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神影ひなた の シャドウ・ビジネス  作者: 寄賀あける
第2部 運命は目覚めの先に

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38  読めない動き

 日が傾き、影が長くなる。じきに光が曖昧になり、影の存在を隠すだろう。逢魔(おうま)(とき)が迫っている。


 改札口は電車が停まるたびに人間(・・)を吐き出し、駅の周囲にばら撒いていく。ばら撒かれた人間(・・)は己の意思で、あるいは他者の意思で、そうでなければ習慣で、それぞれの目的地――その多くは(おのれ)住処(すみか)――へと足を運ぶ。


 駅前のバス停、駐輪場を利用しない者はコンビニなどの商店や飲食店が建ち並ぶ中央通りを抜けて散っていく。中央通りから路地へ入ると、もっぱら飲食店、特に酒や付随するサービスも提供する飲食店が増えるが、この時刻ではまだ客足は(まば)らだ。さらに外れた場所にある美立山(みたてやま)駅前公園で二人は(・・・)待っていた。


 一人はブランコに腰を掛け、もう一人はブランコを囲む柵に(もた)れている。どちらもまだ若い、少年と言えそうな若者だ。(はた)から見れば、青春の悩みを打ち明け合っているかのようだ。


 柵に凭れているほう――雷雅(らいが)(うつむ)いていた顔を急に上げる。ブランコのほう――(たつ)()が慌てて立ち上がる。だが雷雅が緊張を緩めて首を振ると、すぐに龍弥はブランコにまた座った。


 この時刻の街に出るようになって今日で四日目、初日こそ災厄魂との遭遇があったものの、それきりプツリとなくなった。


 初日は美立山(みたてやま)市内で明け方までに百を超える災厄魂(さいやくこん)が出現し、雷雅と龍弥が控えていた美立山駅前公園でも一時間()らずの間に四体の災厄魂が現れた。


「あそこに出る災厄魂はおそらく弱小。タツヤには物足りないだろうね」

四体の災厄魂は逢魔が時の訪れとともに一斉に現れ、雷雅と龍弥を囲んだ。だが(こう)(いち)の予測通り、現れると同時に災厄魂は龍弥に抑えられ、動けなくなった。()を当てて消滅させたのは雷雅だ。


 龍弥には物足りないと煌一は言ったが、雷雅も呆気(あっけ)ないと感じていた。龍弥は自分の影を操り災厄魂を押さえつけるという作業的なものがあったが、雷雅に至っては動かなくなった災厄魂を見つめて心の中で『陽の(もと)へ』と思うだけでよかった。しかもどこかで、やり慣れたことのように感じている。


 日没前後の三十分、都合一時間で陽だまりに引き上げた。陽だまりにはひなたがいて、いつものようにパソコンを覗き込んでいた。


「お疲れ様――マスター、二人にメロンジュースとチョコレート」

ひなたのオーダーでマスターが出してくれたチョコレートはほろ苦く、メロンを絞っただけの、少し青臭いあっさりしたジュースとよく合っていた。


 しばらくすると煌一(こういち)も陽だまりに顔を出し、雷雅と龍弥を(ねぎら)った。

「二人ともよくやった――これで闇は、雷雅が影と組んで災厄魂を消滅するようになったと認識したはずだ」

コーヒーに、やはりチョコレートをつまみながら煌一が言った。


「でも煌一さん、小さいのが四体、一斉に出てきたけど、そのあとは気配すらありませんでした」

龍弥が不安げに煌一を見る。


「うん、ライガの存在を検知したらほかで出ていた災厄魂、あるいは新手(あらて)がそっちに行くかと思っていたが、そこは予測を外したな――今日のところは向こうも様子を見たのか、あるいは対策を考えてからと思ったのかもしれない。明日からが本番と思って気を引き締めてくれ」


 ところが翌日から今日で三日、美立山市内では災厄魂の出現がなくなった。小さい物さえ出てこない。逢魔が時に限らず、だ。


「ライガを探してるって見込み違いだったのかな?」

ブランコを少しだけ揺らしながら龍弥がぼんやり呟いた。

「そうかもしれないね」

答えながら雷雅は別のことを考える。間違いない、闇は僕を探している。でも、そうだとしたらなぜ動かない?


 災厄魂は意識を共有しているとひなたが言っていた。雷雅が龍弥と組んで災厄魂狩りにしゃしゃり出てきたことを、二人が狩った災厄魂を通じて闇の中に潜むアイツは知った。なのになぜ、雷雅に接触してこない?


 翌日からはヤツを警戒して、煌一の影が雷雅たちの近くに待機した。別動隊も指示があれば最優先で臨場するよう手配された。緊張の中、時間ばかりが過ぎ、闇も災厄魂も現れない。一時間で雷雅と龍弥が引き揚げた後もそれは変わらなかった。


「ライガ、深夜まで、時間を伸ばそう」

焦れた煌一の提案に、ひなたが釘をさす。


「ライガが引き揚げた後も災厄魂は現れていない。敵はこちらの出方を見ている」

だから時間は初日同様一時間、場所も美立山駅前公園、たとえなんの変化がなくてもしばらく続けよう。やみくもに動くより確実だ。


 煌一は迷ったがひなたの意見に雷雅が賛成し、ひなたに従うことにした。だからと言って災厄魂が現れることもなく、その翌日も過ぎ、今日となる。


 それにしても、と龍弥が呟く。

「駅前公園って言ってもこの公園、あんま、人、通らないね」

「うん。昔からあって、僕が子供のころは盆踊りとかフリマとか、結構やってたんだけどね」

「そうなんだ?」

「東公園ができたし緑地公園もできて、そっちのほうが広いから使われなくなっちゃった。駅前って名前ばかりで人の流れも減ったね」


「ライはずっとこの街なんだ?」

「生まれた時、お世話になったのも美立山病院。生まれたころは祖父母も一緒で、住んでいたのは山奥の方だった。だけど祖父母が亡くなったのをきっかけにこっちに移ったって――病院は建て替えちゃって、僕が生まれた時とはずいぶん違うらしいよ」


 タツヤは? ついそう訊きそうになって雷雅は言葉を止める。その代わり、

「来週は緑地公園で毎年恒例の花火大会がある」

と言った。龍弥は小さなころに親元から離されて神影(みかげ)家で育った。育った土地の話を聞くのは遠慮したほうがいい。


「花火大会か……陽だまりの屋上、特等席になりそうだね」

龍弥は雷雅の躊躇(ためら)いに気が付かなかったようだ。


「言えてる! 僕、屋上から緑地公園を見たことあるけど、他に高い建物なくってよく見えてた。マスター、屋上、解放してくれるかな?」

つい(はしゃ)いだ物言いになった雷雅に龍弥が微笑む。

「マスターより問題は煌一さんかな。でも、ひなたさんが『いいよ』って言ってくれそうだ」


 龍弥の視線に雷雅が顔を赤くする。

「ごめん。僕、やっぱりテンで子どもだよね。花火で喜んじゃって。それに……」

「うん?」

「タツヤのことタツヤ、ってつい呼んでるけど、本当だったら四つも年上だ、タツヤさん(・・)だよね」

「今更、さん付けしないでくれよ。クラスメイトじゃないか」

そう言いながらプッと吹き出した龍弥に、雷雅もつられて笑った。


 それからしばらく花火大会の話題で時間を潰した。屋上の使用許可が出たら、シンヤたちも呼んでBBQしたいね、なんて話しながら、それまでに突破口が見つかるだろうか、と雷雅も龍弥も心の中で考えていた。


 災厄魂の出現は途絶えているが、それだっていつまで続くか判らない。煌一によると他の地域での変化はないらしい。この美立山市、特に美立山駅周辺だけに起きている異変の気味悪さ……解消されないうちは花火大会どころじゃない。


 約束の時間が過ぎ、帰ろうと公園から駅前中央通りに出る。明るい通りに出るとやはりホッとする。恐怖は感じなくても緊張はしている。


 たこ焼きのソースの匂いに雷雅が立ち止まった。なんだか懐かしい。

「なんだ、たこ焼き食べたい? 買っていこうか?」

龍弥が並んで立ち止まる。


「マスター、気を悪くしないかな?」

「マスターの分も買っていこう。たまには他人が作った物を食べて、少しは(らく)して欲しいって言えば喜ぶよ」

雷雅の返事を待たずに龍弥がたこ焼き屋の小窓を開けて注文する。


 たこ焼き、久しぶりだな。母さんが元気な時はよく仕事帰りに買ってきてくれたっけ。あれはこの店のだったんだろうか? 雷雅がつい母親に思いを向けた時、不意に耳に飛び込んできた声があった。


「雷雅、母さんの所へ行こう」

えっ? と、雷雅が振り返った。

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