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神影ひなた の シャドウ・ビジネス  作者: 寄賀あける
第1部  示される能力(ちから)

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3/120

3   陽の一族・影の一族

 運ばれてきたパフェはバナナだけでなく、イチゴやメロンも飾られて、グラスの底にあるのはきっとパイナップルだ。上に乗せられた果物たちはアイスクリームと生クリームに支えられ、彩りよくきれいに並べられている。中でもバナナ、斜めにカットされて少しずつずらして重ねられている。ボリューム満点、存在感があるうえに、掛けられたチョコレートソースで目立っている。主役の座は渡さないと、言わんばかりだ。そして、シガレットクッキーが一本、デデンと突き刺さっていた。


 どこから出したのか、女がシュシュで長い髪を後ろに(まと)めながら言う。

「どうだ、素晴らしいだろう? 足元に平伏するイチゴにメロン、それをより(・・)引き立てるホイップクリームにアイスクリーム、しかも奥深くにはパインが控えている――さぁ、少年よ、切り刻まれたバナナと(そそ)り立つシガレットクッキーの狭間(はざま)にスプーンを突っ込むんだ!」


 どう反応していいか判らず戸惑う少年の目の前で、女はバクバクとパフェを食べていく。


「どうした? さっさと食べないと溶けてしまうぞ。それとも切り刻まれたバナナが忍びなくて食えないか?」

「な、なに言ってるんですか?」


「あるいは聳り立つシガレットクッキーに(ひる)んだか? それとも――」

「食べます! 食べるから黙ってください!」

このままだと何を言い出すか判らない。さっさと食べるに越したことはない。


 少年がパイナップルにたどり着くころには、女は食べ終わっていて、

「マスター、ナポリタン二つね」

と、追加注文している。


「食べるだろ? 夕飯はまだなはずだ」

順番が逆だ。でも、確かに中途半端に胃に入れたので却って空腹を感じる。


 大盛りのナポリタンが目の前に置かれ、マスターが

「どれほど召し上がるか判らなかったので、とりあえず大盛りでございます。多すぎれば残していただいて構いません。足りなければお替りなさってください」

と言ってから、()いたグラスを持って戻っていった。女の前に置かれているのは少年の三分の一程度の量、たぶん一般的なものと比べれば半分の量だ。


「わたしはね、少年――」

フォークを手に取り女が言う。

「マスターに『パフェ以外は半量で』と頼んであるのだよ。そして、なにしろそのとき食べたい物から食べる。食べている途中で、別の物が食べたくなるかもしれないじゃないか。一人前頼んでいたら、追加で頼むのは気が引ける。食べ残してるのに別の物を食べるなんてとんでもない。だからハナから少なく盛ってもらう。いい考えだろ?」


 そう言いながら、女が食べたのはナポリタンだけ、終わればマスターにコーヒーを頼み、

「少年は好きなだけ食べて飲め」

メニューを渡してくる。少年がアイスコーヒーを頼むと、

「もう食わないのか? 割と少食だな」

つまらなさそうな顔をしてから、

「それでだ」

と、話を切り出した。どうやら女は真面目に(・・・・)本題を話し始める気になったらしい。


「わたしと雇用契約を結んでもらう。もちろん、法に(のっと)った正式なものだ――キミの保護者、お母さんの同意も貰う。これは社会ってものから我々を守るためのものだ」


 そこへマスターが紙を一枚持ってきて、女に渡すとすぐ近くの席に座った。

「ここに雇用条件が書いてある。これにキミがサインした時点で、キミへの請求は破棄しよう。まぁ、とりあえず読め。悪い条件じゃない。学校ではバイトは禁止じゃないな? 表向きはここ、喫茶室『陽だまり』でのアルバイトとしよう」

少年が契約書を読む横で、女がダラダラとしゃべり続ける。


「どうだ、悪い条件じゃないだろう? むしろ好条件だ。見習いのうちから、大卒初任給と同等の給料だ、ただし時間給に換算してだがな。昼間は学校なんだから、丸々払うわけにはいかない。だけど食費はいらない、学費もいらない――雇用契約書って言うのはね、働くにあたってのキミの権利と義務を明確にするものだ。不満や疑問があればなんでも聞くがよい」


 渡された紙片の一点に目を止めて少年が尋ねる。

「寮に入ること?」

「うん、このビルの二階以上には外階段からも行ける――二階はわたしの事務所、三階に二部屋あるが、キミたち親子に一部屋を提供しよう。もう一部屋はマスターの住居だ。ちなみに最上階四階はわたしの住居。なに、家賃はいらない、引っ越し費用も出す」


「でも、母さんと一緒に――」

「キミの母親の入院はかなり長くなるのだろう? 今の家は賃貸アパート、六畳二間にダイニングキッチン、いわゆる二DK、キミに提供する部屋は六畳二間に十八畳のLDK、つまり二LDK、少しだけだが広くなる。今のところは引き払え」


「いや、僕には――」

「決められない? そりゃそうだろう。が、安心しろ。キミの母親にはわたしが話をする」


「それじゃ、話をしてから――」

「OKだそうだ」

「え?」


「わたしの影がキミの母親の入院先に行って、母親と話をつけた」

「何を勝手な!」


「あきらめろ、暁月(あかつき)雷雅(らいが)。おまえの権利は最初に見つけたわたしにある。お母さんも承知のことだ」

「なんで名前を? また、僕の影に聞いたって? それより権利って、なに言ってるんだよっ!?」


「アカツキ……なるほど、だからここにお連れになったのですね」

混乱した少年が憤る横で、マスターがぽつりと(つぶや)く。


「うん、それもあって『災厄魂(さいやくこん)』から守った。でなきゃ見捨ててもよかった」

「おやおや、心にもないことを……この子が()の一族じゃなくてもお嬢さまはお助けになったことでしょう」

女とマスターが見かわして微笑み見合う。


「ちょっと、ちょっと! わっけが判んないんですけどぉ? なんなんだよ、ヒの一族だの、なんだの? 見つけた権利? 母さんに何を吹き込んだっ?」

雷雅の様子に女が笑う。


「説明するのはやぶさか(・・・・)ではないが、少年よ、今のキミに話したところで理解できまい。追い追い話してやるよ。でも、まぁ、今日、あの公園で何があったのか、なぜキミを助け、どうしてキミと契約するのか、そのあたりをざっと教えておこう」


「公園……あの、なんか不気味な何か――」

「うん、あれが『災厄魂』だ。と言っても、小物だったがな――少年、禍津火神(まがつひのかみ)って知ってるか?」


「まが、まが?」

「禍津火神、だ。まぁ、簡単に言うと(けが)れを引き受けてる神だ。人に善悪を判断させる役目もある――で、『災厄魂』は、何かのはずみで禍津火神から、穢れだけが分離してしまったものだ」


 穢れだけ、つまり悪意の塊と言える災厄魂は人の心に()りついて、その人間に悪事を起こさせる。それだけではなく、性格や趣味や、時には顔つきさえ変えることもある。


「ま、人間なんて、もともと悪事を行う素養を全員が備えている。ちょっとした悪さなら、キミにだって身に覚えがあるだろう? 横断歩道じゃないところで車道を横切ったり、わざとじゃなくても落としたゴミを拾わなかったり、虐められてる友達を見て見ぬフリしたり、ね」


 災厄魂がさせる悪事はそんな可愛いもんじゃない。凶悪事件と呼ばれるものだ。

「強盗、殺人、強姦、エトセトラ、エトセトラ……あれは災厄魂に憑りつかれた人間が起こすことが多い。特に犯罪を繰り返すヤツや猟奇的な犯罪を起こすヤツは、まず十中八九、災厄魂に憑りつかれている」


 雷雅が蒼褪める。

「それじゃ、あんたに助けられていなかったら僕もそんな犯罪者に?」


「いや……言っただろう、さっきの災厄魂は小物だ。あれに憑りつかれても、せいぜい一・二度レイプか何かして警察に捕まるのがオチだし、ま、ライガ、キミが災厄魂に憑りつかれることはない」


「僕は憑りつかれない?」

「うん、キミには『()の一族』の血が流れている。災厄魂とは正反対のもの、憑りつくのは無理だ。災厄魂にとっては自殺行為だ。だが、ヤツ等にとってキミはご馳走だ」


「ご馳走?」

「憑りつけば身を亡ぼすが、取り込めば己を高める。取り込む、つまり食っちまうってことだ。陽の気はすべてにおけるエネルギー源、それは災厄魂にとっても同じだ。もちろん我ら影の一族にとっても、ね。でも安心していい。影の一族が陽の一族を食うなんてことはない」


 ここで女、『別の意味でならあるか』と、こっそり言ってニヤリと笑う。それは無視することにした雷雅だ。いろいろゾッとし過ぎて、取捨選択しなければ気を失いそうだ。


「なんだ、なんかまた、訳の分からないモンが出てきたぞ……陽の次は影かよ」

雷雅の溜息に、ノートでもお取とりになりますか? とマスターが笑う。


「一度に覚えることはない。どうせ覚醒すれば思い出すことだしね」

「覚醒って……僕はまだ目覚めていないってこと?」

「うん、陽の一族は十八歳で覚醒し、その能力を発揮できるようになる。訓練と自覚次第で早まることもあるけどね」


「能力って?」

「災厄魂を消滅させることができるのは陽の一族だけだ。だから陽の一族は守られるべき存在――我ら影の一族は災厄魂を封印することと、陽の一族を守ることを務めとしている」


「僕がその、陽の一族? そんな、馬鹿な……」

「キミのお母さん、結婚してもキミを旦那の養子にしなかっただろう? キミの実父とも結婚しなかった。陽の一族である(あかし)をキミに残すためだ――暁月(あかつき)という苗字を継承するためだ」


「そんな話、初めて聞いた。僕を(だま)そうとしてるんじゃなくて?」

「まったく……せっかく説明しているのにこれか。騙されているのかどうか、自分で確かめていけばいい。どちらにしろ、ライガ、キミに選択肢はない」

うんざりと言った感じの女だったが、思い直したように雷雅に笑みを見せた。 


「そしてわたしの名は神影(みかげ)ひなた、旧姓は木陰(こかげ)、影の一族の筆頭・神影()惣領(そうりょう)息子の妻だ」

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