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神影ひなた の シャドウ・ビジネス  作者: 寄賀あける
第1部  示される能力(ちから)

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29  コンコとセツ

 ()めないと決まったのなら宿題をやっておこうと、いったん部屋に戻る。三階の部屋は静かで、まずは二階を片付けているのだと思った。


 今日は宿題のリストの中でも一番面倒(めんどう)そうな『日本の文豪の名作を読んで感想文を書き、それを英訳しろ。感想文と英訳、どちらも提出の事』を選んだ。文豪の名作と聞いて、文豪の駄作ってあるんだろうかと思った。もっとも『文豪の駄作を読め』と言われても困る。


 雷雅は谷崎潤一郎『春琴抄(しゅんきんしょう)』にした。学校の図書室で迷っているとき、なぜか目についたので借りた。龍弥(たつや)も雷雅が借りた時に森鴎外『舞姫』を借りている。武者小路実篤『友情』とどちらにするか迷っていたが、結局『舞姫』にしたようだ。読む本と筆記具、レポート用紙、原稿用紙、国語・英和・漢和辞典を用意してリビングで待っていると、すぐに龍弥も自分の部屋から出てきた。


「あれ?」

お互いに相手の持ち物を見て笑う。考えることは同じだったようで、似たような荷物だ。辞典は共用しようよと雷雅が言って、それぞれ一冊だけ荷物を減らす。英和辞典は頻繁に使いそうなので、それぞれ持っていくことにした。


 内階段で店に行くと、開店しますよとマスターが言う。それじゃ奥を使うねと、いつもひなたが座っているステンドグラス風の壁に囲まれたコーナーに席を取った。


 学校に行かないで勉強って? 雷雅の質問に、

「子どものころは世話係の人が毎日時間を決めてみてくれた――中学生レベルを超えると、テキストを渡されて自学、時どき抜き打ちでテストされて、結果によって課題が出されるか次の段階に進むか……判らないところは教えてくれる」

龍弥が答える。


「それ、サボって遊ぼうとか思わなかった?」

「やりたくない時もあったけど、遊びたいってのはなかったかな。遊びって言うかさ、娯楽って縁がなくって、楽しいって気持ちを知ったのも最近だ」


「ねぇ、それってカラオケ、楽しかったって言ってる?」

「カラオケ? 何が楽しいんだ、って感じてる。歌う事じゃなくて、みんなと笑っていられるのが楽しい」

「そっか……」


「俺、やっぱ、ヘンか?」

「いや、僕も同じだよ」

雷雅の答えに龍弥は安心したようだ。


 雷雅も龍弥も本を読み終わって感想文に取り掛かっているとき、一段と賑やかな客が『陽だまり』を訪れた。


「いらっしゃいませ……これは皆さん、お揃いで」

「こんにちは。今日はライガ、来ていませんか?」

シンヤの声だ。慌てて雷雅が観葉植物を回り込み、カウンター席に向かう。


 昨夜、『龍弥は無事だ、心配いらない』と、連絡だけはしておいた。シンヤとユウキには龍弥本人が、コンコとセツには雷雅が電話した。ナナとミッツンにはシンヤとユウキがそれぞれ知らせたはずだ。


「なんだよ、なんで?」

驚く雷雅に

「お見舞いに来た。退院したって言ってたから、タツヤは部屋? ライの家に連れて帰ったって言ってたよね」

コンコが持っていた花束を掲げ、セツが抱えているのはケーキの箱だ。ユウキは果物の籠を持っている。


「みんな……」

雷雅の後ろで龍弥が口籠った。


 龍弥も一緒に住むことになって、部屋は引っ越しの最中(さいちゅう)で使えないんだ……雷雅の説明に疑問を持つ者はいなかった。きっと引っ越しの作業は業者に任せたんだと勝手に受け止めたんだろう。冷たい物でもお出ししましょうとマスターに勧められて、みんなで壁際の席に座った。


「でも、本当、大したことなくって良かったよ」

龍弥を見ながらしみじみとユウキが言う。


「ホントだよな。昨日の今日だってのに、もう喫茶店で宿題やってるなんてね」

笑いながらも、少し厭味なのはシンヤだ。


 マスターがケーキ皿とフォークを人数分出してくれ、セツがケーキの箱を開ける。何種類かのケーキに、

「タツヤはどれにする?」

とセツが尋ね、わたしはこっちと女の子たちの明るい声が店内に響く。普段から客の少ない陽だまり、ご多分に洩れず、今は他に客がいない。そのことに、雷雅が安堵する。他にお客がいて、苦情が出たらマスターに申し訳ない。


 どのケーキを選んでいいか判らず間誤付(まごつ)く龍弥に

「こういう時は『全部!』って答えるんだよ」

とシンヤが笑い、

「食べきれない」

真面目な顔で龍弥が答える。


 コンコがそっと雷雅に『よかったね』と耳打ちした。龍弥が元気でよかったと、コンコが言ったのは雷雅にだって判っている。だけど……


 雷雅がそっとコンコと目を見かわす。うん、よかった――この輪の中から、僕も龍弥も出なくて済んだ。言葉にはできないが、コンコの顔を見てしみじみそう思った。


「ねぇ! ライは? ライはどれにする?」

セツが急に声を張り上げて、ケーキを選べと雷雅に迫る。

「タツヤはライと同じでいいって」


「え? そんな事――」

言っていない、そう言おうとした龍弥が途中で止める。そうだ、気が付いていないのは雷雅だけだと思い出す。シンヤもユウキもナナもミッツンも、セツとコンコの張り合いを興味津々(しんしん)見守っている。


「あ、俺、これにする」

龍弥がフルーツタルトを指し、雷雅に助け舟を出した。


 それぞれにケーキを選び終えるとマスターがアイスコーヒーを出してくれた。箱に残ったケーキをセツがマスターに渡す。

「残り物で申し訳ありません。マスターも召し上がってください」


 マスターは礼を言ってケーキの箱を持って行った。そこへカウンターの後ろのドアからひなたが入ってきた。

「お嬢さま、雷雅さまのご学友が龍弥さまのお見舞いにお越しです――こちらをいただきました」

マスターはケーキをひなたに見せたのだろう。ほぅ、とひなたの嬉しそうな声が聞こえた。


「さま付けなんだね」

と小声で誰かが言った。


 ひなたがすぐに雷雅たちの席に来て、見舞いの礼を言う。

「ライガとタツヤがお世話になってます。今日はお見舞いありがとう――わたし、このビルのオーナーで、二人の親戚なんです」

いつもと違うお淑やかな(・・・・・)ひなたに吹き出しそうなのを堪える雷雅だ。そんな雷雅にひなたが言う。


「引っ越し作業、そろそろ終わるから……タツヤ、二・三日は安静にしててね――それじゃあ、皆さん、ごゆっくり」

ニッコリ笑顔を見せて、さっさといつもの席に行ってしまう。


 昨日も思ったけど、やっぱり美人ね、とコンコが小声で言うと、ナナが『早く帰れって言われたみたい』と拗ねる。シンヤが『予告なしに来たし、仕方ないよ』と言えば、『それもそうか』と機嫌を直した。


 ケーキを食べながら、次の勉強会は来週にしようと相談し、二階だから外階段で昇ってくるといいよ、と話す。これから図書館に行こうとコンコが言い出し、セツが雷雅を誘うが、部屋を片付けるからと雷雅は断った。


 店先でみんなを見送ってから龍弥がぽつりと言う。

「片付けなんかする事あるのかな?」


 雷雅が何も言わないでいると、『誘ったのがコンコだったら行ってた?』と、龍弥が笑う。なんだ、それ、と不思議そうな顔をする雷雅だった。


 ステンドグラスのコーナーに行くと、ひなたがケーキを食べながら『春琴抄』を読んでいた。図書室で借りた本だから、汚さないでよねと言う雷雅を鼻で笑う。


「そんなドジなことをわたしがするものか――それにしても、なんとも言えないチョイスだな。どうせなら、ライガには『野菊の墓』あたりが良かったんじゃ?」

「野菊の墓?」


 雷雅の疑問に、ひなたはまともに返事をする気はなさそうだ。『まだあげ初めし前髪の』なんて呟いて、本のページを(めく)っている。それを見ていた龍弥が『それは藤村の――』と言いかけて苦笑した。

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