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神影ひなた の シャドウ・ビジネス  作者: 寄賀あける
第2部 運命は目覚めの先に

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40/120

40  母の形見

 守り袋を持ち上げようとした手に熱を感じる。下にあった小さな桐箱から発せられた熱だ。


「この桐箱は?」

尋ねる雷雅(らいが)に、『あぁ』と早紀(さき)が答える。

「あなたの(へそ)()よ――ついでだから持って行って」

「臍の緒?」


「えぇ……大病をしたとき、煎じて飲めば助かるって。迷信だけど」

「煎じて飲むってのは迷信かもしれないけど、臍帯血(さいたいけつ)で治療できる病気もあるね」


「そうね、わたしには不要なもの……でもあなたの役に立つはず。気が付いてくれてよかった――落としたりしないよう、ハンカチで包んでいくといいわ。その下の引き出しにあるから。手提げの紙袋も、どこかにあるから探して」


 守り袋と桐箱を取り出し、下の段の引き出しを開ける。大判のハンカチを選び、風呂敷のように守り袋と桐箱を包んだ。紙袋は物入と壁の隙間に何枚も折りたたまれて差し込まれていた。その中でも一番小さい、羊羹(ようかん)で有名な和菓子店の袋にハンカチ包みを入れた。


「来てくれてよかった。渡さなくてはって思っていたのに、顔を見るたび忘れてしまって――病気のせいかしらね、忘れっぽくなったのよ」

「年なんじゃなくって?」

病気のせいだと言えない雷雅が冗談で誤魔化す。早紀がうっすらと笑った。


「でも、今日はもう帰って。疲れたみたい、眠くなっちゃった。ごめんね」

「ううん、眠っていたのに起こしたのは僕だから――明日、また来ようかな」

「忙しいでしょう? 無理しなくていいのよ」

「本当なら毎日来たいんだ。母さん、今、夏休み。毎日だって来られる」

「夏休み……そんな時期になっていたのね」

最後のほうは声が掠れ、どうやら早紀は眠ってしまったようだ。その早紀の手に雷雅が手を伸ばし、握りしめる。そして屈み込むように早紀の顔を見つめた。


 暫くそうしていたが、ゆっくりと手を離し掛布団を直すと、雷雅は上体を起こして物入に置いていた紙袋を手に取り、龍弥(たつや)のほうを振り返った。龍弥は食い入るように窓の外を見詰めたままだ。


「帰ろうか」

雷雅の声に、外を見たまま龍弥が立ち上がる。

「そうだね、帰ろう」

(うつむ)いて龍弥が答えた。


 病院の裏口に向かう雷雅に龍弥が続く。来た時同様、なんの障害もなく院内を抜ける。


 駐車場の中ほどで歩みを止めて早紀の病室を見上げる雷雅を、龍弥も立ち止まって待っていた。病室はどれもカーテンが閉まっている。が、灯りが点っているのは判る。消灯まではまだ時間があった。


「病室に戻ろうか? なんだったら、ずっと居たっていい」

龍弥の言葉に雷雅が首を振る。

「いや、陽だまりに帰ろう」

見あげるのをやめて雷雅が駐車場の出口を向いて歩きだす。


 次に雷雅が歩みを止めたのは病院の敷地を出た時だった。

「ライガ?」

急に振り返った雷雅に龍弥が驚く。見ると雷雅は蒼褪めている。


「どうした? 何か感じたか? まさかお母さん?」

「いや……なんでもない」

「なんでもない(・・)ようには見えない」

「うん――今、一瞬、ぞくっとした。背中に氷を入れられたように」


「災厄魂? 俺は何も感じないが」

「いや、違う。そんなんじゃない」

「そうだね、煌一(こういち)さんの影も違うと言っている――何も感じなかったって」

「風邪でも引いたかな?」

雷雅が前を向いた。


「今日は早く寝たほうがいいかも。帰ったらすぐに寝ちゃおうかな」

「夕飯、まだだよ」

「食欲もないや。さっきたこ焼き食べたし、今日はいいかな。マスターには悪いけどね」

「そっか……店に顔を出してからにしろって煌一さんが言ってる」

「もちろんだよ」

心配そうな龍弥に雷雅は微笑んだ。


 店に戻ると煌一が守り袋の中を見せろという。

「コーちゃん、それはちょっと……」

と、ひなたが(たしな)めるが煌一に引く様子はない。黙って雷雅は守り袋の中身を取り出した。


 中には一枚の紙きれが入っているだけだった。広げてみると、『命名 雷雅』と書かれ、生年月日が添え書きしてある。


「ありがとう――嫌な思いをさせて申し訳ない」

元通りに畳んで守り袋に納める雷雅に煌一が気まずそうに謝った。


「煌一さんは、僕の母を信用していないんですか?」

そうじゃないよ、と煌一が答える。


「キミのお母さんは除名されているとはいえ()の一族だ。その人が大事にしろと我が子に託したものだ。何かヒントがあるかもしれないと思った――キミとお母さんの思いを踏みにじってしまった。すまないと思っている」


「いいえ、煌一さんのせいじゃありません――闇の中に潜む誰か、それを早く見付けましょう」

雷雅の笑顔に、煌一には言える言葉がなかった。


 お部屋にお粥でもお持ちしますとマスターが言うのを断って、雷雅は一人先に自室に戻っている。一人で今日の出来事をいろいろと考えたかった。


 病院を出たところで風邪かもしれないと言ったのは言い訳だ。あの時、またあの男の声が雷雅の意識に飛び込んできている。


『明日だ。明日の正午過ぎだ』

あの言葉の意味は何だ?


 慌てて振り返っても男の姿は見えなかった。声と同時に気配が消えたのを雷雅は感じている。いなくて当然と思った。


 あの男の正体も言葉の意味も気になるが、早紀に託された守り袋、そして桐箱も気になる。


 守り袋は触れた瞬間、軽い衝撃を全身に感じた。桐箱からは熱を感じた。母さんはそれが判っていて、その二つを僕に渡したのだろうか?


 まずはもう一度守り袋を開け、中を確かめる。やはり紙片が一枚あるだけだ。取り出して広げ、まじまじと眺める。ふと思いついて、(てのひら)を文面に(かざ)し、心の中で『(あき)らかなれ』と唱えた。なんでそうしたのかは判らない。()の一族の記憶だろうか?


(これは……)

変化があったのは紙片の裏側だ。筆で書かれた文字が現れる。でも雷雅には読めない。大きく崩されて、雷雅にはミミズが這っているようにしか見えない。


(どうしよう、ひなたさんか煌一さんに読んでもらう?)

でも、影の一族に見せていい物なのか判断が付かない。

(母さんは大事にしろと言った。守り袋に入れてあるという事は、守りの呪文が書かれているのかもしれない)

とりあえず、手元に置くだけでいい――雷雅はそう判断し、紙片を元通り袋に納めた。


 次に桐箱を開ける。


 脱脂綿の上に置かれた臍帯(さいたい)は縮こまり干乾びて、欠けた小さなカリントウのように見えた。触れるか触れないかの近さに指を持っていくが熱は感じない。むしろ箱を持つ手に熱を感じる。


(この下に何かあるのか?)

臍帯に触れないよう綿ごと持ち上げる。すると下には小さな平たい包みがあった。桐箱を置き、包みを出して臍帯を箱に戻す。確かに包みからは熱を感じる。たたまれているのを開くと、五センチ四方くらいの紙袋だった。小花模様がプリントされていて口が折られているだけで封はしていない。が、テープを剥がした跡がある。抑えるように中身を探ると、硬い輪がふたつ触れた。きっと指輪だ。


 口を開いて覗き込むと、思った通り指輪が二つ入っている。テーブルに()けると二本の指輪は転がってから倒れて止まった。平打ちのプラチナリングだ。幅広で大きいほうの指輪を摘まんでよく見ると、大粒のダイヤモンドを中心に、小粒のルビー・サファイヤ・トパーズが取り巻くように散りばめられている。リング幅から、女性でも男性でも使えそうなデザインだが早紀のものと考えるには違和感がある。早紀のものではないと感じる


 では、誰のもの? 持ち主は早紀だ。だが、使用者イコール持ち主と限っちゃいない。誰かのために早紀が用意した。雷雅の直感がそう告げていた。


 続けてもう一つの指輪、こちらも平打ちリング、だが見るからに女性用だ。プラチナにやはりダイヤモンド、両側に横に並んだ小さなルビー・サファイヤ・トパーズ、なるほど、ペアリングだ。こっちが女性で、さっきのは男性用。と、いう事は……


 机に二つのリングを並べて置いた。


 ――父親の手がかりだろうか?

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