひなたは言ったが、雷雅は煌一・ひなた・マスターに酌をした。ビールはそれで空になった。もう一本開けようとした雷雅を『俺はジュースで』と、龍弥が止めた。龍弥が栓を抜いたジュースを雷雅が取り上げ、龍弥のグラスに注ぎ、残りを龍弥が雷雅のグラスに注いだ。
「本日はありがとうございました」
やっとのことでそれだけ言った雷雅を、龍弥がそっと座らせる。それを見届けると煌一がグラスを手にした。静かな声が『献杯』と聞こえた――
直会が終わると、ひなたに追い出されるように雷雅と龍弥は自室に戻される。内階段に出るとき苦笑した龍弥に、
「何か奇怪しかった?」
階段を上りながら雷雅が訊いた。
「いーや、ひなたさん、まるで自分が喪主みたいだなって」
「僕が不甲斐ないから……」
すると龍弥がまた口元に笑みを浮かべる。
「十六だもん、上出来さ」
小さな溜息、笑みを引っ込めて龍弥が言った。
「ひなたさん、泣きっぱなしだったって」
雷雅の母が亡くなった日のことだ。煌一に聞いたらしい。
「そうなんだ――」
俯く雷雅に、なぜ泣き詰めだったか、龍弥は理由を言えなかった。言う必要を感じなかった。
雷雅を頼む、早紀はどれほど雷雅を残して逝くのが心残りだったことか……その思いを受け止めてひなたが泣いた、なんて雷雅に伝えられるはずもない。
部屋に戻ると、雷雅の寝室に置いたはずの祖霊舎がリビングに移されていて雷雅を慌てさせた。
「方角の問題だと思う。どうしてもイヤじゃなければここに置いたほうがいい」
龍弥にそう言われ、龍弥はイヤじゃないのかと、雷雅は龍弥に訊いている。
「俺のことも雷雅のお母さんが見守ってくれると感じる。イヤなはずない」
龍弥の返事に、それならば、と雷雅もリビングに祖霊舎を置くことを承知した。
寝室で着替えてリビングに戻ると、コーヒーのいい香りが漂っていた。
「タツヤ、コーヒー好きだね」
「おぅ、ライも飲むだろ?」
「うん――たまには甘くして飲もうかな」
マグカップにたっぷりのコーヒー、龍弥はグラニュー糖を砂糖壷の代わりにコップに入れてスプーンを突き刺してきた。ミルクポーションもいくつかコップに入れて持ってきている。好きに使えというのだろう。
コーヒーに砂糖を入れながら、そう言えば、と雷雅が思い出す。
「昨日、勉強会の予定だった――」
「うん、俺が連絡した。急用ができたから中止、ってね」
「文句、言ってなかった?」
「急用ってなんだ、ってシンヤとユウキは言ってた――セツが不思議なことを言ったね。ライに嫌われたのかも、って不安そうだった。身に覚え、ある?」
「いや……」
二人きりで会いたいと言われ拒絶したと打ち明けると、そうか、と龍弥が口元を綻ばせた。
「仕方ないさ、それがライの本心なんだから。セツだって判ってて言ってるんだと思う」
「判って言ってる?」
「うん、ライはコンコが好きだ。コンコもライのことが好きだ」
「え、えぇ?」
慌てる雷雅、クスリと笑う龍弥、
「みんな気が付いてるさ。気が付いてないのはライとコンコ、当の本人だけだ」
龍弥の言葉に赤くなった雷雅の顔が、次には蒼褪めていく――




