37 陽と火
禍津火神の話はしたか、と煌一がひなたに尋ねる。さわりだけねと、ひなたが答える。
「災厄魂は禍津火神が集めた穢れが何かの弾みで剥がれ落ちたものだって、最初に教えた」
「え?」
異を唱えたのは雷雅だ。
「人の心の闇が生み出すんじゃなくって? さっき、パソコン見ながらそう話してたよね?」
「うん、人の心で生み出され、禍津火神が回収して清める、そんなシステムだ」
説明を続けたのはひなただ。さらにそれを煌一が補足する。
「剥がれ落ちる、つまりは回収できなかった。その災厄魂の卵をあの闇が回収した」
「それって――」
雷雅が改めて煌一に向かう。
「あの闇は禍津火神と同じ力を持ってる?」
「むしろ禍津火神にとって代わったと言っていい――禍津火神の『ひ』は全てを焼き尽くす火だ。その火が意思を持ち、目的を持っている」
「本来の禍津火神はどうなってしまった?」
「今でも御社に鎮座している。禍津火神に意思はない。神としての役目を全うするだけだ。災厄魂が闇に回収されれば回収済みと認識され、禍津火神は関知しない」
「それじゃ、あの闇はしたい放題?」
「そうなるね――で、話が戻る。なぜ闇が陽を恐れるか」
「闇は災厄魂を使役している? その災厄魂を消せる唯一の存在が『陽』だからですか?」
ふむ、と煌一が唸る。
「それもある。が、その前段階として――」
ジロリと煌一が雷雅を睨む。
「陽の一族もまた、禍津陽神と成り得るからだ。この『ひ』は陽の一族の陽」
息を飲み、雷雅もまた煌一を見つめた。
「具体的に、どういうことですか?」
陽は強すぎれば火を起こす……雷雅を睨みつけたまま煌一が説明を続ける。
「陽はすべての源、闇も影も火も『陽』が生み出したもの、そう考えている」
「考えている?」
「太古より陽の一族は守られ崇められ、それなのに歴史の表舞台に出てきたことがない。それはなぜか? 実のところ判らないことだらけなんだ」
ふと視線を緩め煌一が溜息を吐く。
「ひょっとしたらライガ、キミが答えを知っているかと思ったが、その様子だとそんなわけではなさそうだね」
最後は苦笑混じりだ。
「覚醒するにつれ、キミは教えもしないのに能力を発揮し、いろいろなことに順応している――ひょっとしたら隠された記憶があって、そこに答えがあるかもしれない。そう思ったが、そうは問屋が卸さないようだ」
お茶を淹れるね、とひなたが席を立った。話しの滞りを感じて、風を吹かせようとしているのかもしれない。
雷雅が煌一に遠慮がちに問う。
「そんなに狩人は追い詰められているんですか?」
「いいや、そんなこともあるかな程度で、そうじゃなくたって大勢は変わらないよ――ただ、もしそうなら、今、考えている策よりもマシな方法が見つかるかもしれないとは思った」
「今、考えている策?」
「うん……」
気まずそうに煌一が雷雅を見た。
「度胸があるかとキミに訊いた。それはキミに一役買って欲しいからだ」
「僕は何をすれば?」
「俺たち影の狩人には陽の一族を守るという使命もある。だからこんな策、本来ならトンでもないんだ」
「それって――」
雷雅がマジマジと煌一を見た。
「それって――僕を囮に使う?」
煌一がグッと顔を顰めた。
闇は何かを探している。それは陽だ。陽である僕だ。邪魔な僕を探し出し、僕を消したい――そう考えて、どこかが違うと雷雅は感じる。探しているのは僕に間違いない。でもその目的は判らない。闇が僕の存在を消したがっていると思えない。
長い沈黙の後、煌一がポツンと言った。
「すまない――キミを危険に晒すことになる。もちろん、キミが闇に取り込まれないよう万全の対策を取る」
「闇に取り込まれる……そうか、闇が僕を探しているのは、僕を消すためじゃないんだ」
僕を仲間にしたい、手をつなぎたい、きっとそうだ。そう考えた雷雅の脳裏にあのショッピングセンターでの出来事が蘇る。
あの時、闇の中に潜んでいた人物と目が合った。目が合った途端、あからさまにヤツは驚いた、そして戸惑った。ヤツが戸惑った瞬間、ひなたが僕に覆いかぶさって、僕とヤツを遮断した。そして僕もヤツを拒絶して――だからヤツは舌打ちをして、その場を去った。
ダメだと思った。コイツについて行ってはいけないと感じた。それは母さんを裏切ることだ。ヤツは僕に『一緒に来い』と伝えようとしていた。少なくとも、僕はそう感じた。
母さんへの裏切り? なぜここに母さんが出てくる? それに――なんで、このことを忘れていた?
なんでこのことを僕は忘れていたんだろう? 忘れていた? 違う、封印した、影に知られないために。意識の外に追い出したんだ。そうか、それが消えた僕の記憶? いや、まだ足りない。僕はまだ何かを忘れている。思い出すのを自分に禁じている。なぜ?
影に知られないために? どうして? なぜ影に知られてはいけない? 影は敵じゃない。僕を守っている、その点は疑えない。影は間違いなく僕の味方だ。それなのになぜ?
判らない……判らないうちは知られたくない。知られないほうがいい――
「ライガ?」
煌一が、黙り込んで考え込む雷雅に心配そうに声をかける。
「大丈夫か? イヤなら、やめてもいい――」
「いいえ、大丈夫です」
きっぱりと答える雷雅、やはり心配そうな顔で見るのは龍弥だ。
「それで、僕は何をすれば?」
「うん――」
雷雅の様子に、煌一は却って不安を感じたようだ。迷い顔を見せる。そこへひなたがトレイに湯呑を乗せて戻ってくる。そして煌一を見てクスリと笑う。
「コーちゃんにしては珍しいね。何が迷いの原因?」
熱い湯吞を手に取って、苦虫を噛み潰したような顔をする煌一、だが、すぐに湯呑をテーブルに戻す。
「ライガ、タツヤと組んで狩人の仕事をして欲しい」
えっ? と顔色を変えたのは龍弥だ。
「そんな、煌一さん。ライガは影を動かせない。生身の身体で災厄魂とやりあうなんて無茶です」
「うん、おまえの心配ももっともだ」
「生身の身体……」
煌一は龍弥に答え、雷雅は龍弥の言葉に震撼する。雷雅の声に、煌一も龍弥も雷雅を見る。
「断っていいんだぞ、ライガ」
「やるなんてダメだ、ライガ」
二人が声を揃える中、ひなたが
「それじゃ、今の停滞をどう乗り越える?」
突き付けたのはひなただ。
「いや、それは――」
「煌一さんなら、何か突破口を見つけますよ、ひなたさん! それに俺だって、何か役に――」
口籠る煌一に、雷雅を庇う龍弥、だが、当の雷雅が
「僕、やるから。心配しなくていいから」
龍弥を遮って言った。
「アイツは僕を探している。僕を見つけ出さない限り、あるいはヤツをなんとかしない限り、災厄魂の大量発生は止められない」
「そりゃあ、そうなんだけど――」
「大丈夫、タツヤ。僕は影を、狩人を信じる。何を根拠にって言われるかもしれないけれど、僕はタツヤが僕を見捨てないって感じる。僕はタツヤを信じる。そしてタツヤは影の狩人だ……タツヤへの信頼が、僕が影の狩人を信じる根拠でもいいよね?」
「ライ――」
フッと煌一が笑みを漏らし、龍弥を宥める。
「ライガは紛れもなく陽の一族ってことだ、なぁ、タツヤ――ライガはタツヤを信じた。タツヤ、おまえもライガを信じるしかない、そうだよな? そして全力でライガを守れ」
ひなたがそっと雷雅に囁く。おまえに度胸がないなんて、思い違いだよ……
「出会った公園の崖っぷち、ライガは戸惑っても飛んだ。度胸がなくっちゃできないことだ」
あぁ、そんなこともあった――雷雅はひなたの顔を見詰めた。




