27 不要は必要
それで? と再びひなたが龍弥に訊いた。なんのことだか判らず、龍弥が首を傾げる。
「ライガが高校を辞めるのに、賛成か反対か、その答えを聞いていない」
「あ……」
とっさにひなたから目を逸らした龍弥の目が泳ぐ。
「いや、その……まぁ、狩人としては辞めて貰ったほうがいいかと」
「狩人の立場なら誰もがそう考える。それよりもわたしは、タツヤがその目で見てきた感想を聞きたい。ライガは高校に通うべきか否か?」
「それは――」
龍弥が考え込むように目を閉じる。そんな龍弥の隣で雷雅も静かに目を閉じた。龍弥の判断に干渉しちゃいけない、そう思った。僕の希望を龍弥が汲み取って答える、そんなのはダメだ――
ややあって、龍弥は静かに言った。
「――必要ないと思います」
「ほう、それはどうして?」
少しだけひなたが微笑んだ、雷雅はそう感じた。
「それは……さっき、ライガはいろいろなものに取り囲まれてるって言いました。それはライガ自身が豊かだからなんだと思います」
「だから高校に行く必要がない?」
「はい、きっと『学校』と言う場所で学べることを、雷雅は既に学んでいるのではないでしょうか。勉学という事については学校以外でも学べます。でも――」
龍弥が顔を上げ、雷雅越しにひなたを見る。
「辞める必要があるのでしょうか?」
雷雅がハッと龍弥を見つめ、ひなたはフフンと鼻を鳴らした。勢い込んで龍弥が続ける。
「通う必要がないとしても、辞める必要があるってわけじゃない。護衛が足りないなら強化すればいい。そうじゃないですか、ひなたさん!?」
「辞める必要、か。なるほど、その線で煌一と話をするよ」
「えっ?」
龍弥が気の抜けた声を出し、浮いていた腰を降ろす。
「煌一も迷っているんだ。辞めさせたほうが守りやすい。ここに閉じ込めりゃあいいんだからね。迷ったからこそマスターに話を聞いた」
マスターは黙ったまま空いたカップにコーヒーを注ぎ足している。
「俺……狩人失格ですよね?」
龍弥が尋ねたのは、ひなたではなくマスターだ。マスターが静かに龍弥に微笑む。
「現役時代のわたしなら、あなたを叱責したかもしれません――けれどひなたさまのお世話をし、ひなたさまと木陰の家を出、そしてここで喫茶店をやらせて貰うようになってから様々なかたがたを見てまいりました」
ひなたがなにも入れていないコーヒーをくるくるとスプーンでかき混ぜる。
「龍弥さまの仰る通り、必要なければ要らない、そう言い切れないのが世の中と、今では思っております」
「必要なければ要らない……とは限らない」
呟いたのはひなただ。マスターが今度はひなたに微笑む。
「はい。不必要は実は必要なのです。それを龍弥さまは豊かと感じられたのだとわたしは思いました。必要な物だけに囲まれていると、張り詰めた糸のようになってしまいます」
「なるほどね」
ひなたがマスターに微笑み返す。
そろそろいいかと思い、雷雅が口を開いた。
「で、僕は学校、辞めなくていいの?」
「辞めたくないんだろう?」
ニヤリとひなたが笑う。
「辞めなくていいよう、キチンと煌一と話す。もし煌一が難しいこと言ったらこれを見せるさ」
ひなたが席を立っていつもの席に行き、すぐ一葉の紙を持って戻った。
「最初の日に、キミにサインを貰った契約書だ――ここに『希望するなら高校はもちろん、進学も学費込みで保証する』とある。サインしておいて良かったな、ライガ」
「あ、それ。忘れてた」
「この契約書はキミを守るものだと言ったのを覚えているか? もちろん、キミが高校を辞めたいなら、遠慮せずに辞めたっていい」
「いいえ! 僕、辞めたくないです」
慌てる雷雅にニヤリとひなたが笑う。
「それじゃ、わたしは部屋に戻る――煌一が待ち草臥れているかもしれない」
「煌一さん、今夜はここに?」
雷雅の質問に答えず、オヤスミとひなたはカウンター奥のドアから出て行った。
ひなたを見送って龍弥がフウと息を吐く。そして遠慮がちに雷雅を見た。
「必要だ、って言えなくてごめん」
「えっ?」
雷雅が龍弥を見ると、龍弥は目を逸らせた。
「ライが学校辞めたくないって感じてるの、判ってた。でも、あんなふうにしか言えなくて」
「うん……気になんかしてないよ」
ちょっとだけ嘘だと思いながらそう答えた雷雅だ。
「結局、タツヤは僕の味方をしてくれたじゃん」
「ライの味方をしたんだろうか? なんかね、みんなからライを取り上げちゃいけないって、そっちのほうが強かった」
「僕からみんなを取っちゃうのはいいんだ?」
お道化る雷雅に龍弥も笑みを見せる。
「ライならすぐに友達ができるだろうし、そうだ、それに、みんながいなくても俺がいつでも傍にいてやる」
「え、それ、信用できない。僕のこと、すぐ見捨てるでしょ?」
「あれ、バレてた?」
一頻り笑った後、雷雅がまじめな顔をする。カウンターの中では洗い終わった食器を拭きながら、マスターは聞いてないふりをしている。
「冗談抜きで、タツヤは僕よりユウキと仲いいもんね」
「そんなこと――」
龍弥も笑いを引っ込めて真面目な顔になった。
「ユウキは優しいよな」
「うん」
「いつもみんなを気にかけて、タツヤのことも気にかけて、タツヤがユウキを好きなの、よく判る――僕さ、信頼してる人を解術者に指定するって聞いた時、ユウキだって思った」
だけど、やっぱり僕だった。今でも驚いている――心の中で雷雅が呟く。そんな雷雅に龍弥が言った。
「ライガ。俺、ユウキに聞いたんだよ」
えっ? と雷雅が龍弥を見る。
「俺を気にかけて、仲間に入れてやってってライガに頼まれた。ユウキがそう言ったんだ」
「いや、それは……」
ユウキの裏切り者、と心の中で雷雅がぼやく。
「ユウキのこと、怒らないでよ。俺のことも」
「なんで僕がユウキやタツヤを怒るんだ?」
「うん。今の話、ユウキの影から聞き出したから」
「おいっ!」
そう言って吹き出す雷雅に龍弥が安心する。
「そっか、忘れてた。タツヤ、影の一族だもんね。影同士で話ができる――って、僕の影とも話してるの?」
「いや、ライガは上手に影にバリアをかけてる」
「影にバリア?」
「あれ? 無意識? 他人の影に読み取られないようバリアを張ってるんだと思ってた」
「そんなことできるんだ?」
「影の一族は全員そうしてる。そうじゃなきゃ、読み取るのが仲間とは言え、丸裸でいるようなもんだ」
「ってさ、一般の人は丸裸?」
「ま、そうだな」
クスリと、タツヤが笑う。
「なんだよ? その笑い」
雷雅の抗議に龍弥が笑いを噛み殺す。
「いやさ、ライは鈍感過ぎだなって」
「僕が鈍感?」
「うーーーん、一般の人の気持ちは簡単に読み取れる。だからこそ、読み取った内容を不用意に誰かに言ったりしない――さっき、ユウキから読み取ったことをライに言ったのは、ライに感謝してるって伝えたかったからだ」
「感謝なんてしなくていいよ。それに、不用意に口にしないのも判る――僕の影のバリアってひなたさんがしているんじゃなくって?」
「他人が影のバリアを張るってのは聞いたことない――マスター、どうなの?」
するとマスターがサラリと答えた。
「ひなたさまが仰っていました。教えてもいないのに雷雅さまはご自身で影にバリアを施した、と。感心なさっていらっしゃいましたよ」
思わず大きく息を吸った雷雅だった。




