36 龍弥の独立
相談ってなんですか? 雷雅が話の続きを催促した。チラッと雷雅の顔を見てから、煌一は視線を龍弥に向けた。
「タツ、おまえ、現場には何回行った?」
「えっ? いや、数えたことなんかないし――百は超えてるかと」
「うん――それで、どうだ、一人で災厄魂を追えるか?」
「えっ?」
驚いた龍弥が表情を硬くして煌一を見た。そんな龍弥に煌一が優しく微笑む。
「今まではいつも俺と一緒だった。そろそろ独り立ちしないか?」
煌一を見たまま答えない龍弥、雷雅が横から口を挟む。
「狩人って、チームで行動するじゃないんですか?」
うん? と煌一が視線を龍弥から雷雅に移す。そっと龍弥が息を吐いた。
「そうだね、ライガ、大多数の狩人はチームで行動する。だが、中でも優秀な者は単独、あるいは二・三人で行動する――タツヤは今まで、狩りをするときは俺と一緒だった」
「煌一さんのアシスタント?」
「いや、単独行動をとる狩人として育てるために、俺の下で修業してたって言ったほうがいい」
「あ、でも、例の闇との初遭遇の時は煌一さんだけで、タツヤはいなかった」
「あの時は京都に置いてきた。今のタツヤは、京都から東京へ影を飛ばせなかったんでね」
なるほどと納得する雷雅から、視線を龍弥に戻した煌一が再度龍弥に問いかける。
「どうだ、タツヤ? 一人でやれそうか?」
煌一を見ることができず、龍弥が視線を泳がせる。
「それって……」
龍弥が不安そうに言った。
「それって、俺は足手纏いだってことですか?」
「え?」
「俺、煌一さんの足手纏いですか? 俺の面倒なんか、もう見ていられないってことですか?」
キッと龍弥が顔をあげる。
「ここのところ、俺、ずっと雷雅につきっきりで、煌一さん、一人で動いて、それで一人のほうが楽だって。そりゃそうかもしれない、でも俺だって――」
「ちょ、ちょっと待て!」
慌てたのは煌一だ。真剣な顔で自分を見つめる龍弥を見返す。
「誰がそんなことを言った? タツヤ、俺はおまえを認めているぞ」
「煌一さん――それじゃあなんで?」
傍らではひなたがうっすらと笑みを浮かべ、優しい眼差しを龍弥に向けている。
慌てるな、と苦笑いし、煌一が続ける。
「おまえにやって欲しいことがあるんだ」
「俺に?」
「まず、おまえの誤解を解いておこう――いずれタツヤには俺の片腕として働いてもらいたいと思っている」
「煌一さん――」
「だいたい、そんな腹積もりがなければ新人の時から引き受けたりするもんか。何もできない危なっかしいヤツを傍に置けば、自分も危険に晒されるんだぞ」
「す……すいません」
「謝ることはない。誰でも最初は似たり寄ったり、おまえだけじゃない――で、きちんとおまえは俺の期待に応えてくれた。おまえになら任せられると俺に思わせる狩人になった」
「いや、俺なんか、まだまだ――」
「形ばかりの謙遜は不要だ。それに、おまえが『まだまだ』だとしたら、俺の目が曇っているってことになる」
「いや、いや……そんな――」
答えに窮した龍弥を煌一が笑顔で見詰める。
「隠里龍弥、おまえを一人立ちの狩人として登録変更する。今まで通りおまえは俺の部下だが、今日から独自で判断できる権限も持つ。いいな?」
「あ、あ……いや――俺に、俺なんかに勤まるでしょうか?」
「なに、最初から危険な案件を任せたりしない――ん、難しい案件を任せることにはなる。でもタツヤ、おまえにしか勤まらない案件だ」
「危険ではないけれど難しい?」
うん、と煌一が言葉を切り、龍弥から目を逸らす。
「詳しくは後で話す――で、ライガ」
逸らした視線を雷雅に向けた煌一だ。
「ライガ、キミ、度胸はあるほうかい?」
「ありません」
すかさず答えた雷雅にひなたが吹き出し、煌一が苦笑した。
「ないか……高校一年ってことは十五? 十六? 誕生日は四月五日。十六だね」
雷雅が少し首を傾げる。
「今、僕の影に聞いたんですよね? 僕は影にバリアを張ってるんじゃなかった? 煌一さんには通用しないってことですか?」
「いや、俺にも雷雅が影に掛けたバリアは破れそうもない。キミの代わりに影が答えてきたんだ。自分の影との意思疎通が巧くいってないようだね。まぁ、おいおいできるようになる。いうなればライガは初心者なんだから、すぐには巧くいかないものだよ」
「本人と影は別人格?」
驚く雷雅に
「あぁ、言い方が悪かった――影は本人の深層心理を強く表してしまう。ライガの無意識に影が反応するって言えば判りやすいかな?」
煌一が答える。
「それって――僕が煌一さんへの返答に慎重になって、答えずにいる本心を影が煌一さんに伝えてしまうってこと?」
「そう考えていい。表面上は答えたくないふりをしてるときとかも含まれる。もちろん、ライガが俺に知られたくないことをライガの影が俺に暴露することはない。どう伝えたらいいか、今、迷わなかったかい? それで影が代わって俺に端的に伝えたってことだ」
「それじゃあ煌一さんでも、僕が拒めば影を読むことはできない? あれ、煌一さんは影をスキャンできるってひなたさんが言ってた」
「スキャン出来るのは情報だけで感情まではできない。まぁ、誕生日はスキャンでも知りえるけど。何を考えているのかライガが知られたくないと本心で思っていれば無理だってことだ。安心していい――でも今、影が俺にライガの誕生日を伝えてきたのは、ライガ本人が別のことを考えていたからじゃないかと俺は思うがどうなんだ?」
そうかもしれない……僕には度胸がないだろうか? きっぱり『ない』と答えたものの、本当にそうかと自分に問いかけた。そこへ年齢を訊かれて、答えなくてはと思いながら、急には切り替えられなかった。
度胸……煌一はどんな意味でその言葉を使ったのだろう?
「さっき、なんかヘンって話したけれど、ヘンだって感じることがほかにもあるんです。って言うか、今、気が付いたんだけど――」
雷雅が言葉を切って煌一を見た。
「僕、災厄魂とか闇とか、怖いって思ってないんです」
ほう、と煌一が嬉しそうに笑む。
「度胸があるか聞かれて、怖いの嫌いだし、肝試しとか苦手だし、揉め事は回避しちゃうほうだし、度胸なんかないって即答したけど、そう言ってからちょっと考えちゃったんです。そう言えばって」
「災厄魂とか闇とか、わけの判らないものを普通は怖がるだろうに、って?」
「はい。でも、怖くないって言うか、なんて言うんだろう、逃げたいって気持ちはない」
「逃げたいとは思わない。では立ち向かう?」
「立ち向かう……それもちょっと違う。うん、あっちが向かってきて、僕や誰かに危害を加えようとしたらやめさせなくちゃって思うけど、そうでないなら無視するというか、相手しなくていいや、的な?」
なるほどね、と煌一がマジマジと雷雅を見る。
「ライガ、キミはまさしく陽の一族なんだな」
感心したような口ぶりだ。
「まさしく陽の一族?」
うん、と煌一が頷いた。
「陽はどんなものにも等しく降り注ぐ。影も闇も、そこから生まれ出た災厄魂に対しても平等であろうとする――そんな陽が闇や災厄魂を恐れるはずがない」
「それじゃやっぱり僕は度胸がない、って答えであっていますね。度胸があるから怖くないんじゃなくて、そもそも怖がる理由がない――でも、煌一さん。なぜ僕にそんなことを訊いたんですか? それに、闇が陽を恐れる理由が曖昧になった」
雷雅の指摘に煌一が頷いた。




